2,君の一番になりたい

1,リミット

 それから毎朝、未生と紫晴は一緒に登校するようになった。

基本的には、さすが人里に降りるためのローカルバス、といった程度に利用客はご老人ばかりだが、そもそものバスの許容人数もあって、高北駅発のバスはそれなりに盛況している。

「寝不足?」

ふぁ、と小さく欠伸をする紫晴に未生が聞く。紫晴は欠伸姿に気恥ずかしそうに笑う。

「あぁ、うん、ちょっとだけ」

「生徒会の仕事、一人で抱え込んだりしてない?宮埜さん、そういうところあるから」

「そんなことないけど……」

紫晴の笑顔が、気恥ずかしさから照れを含んだものに変わる。

「一年のときも、学級委員長だったよね?あのとき、全部ひとりで抱えてたから」

「あれは相方が使えなかっただけで、あたしは別に、適当人間だし」

紫晴が頭をかき、指を髪にすべらせる。

絶対に適当人間じゃなくて、A型人間です、と未生は思う。血液型当てクイズでOかBしか言われたことのないA型の私を見習って、とも思うと同時に自分の雑さに溜息をつく。

「あ、てか」

「うん?」

「呼び名、宮埜さんじゃなくていいよさすがに。一か月近く一緒に行ってるし同じ生徒会なのに、宮埜さん呼びは距離感じるな」

「距離、つくってたつもりはなかったんだけど……」

 私と距離縮めたいってこと、と問いそうになって未生はとどまる。もう一度脳内で同じ言葉を復唱し、恥ずかしさに死にそうになる。

「向坂さん?」

「いや、全然、ごめんごめん。―ってか、宮埜さんも向坂さんなんだから、よくない?」

「よくない」

 即答で返され、ぐ、と未生は止まる。紫晴はわかりやすく口をとがらせて子供みたく拗ねた。

「じゃぁ」


 紫晴がこちらを振り向く。

ふわ、と紫晴の動きに合わせて空気が揺れる。

 白い花束の香りがする。


「未生」


 二秒遅れて、紫晴が舌に乗せたのは自分の名前だと未生の脳が処理する。

身体の内から汗が滲む。

 ビー玉の双眸。

 視界がきゅぅっと窮屈になる。紫晴しか、目に入らない。


 「未生?」

 心配そうなトーンでもう一度呼ばれ、未生は催眠術が解けたようにはっ、と姿勢を伸ばす。

「あ、ありがとう」

「ありがとうじゃないよ、未生の番」

 頼むからナチュラルに呼ぶのやめて、と未生は思う。未生の手の先まで血がめぐる。

「えっとー……」

 陰の自分には展開が早すぎて、と未生は焦る。実際、陰だから一か月たっても名前で呼び合うのが苦手なのではなく、陰の雰囲気が紫晴から感じ取れないから呼べないのだが。

「し、」

「し?」

そんな綺麗な目で見ないで、と思いながら、はる、はる、と残りの文字を脳内で繰り返す。

「は、はる」

「しははるじゃん」

こちらの緊張が馬鹿みたいに思えるくらい、軽く受け流される。

「ま、ちょっとずつ呼んで慣れていって」

同級生に宮埜さんて呼ばれるとか生徒会室で冷酷女っていじられるから、と紫晴が付け足す。

—冷酷じゃない。宮埜さん、普通に笑うし、優しいし……

—って、一か月一緒に登校してるってだけで、何、知った気になっちゃって……

 一軍たちの方がもっと知ってるしもっと仲いいし、と自分を𠮟りつける。

 でも。

—私の知らない紫晴がいるってことだ、

 当たり前に心に引っ掛かりができて、かき消すように頭を横に振る。

それから、流れるように脳内で紫晴、と呼んでいたことを自覚する。

—何考えてんの、最底辺が……

 ぽす、と肩に重みを感じ、横を向こうとして硬直する。

白い花束の香りがする。

 細目で横を確認する。顔は見えなかったが、紫晴の肩が小さく呼吸に揺れるのを見て、未生は紫晴が眠っているのを認識した。

 そういえばさっき欠伸していた、と思い出す。

 すー。

 紫晴の柔らかな呼吸が聞こえる。

 寝ているなら顔を見れるのに、と今度は首を動かして、いつも焦って見れない紫晴の顔を見る。

 黄金比の長さをした睫毛も、海外の砂浜みたいに白くてふわふわした肌も、全部がお人形みたいだ。

 何かを思うのを躊躇うほどに見惚れる。

 心を落ち着かせようと窓の外を見て、未生は2人のリミットが近いことを知る。

 バスを降りたら、また、2人は別世界を過ごす。カーストという隔りが今日もなんということもなく存在する。

 2人で過ごせるのは、毎日、七時半から八時の間だけ。

 ぴ、と次のバス停を示す前方の表示板が切り替わる。するりと彼女の髪に指を触れて、彼女を起こす。


~終点、終点、新山代高校前です。お降りの際は、忘れ物にご注意ください。本日もご乗車、ありがとうございました。

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生憎今夜君を喰べたい @2744730

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