ギャングの鬼

 オタとポールは、ミシェルが入院する病院に来ていた。ノゴ地区にある小さな病院でありながら、唯一この付近で入院の受け入れをしている特別な病院でもある。

 言うまでもないが、まともな司法が働かないラメカールに警察病院なんてものはない。


 しかし、一応ミシェルは強盗の被害者であり、捜査にかかわる重要人物ということもあって、特別に個室に入院していた。本来であれば家族と警察以外面会禁止であるが、看護師に金を握らせて特別に入れてもらったのだ。


「ミシェル・ウィリアムズ。元気そうで何よりだよ」

「おかげさまで。警察への証言も言われた通りにしたわよ」

「ああ、おかげで捜査は難航してるらしいね」


「P、封筒を」

「あ、はい!!」


 ポールに預けていたチケットと現金入りの封筒をベッドに座る彼女に渡す。中身を確認すると、シーツの下に隠して軽く微笑んだ。


「餞別というわけじゃないけど、少し多めに入れているよ」

「そんなことしなくても、言いふらしたりしないわよ?」

「……なら餞別みたいなものだと思ってくれたらいい」


「ミシェルさん、出発日は明日になってましたけど、準備は大丈夫なんですか?」

「早いうちにラメカールから逃げないと、あのオーナーや変な連中に見つかりそうで不安なのよ」

「それなら心配しなくていいんじゃないか?」


「……え、どういう意味?」

「警察から聞かされてないのか? ジュエリーノゴは店ごとなくなったよ」

「それって、潰れたってこと!?」


「なんでも、どっかのバカがギャングの宝石に手を出したせいで、オーナーが責任取ることになったらしい。で、【ジョーヌゲミニ】の後ろ盾がない店じゃ、ノゴ地区じゃやっていけないからな」


「つまり、オーナーもギャングからも追われる心配はないってこと……?」

「ゲミニの連中は強盗を血眼になって探してるみたいだけどな。少なくとも従業員に手を出すことはないだろうよ」


「ふふ、良いことを聞いたわ……。あのセクハラクソオーナー、天罰が下ったんだわ!!

「憂いもなくなったし、しっかり療養してからバカンスに出かけてくれ」

「ええ、そうするわ。教えてくれてありがとう」


 ミシェルはとびきりの笑顔を浮かべて、シーツに隠した封筒を大事そうに抱きしめる。看護師が検査に来たため、2人は病室を出て行った。


「……オタさん、もしかしてそこまで計算してあの時、隠し金庫に執着してたんですか?」

「ポール、外ではそういう話をするな。誰が聞いてるか分からないからな」

「あ、すみません……」


「それと、俺は計画通りに仕事をしただけだ。仕事が上手くいくように計画はしていたが、そんな都合のいい計算まで出来るわけじゃない」


「ダンさんとの仕事も聞きましたけど、未来が見えてるみたいに上手く行ってますよね……」

「人を占い師みたいに言うなよ。上手く行ってるんじゃなくて、上手く行くようにしてるんだよ。順番が違うんだ」


 2人が病院を出て、駐車場で待っていたダンの車に乗り込む。本当ならばベティも連れてくる予定だったが、彼女が強盗成功のお祝いをしたいと言い出したことで、その準備のために置いてきたのだ。


 改めて拠点である閉店したコンビニに戻る。

 すでに飾り付けがされており、たくさんのお菓子や飲み物がテーブルに置かれていた。まるで誕生日パーティーのようになっているが、お題目は強盗成功祝いだ。


「……ベティ、コレは何だ?」

「え、お祝い。ボスのおかげでめっちゃ稼げたし!!」

「犯罪をお祝いって……。ろくでもねぇな」

「えっと、すぐに片づけますね!! ベティ、さすがにやり過ぎだよ……!!」


「いや、片づけなくていいよ」

「え……?」

「ボス、いいの~!? やさしー!!」


「どうせ、外からは見えてないし、せっかく用意してもらったものを台無しにするのも良くないからな」

「ベティ、酒は買ってきてるのか? 今日はドライバー業を休ませてもらうぜ」

「ダンさんごめん、私、未成年だからお酒買えない」


「あ、俺が買ってきますよ!! ダンさん、ビールで大丈夫ですか?」

「いや、無いならいい。家に帰ってから飲むことにする」

「本当にいいのか? 今からならリチャードを呼んで持ってこさせてもいいが」


「ぼったくられそうだからパス」


『随分騒がしいと思ったら、宴会の最中か』

「おお、ハリス。お前もそっちでパーティーの用意しろよ。せっかくだから一緒に飲もうぜ」


「ハリスさんもこっちくればいいのに~」

『ベティ・クワン。お誘いはありがとう。ただ、表に出るのは性に合わなくてね』


「ハリス、わざわざかけてきたってことは何か用事があるんだろう?」

『ああ、そうだった。リチャード・クーパーから報酬の振り込みがあった。前金分は差し引かれているから、振込金額はそのつもりで見てくれ』


「ちなみに内訳を聞いていいか?」

『盗品をさばいた金額が1億3000万で、そのうち3000万がドラマティック・エデン及びリチャードの取り分、それに武器や車、資金洗浄分の諸経費を上乗せして5000万だ。個人の取り分はオタが2500万、ポールが1700万、ダンが1500万、俺が1300万、ベティが1000万』


「それぞれ銀行の残高を確認してくれ。すでに貰ってる前金を差し引いた金額分、入金されていることは確認できたか?」


「ねぇ、ポール、1000万っていくら?」

「わかんないけど、ものすごく大金だよ!!」


「これだけあれば、故郷に帰れるな」


『オタ、完全復活と言って良さそうだな』

「借金もなくなったしな。ただまぁ、手元に残ってるのは500万だけだが」


 スマホに表示されている残高をみて全員が嬉しそうににやにやと笑う。

 これにて完全にジュエリーノゴ強盗は終了した。


「ダン、ポール、ベティ。今回は皆のおかげでいい仕事が出来た。ハリスはともかく、みんなはそれぞれの目的があって強盗に参加したと思う。そしてこの金でその目的には近づけたとも思う。とても名残惜しいが、今日をもってこのチームは解散だ」


「おいおい、何を勝手なことを言ってるんだ?」

「そうですよ、オタさん」

「ボス、ひどーい」


「お前の言う大きな仕事ってのは、こんなものじゃないだろう」

「……ダン、お前はラメカールから出たくて金を稼いでいたんだろう?」


「ああ、このクソみたいな国からは出ていきたいさ。だがな、ただ出ていければいいわけじゃねぇ。この国の空港は俺が大嫌いなギャング共が支配してやがる」

「そうだな。ミシェルを出て行かせるのにもそれなりに苦労したよ」


「俺はクソギャング共に金をくれてやるつもりはないぜ。どうせなら、お前がもっとでっかくなって、鎖国をしてるクソギャングをぶっ潰してから、の値段を払って出ていくつもりさ」


「それまでは、お前のドライバーでいさせてくれ」

「……」

『おい、オタ? まさか泣いているのか?』


「くだらない冗談はやめろ、ハリス。普通の人間はこのぐらいで泣いたりしないんだよ」

『おおこわいこわい。強盗の首謀者が普通の人間を名乗るなよ』


「あの、オタさん」

「なんだポール。お前まで俺を泣いてるなんてからかって来たら、頭を吹き飛ばすからな」


「ち、違いますよ!! ただ、俺たちもオタさんのギャングに入れてもらえないかなって」

「……お前、ギャングをおままごとと勘違いしてないか?」


「おいおい、ポール。お前たちはその年までこっち側に入ってなかったんだろ。そのままでいたほうがいいんじゃないのか?」


「俺もベティも立派に強盗犯になったんですよ? いまさら清廉潔白を語るのは冗談でしょう」

「……ケッ。なかなか言うじゃないか」


「ベティもそれでいいのか?」

「私はポールに着いてくって決めてるから。それにハリスさんの顔見たいし」

『ははは。そりゃ一生かかっても無理だろうな』


「……ポール、ハンドガンを出せ」

「またテストですか?」


「銃口、俺に向けろ。あと、安全装置も外せ」


「ちょ、ボス、何してんの!?」

「おいおい、ポール、さすがにあぶねぇだろ」


「オタさん、コレ、弾入ってますよ?」

「知ってるよ」


 ひょうひょうとした顔で笑うオタの額には、ポールが持つハンドガンの銃口が突きつけられている。握った手はわずかに震えており、その重みに耐えきれなさそうであった。


「俺はお前たち2人を歓迎しない。どうしても入りたいなら、俺を殺して、お前がボスになれ」

「本気ですか?」

「ふざけるなよバカ。俺はお前の下だからついてるんだ。10歳も下の経験浅いガキがボスなんて認めないぞ」

「私もボスがボスだからギャングに入りたいって思ったんだよ……!?」


「……オタさん、本当にいいんですね?」

「人を殺す覚悟がないやつがギャングになんかなれやしないさ。諦めろ」


「じゃあ、最後の警告です。撃ちます。死にたくないなら、俺たちをギャングに入れてください」


「おい、ポール本気かよ!?」

「ハリスさん、何とか言って2人を止めてよ!!」

『オタは強情だからな~。俺が何か言ったところで止まらないだろ』


 いつかの路地裏のように緊張が走る。

 ベティが用意した小さいケーキと、それに刺さった1本のろうそくが揺らめいている。


 コンビニの入り口から吹いた隙間風。

 その灯が消えた瞬間に、コンビニ内を照らすフラッシュと発砲音が響いた。


「オタさん、コレでいいですか?」

「上出来だよ」


 オタの背後に置かれていた瓶ジュースから液体が零れる。床が見る見るうちに汚れていくが、そんなことをお構いなしに腰を抜かしたベティが、ヘタリと座り込んだ。


「またこういう感じかよ……」

「俺もびっくりしましたよ。オタさん、いつもヘラヘラした顔だから、考えが読めなくて」

「そういうお前は間抜け顔のくせにバチバチ決めてたな」


「銃の撃ち方も、思い切りの良さも、忠誠心の高さもすべて問題なし」

『改めて歓迎してやるよ。ポール・ジュニア。ベティ・クワン』


 いずれ世界に名をとどろかせるギャング。そのボスの右腕にして特別助手、『ポールジュニア』

 そして同じく、ボスの右腕の恋人にして便利屋、『ベティ・クワン』


 ギャング内でも異質な立場の2人が生まれた瞬間だった。

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