仲間カウンセリング

「……あの、今のお店、強盗するんですよね?」

「ああ、そうだ。通報しようなんて考えるなよ? 一緒に仕事をした君たちを始末するのはさすがに心苦しい」


「……俺たちも、その強盗の一員にしてくれませんか!!」


 運転席に乗るダンが微かに眉をひそめる。車内の全員が無言を貫き、SUVのエンジン音とつまらないラジオの音だけが場を支配する。前のめりになっていたポールは、後ろに座りなおし頭を下げた。もう一度「お願いします」と言う。


「わ、私からも、お願いします……。私も強盗の一員になりたいです!!」


 後部座席で、2人が頭を下げる。

 ダンは明らか嫌そうな顔をしていた。


「2人とも、とりあえず、頭を上げてくれ。わざわざ言うことでもないけど、強盗をすることの重大さが理解できてるのか?」

「もちろんです。経験のない素人ですけど、囮ぐらいにはなれると思うんです!!」


「囮前提でガキを雇うかよ」

「いくつか言いたいことはあるが、なるべく簡潔に。きっと君たち2人は、それなりに苦労をして、嫌な目に遭ってきたんだろう。だからこそ、奪われる側から奪う側に立ちたいと思ってるのかもしれない」


「けれどそれは、ただの錯覚に過ぎない。結局のところ、また別な奪われる側に立つだけだ」


 諭すような言葉。

 助手席にふてぶてしく座るオタは、前を向いたまま話を続ける。


「それと、君たちは囮にすらなれないよ。俺が警察なら、すぐに君ら2人を捨て駒だと判断して最小限のリソースで捕まえる。むしろ、俺たちの危険を増やすだけだ」

「厳しいようだが、事実だろうぜ。分かったら、その報酬で満足しておけ」

「また何か仕事があれば、君たちに連絡するぐらいは考えておくよ」


「……それじゃダメなんです」

「何か急ぎの理由があるのかな? 聞くだけ聞いてあげよう」

「俺たちは幸せになりたいんだ。それがとても無謀な夢だと分かっていても、どうしても追い求めたくなる。なにより、俺たちが不幸であることが許せない……!!」


 仄暗い覚悟をもった言葉。あまりの気迫に、興味なさげなダンでさえも振り向かせた。握るこぶしは震えており、ギリギリと音を鳴らす歯は、理不尽への復讐心で燃えている。


「……気持ちはわかるよ。俺も同じだ。だから、もう少し話をする価値はありそうだ」


 そういうと、ダンに耳打ちをして、トゴメナ地区の路地裏まで向かう。このあたりでは悪名をとどろかせるギャングの拠点近くだ。

 車を降りた4人は、オタの言葉に従って路地裏の奥へと進む。


「さてと、この辺りならいいかな。ポール、ピストルを持ったことはあるか?」

「……持ってはいました。撃ったことはないですけど」

「その様子じゃ持ち歩いてはなさそうだな。俺のを貸してやるよ」


 そう言って、懐にしまっていたハンドガンを手渡すと、彼の背後に回って握り方を教える。いきなり始まったレッスンに困惑しながらも言われるがまま、トリガーに指を掛けた。


「Oさん!? ベティが前に居ますけど!!」

「あいにくだけど、今回の強盗計画に追加できそうな人員は1人だけでね。物事には順番があって、悪さをするなら中途半端な始め方じゃ良くないと思ったから、人殺しを先に経験してもらおうと思って」

「おいおい、悪趣味だな」


「君の彼女を殺すなら、強盗の仲間に入れてあげよう。ここは【スプルースタウロス】の縄張りからも近いし、警察もギャングと揉めた商売女が殺されただけと勘違いしてくれるはずさ」

「Oさん。冗談ですよね?」

「ポール……。私、まだ死にたくないよ……」


 銃口を向けられ、ベティは泣き出してしまう。震える手でハンドガンを持つポールも、今にも泣きだしてしまいそうな顔だ。狭い路地裏は、オタとダンが両方の道を塞いでおり、逃げる余裕などあるはずもない。


 なにより、酷く暗い薄ら笑いを浮かべる男が、逃げることを許さないだろう。


「ほ、本当に殺さないとダメですか? 仲間になるのは俺だけでもいいんです!!」

「お願いポール、殺さないで……」

「中途半端に平和ボケした人間を仲間に入れるのはリスクだからね。それに、本当の幸福に近づくためには犠牲が必要になるときもある。それを今のうちから理解してもらわないと」


「ほ、本当の幸福……」

「なぁおい、本当に殺させるのか? さすがにこの狭い路地で殺すってなったら、返り血も酷いと思うんだが……」


「血だまりの匂いには早めに慣れたほうがいい。それと、硝煙の匂いにも」

「お前はサイコパスかよ……。ポール、今からでも遅くない、他の方法を探せ」


「……こ、殺せないです。諦めます。だから、許してください……。お願いです……」

「なら2人とも死ぬか?」

「おい、それは勘弁だぞ? 俺は手伝わないからな!!」


「……死にたくないです。仲間入りも幸せも全部諦めます……。今回の報酬も返します……。だから許してください……。お願い…します……」


「……いいね、合格だよ」

「は?」

「え……」


 先ほどまでは鬼気迫る笑みを浮かべていたオタは、とたんにいつも通りの飄々とした顔つきへと変わった。急な変わり身に全員が呆気にとられていると、慣れた手つきで銃を奪い取ってに弾を込めなおした。


「試して悪かったね。簡単に仲間を裏切るようなやつじゃないことを確認したかったんだ。目的への貪欲さも、仲間に対する誠実さも十分だし素質がある。仲間入りを歓迎するよ」

「……ほ、本当にいいんですか?」

「私、死ななくていいの……?」


「今回の計画では、殺しはなしだからね。まぁ趣味の悪い試し方だったのは謝るよ」

「おいおい、趣味が悪いなんてレベルじゃなかったぜ? お前絶対サイコパスだろ」

「あー、サイコパスの友人がいるんで、ちょっと真似ただけだよ。演技には自信があるんだ」

「だとしても怖すぎるだろ……。そっちの2人、立てるか? 俺の車でションベン漏らしたりするのは勘弁してくれよ?」


 足を震わせる2人が、壁に手をつきながらも立ち上がる。オタが車に戻ろうとしているのを見て、ひな鳥のように後ろをついていった。


「ああ、Oボス。少し話があるんだ。……2人は車の近くで待っててくれないか?」

「OK、聞こうじゃないか」


 埃っぽい裏路地にオタとダンが残り、互いの壁に背をつけて向き合った。


「本当にあの2人を入れるのか? 素人だぞ?」

「今回の計画なら、素人が入ったところで問題はないよ。むしろ盗める宝石が増えて稼ぎが上がる」

「俺は強盗こそしたことがないが、それなりに危ない仕事はやってきた。Oボスは俺より若いが俺よりも経験がある。だが、あの2人はてんで素人だ。ギャングですらない」


「ダンの不安も理解できるが、俺たちはハリスを入れても3人だ。実際に店に行けるのは俺1人ってことを考えると、不測の事態に対応できない」

「素人を入れることで不測の事態が起きるんじゃないのか?」

「それは不測じゃない。予測できる想定外アクシデントだ」


「見た限りで言えば、ポールはガキ過ぎるしヘナチョコだ。ベティに至っては金魚の糞で役に立つか怪しいぜ?」

「ダン、ここで彼らを仲間にしなければ、あの2人はお前が大嫌いな連中に食いつぶされて、お前よりも救えない状況に陥るかもしれないんだぞ? 俺のやり方が正しいだなんて1度も思ったことはないが、すくなくとも最低ではないと思ってる。そういう意味じゃまだマシだ」


「……それじゃまるで、俺があの2人を心配してるみたいな言い方だな」

「違うのか?」

「……大まかには合ってるよ。だが正しくは、あの2人を食って得をするクズが居ることが許せないだけだ。俺の大嫌いなカス共が笑うなんて許せないんだよ」


「お前が言う大嫌いなカスの中には俺も含まれてるんだろう? これでもギャングだからな」

「その通りだよ、クズ野郎ボス。俺はこの国が大嫌いなんだ」

「なら、誰かが俺を見張る必要があるな。適任は誰だ?」


「……そのやり口も大嫌いだよ。はぁ、分かった分かった。俺はお前のドライバーだからな。地獄の底までちゃんと送り届けてやらないと」


 大きなため息。そして、呆れたような顔をしながら、車へと戻る。説得も終わったところで4人はガニムン地区にあるコンビニ『バランスタンド』に向かった。

 すこしトゴメナ地区に近い、治安の悪い立地のコンビニは客も店員もおらず、それどころか商品すらない状況だった。他に比べて少し手狭な店舗であり、煌びやかな装飾など一切ない。かろうじて電灯は点いているが、あきらかに光が弱かった。


「ここって……?」

「ドラマティック・エデンの知り合いが用意してくれた、俺たちの拠点だよ。とっくの昔にコンビニとしては廃業したけど、建物だけはのこしてあってね。バランスタンドの空き店舗なら他のやつが勝手に住み着くこともないから間借りさせてもらってる」


 言うまでもないが、家賃と称してそれなりの金をとられているが……。

 表向きはコンビニの空き店舗となっており、スタッフルームの奥では事務用の長机といくつかのパイプ椅子、そして大きなホワイトボードが用意されていた。すべて、リチャードに用意してもらったものである。


「ハリス、パソコンの位置はこのあたりでいいか?」

「ああ、ばっちりだ。ホワイトボードも見えるしな」


「じゃあ、改めて自己紹介させてもらう。俺はオタ、こっちはドライバーのダン。今、通話で話しているのは俺の古くからの友人、ハリス・ブラドリーだ」

「そういえば、俺もそいつを紹介してもらってねぇな」

「あまり人と話すのは得意じゃなくてね。直接会えなくて寂しいよ、ダン・ジョーンズ」

「いや、そういう役割なんだろ? 分かってるから大丈夫だ」


「ポール・ジュニア、ベティ・クワン。君たちの活躍はカメラ越しに見ていたよ。君たちが撮った映像を解析して、計画を立てるのに役立てさせてもらったよ」

「ど、どうしてフルネームを……!?」


「隠しているつもりなら、SNSの使い方を考えたほうがいいね」

「ハリスは見ての通り、ネットに詳しい。当日も、警察に偽情報を流して捜査をかく乱してもらう」

「警察のネットワークにハッキング出来れば、もっと作戦の質は高くなるんだけどね」


「前にもそんなことを言ってたな。出来ないのか?」

「自分で言うのもなんだが、器用貧乏タイプでね。逆探知されるのがオチだよ」

「ハリスの専門は情報収集だからな」


「じゃあ、改めて今回のプランを説明する。まず、ジュエリーノゴの火災報知機を誤作動させる。店内が無人になったら強盗開始だ。細かい部分はおいおい調整する」

「ベティは、ハリスと協力して警察と消防に偽情報を流してくれ」

「お店に行かなくていいの?」

「裏路地で話した通り、強盗の追加メンバーはもう1人居ればいいんだ。そっちはポールに手伝ってもらう。俺とポールで無人の店で宝石を奪う」


「消防隊の到着はハリスが教えてくれる。ダンは、消防隊よりも先に俺たちを迎えに来てくれ。ただ、事前に店の近くで待機していると、怪しまれるからな。そのタイミングもハリスの指示通りに頼むよ」

「了解。逃走経路は、ハリスに送っているが、アレでいいのか?」

「想定していたルートの1つだ。実際に運転をするダンが最善だと思ったなら信用する」


「ポール、君は入り口からみて奥の部屋の宝石を頼む。俺は入り口付近で見張りをしながらだ」

「わかりました」


「決行は一週間後だ。都合よくコンビニを借りてるから俺とポールでシミュレーションしておこう」

「は、はい!!」


「なら俺は、その間にあの黒いバンで運転の練習をしておこうかな」


「ベティ・クワン。君は店内の人間役と偽情報を流すための機械操作を覚えてもらう」

「わ、わかったわ!!」


 ガニムン地区の小さなコンビニ跡地で、全員の運命を変える、最初の強盗が始まろうとしていた……。

 変わった運命の先が幸か不幸かは、まだ分からない。

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