強盗:ジュエリーノゴ

 訪れる運命の日。

 ジュエリーノゴの店員、ミシェルからギャングと取引している宝石の隠し場所や金庫の種類などの情報も手に入れた。すでに作戦の流れも共有している。下準備には抜かりが無い。


 逃走に使う車と別の車でジュエリーノゴの近くまで向かう。車内では全員が無言であり、運転をしているダンが少し前のめりになっていた。後部座席に座って俯くポール。2人とも緊張しているのが伝わってくるが、オタだけは飄々とした顔で前を見据えている。


「たしかダンも強盗の仕事はしたことが無いんだよな?」

「まぁな。若いころは危ない仕事をいくつか請け負ったことはあるが、ってことになってたからよ」

「ポールは? こっちの仕事は全くなかったのか?」


「いや、オタさんの仕事の前に1回だけ。よくない物を運ぶ仕事を……」

「へぇ、てんで素人かと思ったが、案外、同業者じゃねぇか」

「その時は検問で捕まりそうになって……。運よく、警察達が別な仕事でどこかに行ってくれましたけど」


「悪運の強いやつか。俺の経験じゃ、そういうやつと仕事をすると上手くいくんだ」

「へぇ? じゃあ、お前が前に捕まったときは、悪運が無いやつと組んだのか?」

「俺もそれなりにあるつもりなんだが……。にとびきり悪運強い奴が居てね。因縁深い相手だよ」


「その話を詳しく聞きたいところだが、到着したぜ。……こう言うのもなんだが、頑張れよ」

「任せとけ。ポール、車を降りるぞ。ここからは徒歩だ」


 ジュエリーノゴから少し離れた道で2人が降りる。この辺りであれば最も監視カメラが少なく、死角を作りやすいとハリスが調べてくれたのだ。2人は観葉植物の手入れをする園芸業者のフリをしており、作業服と大きなバッグを抱えている。


 店内に入ろうとすると、入り口の前で警備員に止められる。バッグから身分証を取り出すふりをすると、店の奥からミシェルがやってきた。2人は警備員とミシェルに一礼をしてから入店する。


「肥料の差し替えをするんですけど、少し煙が出るかもしれないので、念のため火災報知機にカバーさせていただきますね」


 三方向を透明なジュエリーケースで囲う真ん中に脚立を立てて、天井の火災報知機に細工をする。その間にもポールが観葉植物の陰で肥料を差し替えるふりをしていた。


 入り口付近に置いてあった2つの観葉植物に細工を施すと、店の一番奥にある観葉植物の前で、いくつかの薬品を取り出した。


「すこし薬臭くなりますので離れていてください。ああ、宝石には影響がないのでご安心を!!」

『もしもし、聞こえているか? 消防隊と警察に誤情報を流す準備は出来たぞ。火災報知機への細工もいつでも出来る。開始の合図はそっちに任せるぞ』


くん、薬品の準備は出来てる?」

「ええ、大丈夫です。いつでも」

「じゃあ、


 帽子とガスマスクをかぶったオタの合図。観葉植物の傍に座っていたポールもガスマスクを被りなおして、わざと薬品を磨かれた床にぶちまけた。


 一瞬で大量の煙が噴き出し始めて、けたたましく火災報知器が鳴り始める。

 店内にいた全員がその以上に気づいて、慌てたように騒ぎ出した。警備員が急いでドアを開けると、客たちの避難誘導をする。


 スタッフルームに控えていたオーナーがフロアに飛び出してくるが、ミシェルが軽く事情を説明し、外に出るように促すと、我先にと飛び出す。


「ハリー、どうだ?」

『大丈夫だ。は鳴ってない』


 大量に噴出した煙は、入り口付近とポールの足元に漂うだけで、これ以上広がる様子を見せない。火災報知機の警報音は鳴っているが、防火システムが作動していなかった。


「そりゃ、煙も警報も偽物だからな~」


 ショーケースの鍵を開けて、宝石類を鞄に詰めながら呟いた。

 ポールはミシェルの指示に従いながら、高価な宝石を優先して盗んでいる。煙はいつまでも入り口付近で滞留していて、外の様子は分からない。


『ハリーさん、通報されたみたいです』

『O、P、聞こえたか? 今、警察達の動きを探っているが、用心しろよ』

「ベッキーは引き続き、SNSで情報収集を続けてくれ。Dは、いつでもこっちに来れるように準備」

『いわれなくても近くで待機してる。ベッキー、車からジュエリーノゴの入り口前を撮ってる。ハリーと一緒に見てくれ』


 仲間たちに指示を出してから、引き続き宝石強盗を続ける。さすがに全てを持って行けるほど、バッグに余裕があるわけではないが、高価な宝石はあらかた取り終えた。


『そろそろ警察と消防隊が到着するぞ。警備員と店員の動きも怪しいな』

『O、アイツら水をかぶって店内に入ろうとしてる。今すぐに出て来い』


「たぶん、オーナーの指示だと思います。隠し金庫の方に急ぎましょう!!」


 通話を聞いていたミシェルが、スタッフルームの中へと入る。フロアとは打って変わって、安っぽい品であふれており、くすんだ色のロッカーと、錆びだらけのパイプ椅子しかない。


 しかしその奥には、アンティークのような綺麗な木製のテーブルが置いてあり、ふかふかのキャスター付きの椅子まである。おしゃれなスタンドライトに、高そうな羽ペンまで飾られていた。


「この後ろの絵を外しして、壁のこのあたりを押すと……」

「壁の中の隠し金庫か。番号は?」

「盗み見て、メモを残しておきました。コレです!!」


 紙に書かれた番号の通りに数字を合わせると、カチャリと小気味いい音を立てて、小さな金庫が開いた。そこには店に並んでいる宝石よりもワンランク質の高い物があった。


「P、コイツを全部袋に!!」

「わかりました」

「……あれ、思ったより数が少ないような?」


 首をかしげるミシェルを置いて、ポールは金庫内全ての宝石をバッグにしまう。

 はるか遠くから、消防車やパトカーのサイレンが聞こえ始めた。


『もうすぐ警察達が到着するぞ。本物の警報が鳴ってないおかげで、いたずらだと思われてるから遅れてるらしい。だが、それも時間の問題だ』

『ハリーさん、こっちの嘘通報も限界かもしれないです』


「……ミシェル、今バッグの中にある宝石、だいたいいくらだ!!」

「ええと、この量をいっきに鑑定するのは難しいけど、だいたい8000万ぐらい?」

「すごい金額じゃないですか!!」


「……間違いない。金庫はもう1つある!! さらに高価な宝石はそっちに隠されてるはずだ」

『店の外に金庫を……? いや、そんな情報は掴めてなかったぞ』


「そういえば、オーナーのデスク、一番下の引き出しだけ鍵付きなんです。でも、パソコンが入ってるだけで、宝石を隠すスペースなんて……」

「ハリー、聞こえるか!! 今映してる南京錠があるだろ? こっちの道具で外せるか?」

『ちょっとまて、入り口に人だかりができてるぞ!! 早く車に乗らないと間に合わなくなる』


「Oさん、それは諦めましょう!? そろそろ逃げないとヤバいです」

「こいつも奪っていく。俺たちは強盗だ。欲張りな愚か者じゃなきゃいけない」


『聞こえるか、O。短時間で、その南京錠をぶっ壊すのは無理だ。引き出しの上2段があるだろう、外せるようになっているはずだ』


 一瞬で机の構造を調べてくれたハリスが的確な指示を出す。だんだんとサイレン音が近づき始め、ポールが落ち着かない様子で狭いスタッフルームを歩き回る。


『中に木の板があるが、簡単に割れるはずだ』

「ああ、割れた。中が見えるぞ」


 そこまでして開けた引き出しには、ミシェルが言っていた通りパソコンが閉まっているだけであった。何年も前に買ったであろう銀色の古いノートパソコンがあるだけだ。


「……あ、ただのパソコン」

「やっぱり宝石は店の外に隠してるんじゃ……!!」


 がっくりとうなだれた2人は、再びサイレンの音が鳴ったことに慌てだす。ポールに至っては、欲張るオタを説得するために、まだ店に残っている価値の低い宝石をバッグに詰め始めた。


「もしかして……」


 オタがゆっくりとパソコンを持ち上げると、それは、外側のプラスチックカバーだけで、中身はない。ノートパソコンの中身をくり抜いてカバーだけを引き出しの中にしまっていたのだ。

 開いてみれば、小さい指輪や真珠のネックレス、ダイヤのついたピアスなどが入っていた。


「どれもこれも質のいい物ばかり……。うちの店で、こんな高い商品を取り扱っていたなんて」


 小さくも奇麗な宝石に、ミシェルは見とれていた。急いでポールを呼び出し、彼が持っていたバッグにすべてを詰め込む。


「ミシェル、あとは伝えた通り」

「ええ、この薬を飲んで、気絶したふりをしておけばいいのね」

「入院している間に、金をもって迎えに行く。すでに出国できる用意はしてある」

「分かったわ。頑張って逃げてね」


 スタッフルームにミシェルを残して、オタとポールは店を出る。すでに人だかりに囲まれており、煙だらけの店内から出てきた2人に後期の視線が向けられる。


 警察のサイレン音も間近に迫り、野次馬たちの興味が火事騒ぎの店舗から、そこから出てくるガスマスクをつけた謎の2人組に変わろうとしたところで、黒いバンが人だかりにツッコむ。

 派手なクラクションのおかげで、轢かれた人間はいなかったが、何人かは腰を抜かしたようだ。


「乗れ!!」

「ありがとう!!」


 作業服をきた男たちは、黒いバンに乗って一瞬で消え去る。遅れて到着した消防隊が、ホースをもってジュエリーノゴを濡らし始めた。しかし、いつまでたっても消えない白煙と、まったく火の気がない店舗をみて、隊員たちは疑問を抱き始めた。


 警察と共に店内に入ると、あちこちのショーケースが割られ開けられ、宝石を飾っていた箱や、首だけのマネキンが床に倒れている。綺麗だった磨かれた床には土と何かの薬品が散乱していた。


「コレ、火災報知器鳴ってなくないか?」

「焦げ臭い臭いもしませんね……?」


 警察と消防隊が互いに顔を見合わせ、強盗達の細工であることに気づくと、慌てた様子で応援を呼びだした。


『D、警察達が到着して、感づいたらしい。本来のルートに影響があるかを調べる』

「もたもたしてるからだぜ。1度止まるか?」

「下手に動くと危険だからな。情報が集まるまで待機だ」

「……お店の人たち、追いかけてこないですかね」


「1つ、俺たちの顔は見られてない。2つ、服装も変わってる。3つ、宝石の入ったバッグは座席を改造して、中に隠してる。車は見られてるが、あの一瞬じゃ明確には覚えていられないはずだ」


『良い知らせだ。誤情報が多すぎて処理が追い付いてない。ただ、検問の準備が始まっているらしいから、正確な情報が集まるまでは動かない方がいいだろう』

「先に抜けたいのはヤマヤマだが、検問の範囲も分からないんじゃ危険だな」


 微妙に身動きが取れないまま、彼らは少しの時を過ごすことになる。座席の下にあるお宝が、いつ爆弾に変わるのかも分からない状態で……。

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