注目犯罪者

 先ほどまでよりスピードを上げて、まるで目的地に急ぐかのように車を走らせる。わざとらしい遠回りを何度か繰り返していると、赤い乗用車がぴったりと後ろを走り始めた。


「こっちが感づいてることに気づきやがったぞ。隠す気がねぇ!!」

「そうらしいな。ちょっと知り合いに連絡するから待ってろ」

「他に助けを求めるのか? 最初から頼ればよかったのに」


「お生憎様、俺もそいつも車を持ってないんでね。その辺でパクってもいいんだが、腕のいいドライバーがついてない」

「そりゃ、本当にお生憎様だな!! ほら、到着したぞ」


 ダンが車を止めたのは、トゴメナ地区にあるなんてことないコンビニである。ちょっと電球が割れていたり、ゴミが散乱していてホームレスが2人ほど駐車場で寝ていること以外は本当になんてことない。どこにでもあるようなコンビニだ。


「もしもしハリス? 俺だよ。久しぶりだな」

『オタか。俺に掛けてきたってことは、さっき紹介した仕事はダメだったのか?』

「途中までは順調だったんだけどな」

『ああ、みなまで言わなくていい。言いたいことは分かった。すぐに調べるさ』


「随分賢そうなお友達だな」

「今、警察のネットワークに侵入して、出動履歴を確認してもらってる。他にも控えているなら完全に逃げのプランに変える。控えが少なければ、このコンビニで何とかするさ」

「……何とかって。要は行き当たりばったりってことじゃ」


 ダンが苦言を呈すると、オタの電話が鳴り響く。彼の友人、ハリスからの折り返しが来たようだ。


「もしもし、どうだ?」

『良い知らせだぞ。お前たちを追跡しているのは、1台だけだ。中に3人』

「……あの赤い乗用車だけってことか?」


 ダンが訝しげな視線で離れた場所に止まっている赤い車を睨みつける。スモークが張ってあって、中の様子は分からないがおそらく隠れているのだろう。


『そして悪い知らせだ。ギャングたちは随分とケチらしい』

「あの警察達はギャングが手配した奴らってことか。俺たちだけ捕まって、報酬は支払わなくて済むってわけか」

「相変わらず汚いことするな。つくづく気に食わない連中だ」


 通話中のスマホにメールが届く。薬物運搬のバイト募集をしていたSNSアカウントのスクリーンショットが添付されており、最新のつぶやきを見ると遠回しな文章で『朝6時までに報酬を受け取りに来なければ、支払わない』と書かれていた。


「あと3時間か。逃げてもいいが、間に合わねぇだろうな」

「ダン、さっきも言ったろ。って」


「……冗談だろ?」

「このピストル、弾は入ってるのか? おいおい、ちゃんと手入れしておけよ……。そういえば、さっきまで薬が入ってたポーチはどこだ? あ、レジ袋とか持ってる? ちょっと使いたいんだけど」

「待て待て待て、ほんとうにやり合うのか? 正気かよ」


「3時間以内に逃げ切れる見立てがあるのか? 俺はこんなところで失敗してる場合じゃないんだよ。ギャングとつながってるようなクソポリスぐらいで止まってる場合じゃないんだ」

「……分かったよ、クソが。付き合ってやるよ。死んだら恨むからな」


 諦めたような表情で大きなため息を吐くと、座席の下に置いているゴミ袋を取り出す。オタに手渡すと、すぐにポーチと拳銃を袋に入れて車を降りようとする。


「あの車から警察が2人降りたら、エンストしたとか言って向こうの車のボンネットを開けさせろ。とにかく車から降ろすことを考えてくれ。もし余裕があれば、ぶっ壊してやれ」

「ならアレが中国製であることを願うんだな。そうじゃなきゃ、簡単にぶっ壊すなんて芸当出来ないぜ」


 シレっと無茶を言うオタに肩を竦めて返事をすると、少し微笑んでから店内へと向かって行った。手にはポーチと拳銃の入った袋を下げている。

 かび臭い店内は眠そうに目をこする店員が1人いるだけだった。


「ハロー。タバコが欲しいんだけど」

「番号お願いしま……。え、ピストル!?」

「大きな声を出すなよ。この国じゃ見慣れてるだろ。早く、タバコ、どれでもいいから適当に1つこっちに投げろよ」


「た、タバコ? お金じゃなくて?」

「……アンタ、名前は?」

「に、ニコラス」

「OK、ニコラス。物事には順番って物がある。まずはタバコだ」


 袋の陰からピストルを見せつけ、引き金に手を掛ける。ニコラスはビクビクとした様子で後ろを向いて素早く適当なタバコをカウンターに置いた。オタがタバコを受け取ろうとするとおびえた様子で後ろに下がり、ガシャンと大きな音を立てる。


「ヒィィ!!」

「落ち着け。ニコラス落ち着けって。ニコラス、良い名前だよな。名づけはどっちが?」

「ば、婆ちゃんだ。映画が好きで……。今日も帰ったら婆ちゃんとB級映画を見る約束をしてるんだ」


「ニコラスって、あのニコラスか。いいお婆ちゃんを持ったな。大丈夫、落ち着け。目的さえ果たしちまえば、3時間後にはお婆ちゃんと映画を見てるハズさ」

「バイトはまだ5時間残ってるんだ……」

「なら6時間後だな。よし、レジを開けろ。開けたらバックヤードに引っ込むんだ」


「……通報してもいい?」

「……それも6時間後までお預けだ」

「おお、神よ……」


 袋に隠したピストルをグイッと押し付けると、ニコラスは大粒の涙をこぼしながらバックヤードへと引っ込んでいく。開いたレジから適当に金を掴むと袋に入れるふりをして床にバラまく。オタのポケットに入れたスマホが震えると、すかさず商品棚の陰に隠れた。


 タバコは警察が様子をうかがって店内に入るまでの時間稼ぎ。そして、違和感を抱かせるための撒き餌だった。


 コンビニの自動ドアが開いて1人の警官がやってくる。レジに散乱した札束を見ると、慌てた様子で拳銃を取り出して辺りを見回した。不意を突いたオタが警察の襟首を引っ張って商品棚の陰に引き込み、後ろから拳銃を突きつけると思い切り首を絞める。


「ハイ、お巡りさんコップ。そのまま前を向いて拳銃を腰に戻せ」

「こ、これは犯罪だぞ。わ、分かっているのか?」

「黙れ。自殺が趣味なのか? 今は仕事の時間だぜ」


 さらに力を込めると軽くせき込みながら、慌てた様子で懐に拳銃を戻した。そしてゆっくりとした動作で両手をあげる。


「いい子だ。車にもう2人居るな。俺がトイレに隠れてると言って、もう1人呼べ」

「……こちら本官。クソ野郎ファッキンは下痢気味らしい。こじ開ける」

『ハハハ。了解。じゃんけんで負けたほうが行くよ』


 車内と店内で、あまりにも温度が違う。しばらく待っていると鼻歌を歌いながらもう1人小太りの警官がやってきた。まっすぐトイレを目指すが、真横に拳銃を構えたオタを見つけると慌てた様子で腰に手を伸ばす。


「ストップ。2人とも動くな。知ってるか、東洋の国ではこういう時に『気をつけ』って言うらしいぜ。何に気をつけるんだろうな」

「な、何が目的だ」

「取引だ。アンタらの命を買わないか? 俺たちを見逃せって賄賂をプレゼントしたいのはヤマヤマだが、一文無しなもんでね。賄賂の金はアンタらの命で払おうかと思って」


「わ、分かった。これ以上、追跡はしない」


 小太りの警官が怯えながらも拳銃を手放した。オタが少しだけ窓の方に目を向けると、取り押さえようと動こうとするが、すかさず銃を向けられて、慌てて両手を上げなおす。


「物事には順番がある。まずは俺たちの安全確保が先だ」

「も、もちろんその通りだ。車に戻ればいいのか?」

「いーや、アンタら2人は下痢気味の犯罪者を捕まえるためにトイレに行くんだ。ホラ早く」

「お、OK。そう急かさないでくれ。足がもつれて……」


 小太りの警官が両手を上げたまま、ヨタヨタとトイレまで歩いていく。背を向けた一瞬、左手に抱えていた警官の首をひねると、小さな悲鳴を上げて口から泡を吹いた。ばたりと倒れこむ男を無視して、振り返る小太り警官をトイレに押し込めて壁に叩きつける。


 気を失った男を抱えて、トイレの手洗い場に水を貯めた。蜘蛛の巣で汚れた水たまりに思い切り警官の顔を突っ込ませると一気に水を吸って再び気を失う。待つこと1分、腕が完全にだらんと崩れたことを確認してから2人の死体をトイレに押し込んで、何事もなかったように車に戻る。


 駐車場では、赤い車とダンの愛車のボンネットが開かれており、バッテリーをつなげて作業をしている最中だった。警察達の車に細工を施そうとするダンに気を取られて、店から出てきたオタには気づかない。


 そのまま忍び寄ると拳銃で後頭部を打ち付けて気を失わせた。


「おいおい、乱暴だな。俺まで怪我したらどうする」

「ちょっと時間をかけすぎた。急ぐぞ」


 後頭部から血を流す警官の手足を縛って猿轡さるぐつわを噛ませてから車の中に放り込む。このままであれば出血多量で死ぬだろう。


「店の中は?」

「2人とも始末した。他に応援を呼ぶ余裕はなかったはずだし平気だ」


 かくしてコンビニでの攻防は終わり、急いでギャングとの待ち合わせ場所まで車を走らせる。2人が到着すると微かに驚いたような表情を浮かべるが、問題なく報酬を受け取った。


「一応聞くが、警察に追いかけられたりはしてないだろうな」

「周りを見てみろ。俺たち以外に車は無いだろ。それとも、が?」

「……疑って悪かったな、いい仕事ぶりだった。もしよければウチの」

「じゃあ、また何か仕事があれば呼んでくれ」


 ギャングの勧誘を無視して、ダンが待つ車へと戻る。手渡された封筒には言われた通りの金額が入っていた。


「ドライバーご苦労さん。今回の報酬だ」

「……それなりにいい金額だな。あのちんけなバーでタクシーごっこをやってるときの何十倍も稼げた」

「お気に召したようでなによりだ。この後俺を家まで送ってほしいから、その分上乗せして入れておいた」

「なるほどね。了解。ただ、それにしても多すぎじゃないか?」


「ダン、俺はこれからもっと大きなをする。仕事には計画と武器と、腕のいい仲間が必要だ。腕のいいドライバーとかな」

「……つまり、そういうことか?」

「ああ、俺がこれから立ち上げるギャング、それに入ってくれないか?」


「誘ってくれてありがとうよ。だが俺はギャングが嫌いなんだ」

「なんとなくそんな気はしてたよ」

「……だが、今日の仕事は楽しかったぜ。クソみたいな警察もクソみたいなギャングも、まとめて出し抜いてやった。いい気分だ。見たかよ、報酬を支払う時のギャングの面」

「随分と悔しそうな顔をしていたな」


「お前についていけば、もっとデカい稼ぎになるんだろ? そんな楽しい話、乗るに決まってるじゃねぇか!!」

「そう来なくちゃな。改めてよろしく」

「ああ、よろしくな」


 車内で2人固い握手を交わす。

 いずれ世界に名をとどろかせるギャング。そのボスの腹心にして専属ドライバー、『ダン・ジョーンズ』がここに生まれた瞬間だった。

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