強盗の元

「で、昨日の夜に分かれてからすぐに呼び出しってのは、どういうことだ?」

「言ったはずだぜ。大きい仕事をするって。今日はその下準備だ」

「大きい仕事ね……。ただのドライバーを連れまわすような大仕事ってのはどんなんだ?」


 警察との追いかけっこから翌日。

 再びダンは呼び出され、オタの指示でとある場所へと向かっている。曰く、それなりの格好をして来いと言われたので、わざわざいつもより高級なスーツに着替えてきたのだ。


「ノゴ地区にある宝石店を襲撃する。昨日も言ったが今の俺は一文無しだ。それどころか逃亡資金やらなんやらで借金まであるからな。マイナスから立ち上がるためにも、景気づけに一発大きな強盗をしなくちゃいけない」


「借金? いくらだ?」

「1000万。10日後までに払えなきゃ、今度は刑務所じゃなくて地獄の檻にぶち込まれる」

「oh……。なんでそんな金額? でミスったとはいえ、それなりに金はあっただろ。いくら脱獄&逃亡生活って言ったって、そんなデカい借金作るほどか?」


「……仲間も捕まったんだ。そいつら全員を逃がしたり、電気椅子送りを止めようと思ったら、持ってる金じゃ足りなかったんだ。逃げながらでも小さい仕事は続けてたんだぜ。おかげで1000万まで抑えられた」

「……少し詮索しすぎたな。悪かったよ」


 車内に気まずい空気が流れ、エンジンの重低音だけが響く。沈黙を破るような適当な会話が2,3度繰り返されて、ようやく目的地へと到着した。


「2人そろってスーツでコンビニかよ。今から会う相手とやらに、待ち合わせはカフェがおすすめですよって教えてやれ」

「それは無理かもな。相手は商人だ。自分の得意なフィールドはよくわかってる」


 オタの言う『商人』という言葉に、一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべる。慌てた様子で取り繕ったような笑みを浮かべるが、繕いきれずに車の陰で肩を竦めた。


「ダン、店に入ったら、俺のことはOと呼べ。お前はDだ」

「わかったよ、Oボス


 トゴメナのコンビニよりはいくらか綺麗な店内。

 ぴっちりと直立して正面を見据えていたレジの男が、少しだけ入口の2人を見てニコリと笑みを浮かべる。溌溂とした声であいさつを口にすると、オタはまっすぐレジへと向かった。


「やあ、ジャック。この店にリチャードという男が働いてると思うんだ。友人が挨拶に来たと伝えてくれないか?」

「いらっしゃいませお客様。店長はバックヤードで作業中です。お取次ぎしますのでお名前を教えていただいていいですか? ちなみに私の名前はスティーブです」


「なるほど、スティーブ。物事には順番があるもんな。まずは自己紹介だった。改めて、俺はOだ。リチャードにはOが訪ねてきたといえばわかるハズだよ」

「かしこまりましたお客様。少しお待ちください」


 慣れた手つきでレジを操作不能にして鍵を閉めると、笑顔を崩さぬまま後ろへと引っ込んでいく。


「てっきり、昨日のハリスってヤツに会うと思った。それともリチャードってのは偽名か?」

「ハリスの紹介はまた今度だ。その前にこっちだが、リチャードに会うのも久しぶりだからな」

「てっきり口ぶりから察するに仲良しかと思ったんだがな」


「仲良しね……。と仲良しになるのは難しいと思うぜ」

「……前からの知り合いなんじゃないのか?」

「いや、すぐにわかるよ。……それと、リチャードが偽名ってのは当たりだ」


 理解が追い付かず、スキンヘッドの後ろ頭をポリポリと掻く。先ほどの店員がレジに戻ってきたかと思うと、その後ろには随分と若い青年がやってきた。これみよがしにつけている首元のアクセサリーが嫌に目立つ男だった。


、ミスターO。お連れの方も、後ろへどうぞ。せっかくですし、挨拶だけじゃなく少し話をしましょう」

「悪いねリチャード。少し世話になるよ」

「おい、人違いじゃないのか? 随分と若すぎる気もするが」

「さっきも言ったろ? リチャードは偽名だって。それと、すぐにわかるって」


 3人がバックヤードに向かうと、コンビニの作業場とは思えないほどに整理された部屋へと案内される。まるで銀行の応接室と言われても信じてしまいそうに整頓された部屋だった。高級そうな革のソファに、小奇麗な彫刻が辺りを囲んでいる。


「ミスターO、と会うのは初めてですね。私はリチャード・クーパーと申します。以後よろしくお願いいたします」

「ああ、初めまして、リチャード。には随分世話になったよ」

「ええ、聞き及んでいますとも。あの伝説的な大強盗様とお話ができるなんて光栄です」

「お世辞をありがとう。早速本題に入りたいんだけど、いいかな?」


「構いませんよ。本日はどういったご用件で?」


 鋭く目を光らせるリチャード。若いながらも迫力のある表情にダンが気圧されるが、その隣に座る男は微塵もそんな様子を見せなかった。


「ノゴ地区にある宝石店『ジュエリーノゴ』の品物を流そうと思ってる。宝石類の処理と、資金洗浄を頼みたいんだ。それと、武器類の調達も」

「あのお店の宝石であれば、最低でも7000万ほどですかね。店の奥の金庫にはもっと価値が高い宝石が隠されているという話も聞いていますし……」


「こっちの計算ではもう2000万ほどあると思うが? 桁が変わってもおかしくないと思うぜ」

「下調べは十分のようですね。お見事、さすが伝説といわれるだけはあります」


 リチャードはキザったらしい笑みを浮かべると、わざとらしい拍手で2人を称賛する。……主にオタだけであるが。


「ですが、お引き受けいたしかねます。ウチにメリットがない」

「なぜ? こっちの取り分を除いても3000~4000万は入る計算だ。十分なメリットだろ」

「それは成功した場合の話ですよね。確実じゃない利益だ」


「おいおい、ガキンチョ。さっきは伝説だなんだと持ち上げといて、信用できませんってのは横暴すぎやしないか? てめぇの父ちゃんかじいちゃんが世話になったんだろ?」

「やめろ、D。じゃない」


 憤るダンをなんとかなだめるが、リチャードの目つきは先ほどよりも鋭さを増していた。取り繕っていたような笑顔はそのままだが、その意味が先ほどまでとは変わっているように見えた。


「ガキンチョ。確かにその通りです。私はまだ若輩で経験が浅い。ですが、ドラマティック・エデンのメンバーとして成果を上げているから、ここに居るんですよ」

「俺の仲間が悪かった。その通りだと思うよ」


 ドラマティック・エデン。

 たくさんのギャングが乱立する無法国家ラメカールの中でも、ギャングよりもギャングらしいと名高い民間企業だ。元はと言えば、どこかの国の総合商社だったらしいが、まるでコロンブスの侵略のようにラメカールへ根を伸ばし、いつの間にかラメカール経済を掌握する企業へと成長していた。


 彼らが今居るコンビニ『バランスタンド』はラメカールだけでも5万6000店舗も展開している。もちろん、コンビニ以外の事業も展開したうえで……。


「ドラマティック・エデンの名前は、血筋ではなく実力で襲名します。先代リチャード・クーパーは老いて退任したため、候補生の中でもっとも実力のあった私が選ばれたのです」

「ああ、そのルールは良く知っているよ。そして、アンタの実力もね……」

「偽名ってのはそういう意味か……。仲良しじゃないってのも納得だよ」


「ご理解いただけたのならなにより。ではビジネスの続きと行きましょう」

「ああ、改めて悪かったな。D、お前も」

「……ガキンチョと呼んだのは悪かった。実力ってのも十分理解したよ」


「それで、話を戻すが、前金をよこせってことで合ってるか? 金額と期限は?」

「失礼ですが、伝説はあくまで伝説であっておとぎ話ですよね。こちらが調べた限りは、さしたる用意が無いと見受けられますが?」

「そーだな。ギャングとしての資産も、俺個人の資産も丸ごとドラマティック・エデンに世話になってるからな」

「ええ、その節はどうもありがとうございます」


 微塵も思っていないであろう感謝の言葉を薄ら笑みを浮かべたまま告げた。金がないことを見透かされて2人はほんの少し焦りの表情を見せる。昨日の仕事で多少は稼いだとはいえ、焼け石に水程度のはした金だ。


「そうですね。あいにくですが、ご提供できる武器類の調達がございません。ですが、近々、ギャングの方が他国から密輸してきた銃器を運ぶという話があります。私としてはそちらを仕入れの当てにしようと考えていたのですが……」

「運び先は?」

「また別のギャングと聞いております」


「……横取りした奴を、こっちに持って来いって話か。時間は?」

「本日の夕方。食品運搬トラックに偽装しているようです」


「……ハンドガンの弾を買わせてくれ。それと、スコープのついたライフル、トラック用のタイヤを2つ。D、トラックの運転は出来るか?」

「YES、Oボス


「全てご用意させていただきます。トラックの隠し場所は後程連絡させていただきますね」


 リチャードは先ほどよりも獰猛な笑みを、オタは呆れながらもどこか楽し気な飄々とした笑みを、ダンはそんな2人を見て、自分は大きな出来事に巻き込まれていくのを確信する笑みを見せた。

 三者三様の思惑が交錯し、大仕事までのカウントダウンは加速する。


 リチャードと別れて、ダンの車へと戻る。大きなため息を吐くと、受け取ったライフルと弾薬を確認しながら、もう一度偽装トラックのルートを確認した。


「ダン、まずはこの地点まで向かってくれ」

「反対車線だぞ?」

「そこから狙撃する。タイヤをパンクさせて、鈍くしたところをいっきに強襲して奪い取る。ギャング共があらかた片付いたら、ダンがトラックを運転して隠し場所へ」


「お前はどうするんだ?」

「ダンの車をどこかに隠して、代わりの車を拾ってくる。当然、ギャング連中が奪い返しに来るだろうから、そいつらの相手だ」

「とどのつまり、俺は今回もってわけか?」


「不満か?」

「いや、楽な仕事でありがたいよ。狙撃はどっちが?」

「俺だ。前輪後輪1台ずつパンクさせる。2発で片づけるつもりだから、2回目の射撃で運転席まで走ってくれ」

「そりゃ助かるよ。重い銃は苦手なんでね」


「俺はそのまま援護を続ける。何か問題があったら、つど臨機応変に対応だ」

「まーた行き当たりばったりってことね。了解」


「よし、計画プランはばっちりだ。早速行くぞ」


 オタの掛け声をきっかけに、ダンは一気にアクセルを踏んで目的地へと急いだ。

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