ミスひとつなし

 互いの自己紹介も済ませた2人は、ダンの愛車であるSUVに乗り込む。助手席に乗ったオタがスマホを操作すると、SNSを見始めた。


「……闇バイトか? そんな怪しい仕事が金になるとは思えないんだがな」

「ほとんどがハイリスクローリターンのカス仕事だよ。表向きだけ取り繕った仕事が多いさ。だが、一部はハイリスクハイリターンのな仕事があるさ。……これとかな」


 スマホに表示されたテキストを見せるとダンは少し顔をしかめる。アカウントのアイコンは緑で塗りつぶされており、絵文字や文字化けを使ってネット警察の検索に引っかからないように細工されていた。


「誤魔化してるが、ようするに薬物運びか。トゴメナ駅に行きゃいいんだろう?」

「ああ。あくまでダンはドライバーだ。面倒なことには巻き込まないよ」

「……薬物運搬のドライバーって時点で、十分面倒ごとに巻き込んでると思うけどな」


 ため息を吐きながら、ダンはアクセルを踏んでトゴメナ駅まで向かう。先ほどまでのバーからはさして距離が無いため、すぐに駅に到着するとオタだけが車を降りた。

 ボロボロで整備のされていない駅の周りには、段ボールを敷いて寝ているホームレスにまみれている。ほとんど電車の通らない過疎駅のわりに、汚いながらもベンチやアスファルトで整備されているため、他の場所に比べれば寝やすいのだろう。


「……なぁ、おっちゃん。ここらで落とし物をしたんだが、どこで拾えるかな」

「落とし物? しらねぇよ、交番に行け。それより、酒持ってないか?」


 歯抜けの老人に声を掛けるが、臭い息を吐き散らかしながら酒をねだるだけで、目の焦点も合っていない。オタは少し肩を竦めてもう一度スマホを見ようとした。すると突然、横からやってきたホームレスと目が合った。


 片手にゴミ混じりの缶ビールと土にまみれた段ボールを小脇に抱えている。


「あんちゃん、落とし物ってのはどんなんだ? 何色だ?」

「……茶色だよ。知ってるか?」


「知ってるよ。俺が拾ってやったんさ。この茶封筒だろ?」


 そういってホームレスが渡してきたのは、何かの入った封筒だった。受け取って、中身を確かめると、駅のコインロッカーのカギが入っている。もう一度ホームレスと目を合わせると軽く礼を言ってその場を離れた。


 封筒を懐にしまって、急いでダンの待つ車に戻る。乗り込む前に軽く回りを見渡すが、無人の車が駐車してあるぐらいだ。


「その封筒に薬が入ってんのか?」

「いーや。そんな迂闊なギャングが居るかよ。コインロッカーのカギだ。たぶん、ガニムン地区の地下鉄だろうな。そっちまで行ってくれるか?」

「ガニムンの地下鉄……。南寄りの方か?」

「中央よりの方だ。コンビニとスーパーが近くにある方」


 それだけ聞くと、ダンは迷いなく車を走らせる。オタが地図アプリで誘導をしようとするが、それを必要とせずに、あっという間に目的地へと到着した。また一人で車を降りて、封筒から鍵を取り出す。


 コインロッカーの最下段を開くと、再び茶封筒と小さいポーチがぎゅうぎゅうに押し込められていた。封筒にはトゴメナとガニムンの俯瞰地図と、それぞれの住所、ドクロマークが描かれた袋のイラストが描かれている。


 住所の横に書かれている袋のイラストは、1つだったり2つだったりとまちまちである。


「そういう感じね。金のやり取りは他でやってるのか」


 ポーチの中に小袋に包装された白い粉を確認すると、ロッカーの中身をもって自然な様子で車へと戻った。何も言わずダンに地図と住所の紙を見せると、短く「了解」とだけ呟いて車を走らせる。


「随分手馴れてるみたいだが、この手の仕事はよくやってるのか?」

「これでも元ギャングでね。ちょっと仕事でヘマしたせいで一時引退してるけど」

「ただの下っ端構成員には思えないな。それに一時ってのも気になる」


「余計な詮索……ではないか。まぁ、大した話じゃないけどな。チャイルドスラムから成りあがって、自分のグループを持つぐらいまでは出来たよ。調子こいたせいでオジャンだけどな」

「どうりで若いのに胆力があると思った。向こうには何年?」

「3年半ってところだ。ゴタゴタがあって身を隠してたりもしたから、トータル4年から5年はこっちの仕事はやってなかったな」


「……聞きそびれたが、アンタいくつなんだ?」

「スラム育ちなんで正確じゃないが25だよ」

「そいつは凄いな。俺が25の時はまだこっちに来てない頃だ」


「ダンはこの国はどのくらいだ?」

「話したいのはヤマヤマだが、到着したぜ。続きは済ませてきてからだな」


 とくにトラブルもなく一軒目の住所に到着する。怪しく置かれた植木鉢の下に2袋の薬を忍ばせてその場を後にする。玄関口が見えなくなった辺りで、ちいさく扉の開く音がして植木鉢をひっくり返す音が聞こえた。


「ラリってんのか? ガタガタうるせぇな……」


 少し距離があっても聞こえるうるさい音に肩を竦める。深夜ともなれば、余計に目立つ音だった。


「戻ったぜ。次を頼むよ」

「了解。と言ってもすぐ近くだな」


 また車を走らせると、ダンが一人語り始めた。


「さっきの話の続きだが、俺がこっちに来たのは最近だ。もともとドライバーをやってたんだが、金に目がくらんで迷い込んじまった。そしたら抜け出せなくなってこの様さ」

「ラメカールは無法のくせに無駄なルールが多いからな」

「まったくその通りだよ。お上様に目を付けられちまったんで、出たくても出られねぇさ」

「ギャング絡みか?」


「この国でギャングに絡みたくないなら死ぬしかねぇだろ」

「どうだかな。借金のかたに全身バラされるんじゃ、死んでもギャングに絡まれるぜ?」

「アッハッハ。面白いこと言うな。確かにその通りだ。おっと、そろそろ到着だ」


 先ほどと同様に不自然な位置に置かれた植木鉢を持ち上げ、ドラッグの入った小袋を2つ忍ばせる。ダンの待つSUVに乗り込む前に軽くあたりを見回した。


「どうした。のか?」

「いいや、大丈夫そうだ。次に行こう」


 それは警察を警戒した言葉か。はたまた自分たちを見張るギャングを指した言葉か。オタは安心させるような口ぶりで呟いた。


 ガニムン地区とトゴメナ地区をあちこち走り回って、とうとう配達は最後の家へと向かっていた。ダンはしきりに背後を走る車に目を配っては、自分たちとは違う道を通るたびにほっとしたような表情を浮かべる。


「到着したぞ」

「ああ、すぐ戻るよ」


 封筒に入れられていたメモを一瞥して、残りのドラッグ1袋をもって車を降りる。最後の家は、ボロボロのアパートの一室だった。


「警戒心が強い客のため、直接手渡しすること……。ってことは常習者か」


 指定された部屋番号に間違いがないことを確認してから、呼び鈴を鳴らす。鈍いブザーの後に、薄く扉が開かれて、手だけが差し出された。


「宅配スムージーの者です。簡単スムージーパウダーのご注文で間違いないですか?」

「……グリーンスムージー? それならウチで間違いないよ。クレジット支払いだよな?」


 メモに記されていた文言の通りに確認する。渡す客は間違いないようだ。ドアが開かれると、ヨレヨレの半袖シャツを着た男が現れる。下着同然の姿で無精ひげを生やしており、いかにも汚らしい格好だった。


 の入った袋を手渡そうとすると、扉の奥からバタバタという奇妙な音が聞こえる。


「すぃませんね。子供がスムージーを楽しみにしてるみたいで」

「……そうなんすね。早く飲ませてあげてください」


 袋を受け取ると、男は慌てた様子で奥へと引っ込んでいってしまった。


「……………」


 ドアの向こうに消えた汚いシャツの男を薄目で見つめながら、オタは軽く舌打ちをした。急いで車へと戻ると、ダンの出迎えの声を聞かずにバックミラーを見つめている。


「ダン、面倒ごとが増えたよ。最後の配達先、警察にマークされてたらしい」

「……マジかよ。どっかに誰か隠れてたのか?」

「いや、とっくに家宅捜索でもされてるんじゃねぇかな。俺たち、ひいては売人まとめて捕まえるためにわざと薬を受け取って泳がされてるんだろうよ」


「泳がせるって……。そりゃ立派なおとり捜査だろ? 違法じゃねぇか」

「バカ言え。違法は俺たちだろ。違法を捕まえるための違法行為は合法なんだよ」

「なんだそりゃ。無茶苦茶じゃねぇか!! どうするんだ?」


「……ダン、何持ってる?」

「助手席のグローブボックスに拳銃が1つ。それ以外は何も」

「俺も拳銃1丁だけだ。さすがにそれだけじゃ太刀打ちできねぇか」


 会話を続けながらも怪しまれないように車を走らせる。先ほどまでとはうって変わって速度は遅い。何度も信号待ちをしてはゆったりと道路を走っていた。


「そもそも、最後の客が警察ってのは間違いないのか? お前の早とちりって線は!?」

「甘い見立ては身を滅ぼすぞ。麻薬常習者は夏場でも長袖を着込むんだよ。たいてい腕に注射痕が残ってるからな。それにあの家、2人居た。薬は1つなのにだぞ?」


「……俺たちが運んだのは粉タイプだぜ? それに、金が無くて1人分しか買えなかったのかも」

「あんな粗悪品、真面目に吸う奴が居るかよ。俺が常習者なら適当な水に溶かして静脈に打ち込んで、少しでも薬の周りを早くしようとするだろうな。それに1袋を2人で分けるなんてこと出来るわけがない」


「オタ、お前を疑って悪かったな。俺たちを追いかけてきてる車があるぜ。2台後ろだ」

「やっぱりか。それなりに警戒してるつもりだったが、追いかけてきてるのは気づかなかった」


 深夜とはいえ、それなりに車が多い大通り。あちこち車が入れ替わるが、2台後ろの赤い乗用車だけは距離を一定に測りながら彼らに着いてきていた。


「このまま金を受け取りに行くのはマズいだろうな。俺らまでギャングに殺される」

「どうする? 受け取りをずらすか?」

「……急ぎで金が必要なんでな。そう気長に待ってはいられない。俺たちで警察を撒くしかねぇな」


 オタが1000万の借金を返すのは10日後までと決まっている。わざわざおとり捜査をしてまで捕まえようとしている警察が10日そこらで諦めるはずもないだろう。なにより、わざわざギャングが支払いを待っててくれるとも思えない。途中で約束を反故にされるのがオチだろう。


「警察を撒くって……。そんな方法あるのか?」

「ダン、車に詳しいよな?」

「……まぁ、それなりに? ……何するつもりだ?」

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