Money&Gun's~最低な連中が最悪の町でギャングスタ―に!?~

平光翠

ギャング?とドライバー

 ようこそ、クズ共の巣窟へ。ここは無法国家ラメカール。知ってると思うが、この国の連中は上から下までクソまみれだ。なにせ国王が年中ゲリだからな。

 クソまみれってのはそういうことじゃないって?


 まぁ、なんでもいい。

 町を見渡せば、ギャングのドンパチと薬物でハイになってるホームレス、交番にこもりきりで太っちまった警官、信号なんざ知らないアホ運転手とスラムのクソガキであふれてる。


 いっそ分かりやすいぐらいにクソしかいないだろ?

 せっかくだから、お前たちにはとびきりのクソ野郎を紹介してやるよ。なにせ、将来は世界に名をとどろかせるギャングスタ―になる極悪人だからな。ただまぁ、ちょっと今は取り込み中みたいだけどな。




「てめぇ、ぷらぷらしてるみたいだが、金はどうなってるんだ?」

「そうカリカリするなよ。返済日はまだ先だろう?」


 ネズミがはびこる路地裏で、しわがれた怒声が響く。


「だったら、どうやって10日後の返済日までに1000万円を用意するのか聞かせてもらおうか?」

「そりゃ、なんとかするさ。今までだってちゃんと返してきただろう?」


「今まで返せていたのは、アレコレため込んでたからだろう? 今のお前はちんけなピストルしかもってない。なんせ、それ以外は売り払っちまってるんだからよ」


「そりゃ間違いだ。俺のマグナムはもう1つあるんだぜ?」

「へぇ? 手に持ってる粗悪品のハンドガン以外にどこに隠してるってんだ?」


 妙齢の男に詰められるにもかかわらず、飄々とした態度を崩さない。彼がごそごそと服を脱ぎ始めると、警戒するかのように妙齢の男とその部下たちがハンドガンを向ける。


「おいおい。お前たちが見たいって言うから見せてやるんだろうが……」

「てめぇのポコ〇ンをマグナムって言ってんなら見たくはねぇな。それとも金玉売って1000万用意するつもりか?」


「俺の金玉ならそのぐらいの値段が付いてもおかしくはないが……」

「下らねぇ話を長々続けるんじゃねぇよ!! てめぇの借金が返せねぇなら金玉どころか全身バラして金にしてやってもいいんだぞ?」


 激昂した男がハンドガンの安全装置を下す。引き金に指を掛けると、ズボンを少し脱いだ男が慌てて両手をあげた。


「てめぇも知ってるだろう? 俺は『取り立て屋ジョン』って有名なんだぜ?」

「知ってるよ。アンタが取り立てに失敗した奴はいないって話だろ。俺だって返すつもりはある。当てもあるさ」


 ズボンをはきなおした男が捨て台詞のように告げると、しわがれた声で笑い始める。それに釣られるかのように、まわりの部下たちも一斉に笑い始めた。


「仲間も武器も、計画も無いてめぇが? 無一文のくせに当てがあるって?」

「ああ、ちゃんと再来週までには1000万返すよ」

「シレっと期間を延ばしてんじゃねぇよ!!」


「10日で1000万なんてのは無理だろう? さっきは全身バラすなんて言ったが、てめぇの優秀さは良く知ってるよ。仕事でしくじらなきゃ、俺は今頃てめぇの下についていたっておかしくなかったんだ」

「おほめに預かり光栄だよ。でも、アンタみたいに汚い面のおっさんは部下には要らねぇな」


 ひょうひょうとした顔の男が、思い切り壁にたたきつけられる。彼の顔がゆがむほどに銃口が向けられ、取り立て屋ジョンの口から、ギリギリという鈍い音が鳴っていた。


「減らず口叩いて英雄気取りか? あっさり捕まって不正に出てきたてめぇが、俺たち【オーアレオ】に金を借りてるてめぇが、どうしてヘラヘラ笑っていられる?」

「おいおい、おっさん。壁ドンなんて今日日流行ってねぇぜ? しかも相手が男なんてのは余計に救えないな」


 なおも態度を変えない男にしびれを切らしたのか、路地裏の汚い地面に叩きつけると、思い切り腹に向かって蹴りを入れた。さらにトドメと言わんばかりに顔に唾を吐きかける。


「10日後、てめぇをブッ殺して、解剖台に運ぶのが楽しみだよ」

「ちゃんとワクワクしながら待ってろよ。年を取ると楽しみが少なくなるからな」


 負け惜しみにも聞こえるようなセリフ。

 高級スーツを羽織りなおしたジョンが一瞥すると、彼の後ろに控えていた部下たちがもう一発鋭い蹴りを入れる。うずくまって動かない男には目もくれず、取り立て屋たちは路地裏を抜けてどこかへと歩いて行った。


「チキショー。おかげで便秘が治っちまうだろうが……」


 泥に汚れた服を軽くはらって立ち上がった男は、取り立て屋たちとは逆の方向に歩き出した。泥まみれのシャツに、ボロボロのジーンズという、酷く汚れた格好ではあるが、この町ではそれを気にする人間はいない。誰も彼も似たような格好であるからだ。


 トボトボと歩く彼が向かっていたのは、さらに治安の悪い地域にあるバーだった。


「やぁマスター。いつもの安酒を頼むよ」

「今日はいつもにもまして汚い格好だな。ウチのカウンターをよごさないでくれよ?」

「そりゃ約束できねぇな。今日はドライバーを探してるんだが、見つからなかったら長居することになるから、どうしても泥は落ちるさ」


 グラスを磨くマスターが、泥に汚れたズボンの裾を見ては顔をしかめる。安っぽいグラスに薄い酒を注ぐと、雑巾のようなものを持ってきて、カウンターに放り投げた。


「悪いね。せっかくだし、待ってる間にマスターも飲んでよ」

「ドライバーを探してるって言ってたけど、昔のお友達は居ないのか?」


 マスターがもう一杯酒の用意をしながら尋ねる。泥をふき取りながら自嘲気味に笑うと「捕まってる間に、みんな蜘蛛の子散らすみたいに逃げて行ったよ」


「アンタのとこなら、逃げない連中もいたんじゃないの?」

「残念だけど、俺を追いかけてるうちに迷子になってあの世に行ったらしいね。もしくは俺と一緒に仲良く檻の中」


「ならどうしてアンタだけ?」

「マスター、ここはラメカールだぜ? 檻からでたけりゃ、鍵を持ってくるより金を持ってきた方が早いんだよ。おかげで今は無一文だけどな」


 わざとらしい顔と共に肩を竦めてみせると、マスターはゆっくりと酒を下げようとした。慌ててその手を引き留めて、グラスに注がれたを一気に飲み干す。


「大丈夫だ。この支払ぐらいはある。これ以上飲み食いするなら、ドライバーが見つかってからの話になるんだけどな」

「それならいいんだけどね。ああ、噂をすればちょうど腕のいいドライバーが入ってきたよ」


 さび付いた汚いドアを開けて入ってきたのは、スキンヘッドのいかつい男だった。でかい図体で店を一瞥すると、まっすぐにカウンターに向かってくる。


「マスター、いつもの水をくれ」

「はいよ」


 慣れた様子で水を受け取り、キャップを開ける。ゴクゴクと喉を鳴らしながら半分を飲むと、ゆっくりと席について店を眺め始めた。


「……なぁ、アンタ、バーに来て水を飲んでるのか?」

「マスターに無理言って、特別に発注してもらってんのさ。俺はここで酔っ払いどものタクシーみたいなことをやってるからな」


「水代と駐車場代はちゃんともらってるから文句はないよ」

「ヘイヘイ。そんな風に言わなくても、ちゃんと今日の分も払うよ。ホラ」


 カウンターに金を置くと、マスターは黙って受取って奥の方へ引っ込んでしまった。どうやら金庫の中にしまってきたらしい。


「アンタ、腕のいいドライバーなんだって?」

「そりゃね。もともとは要人警護専用のドライバーだったからよ。見たところ酔いつぶれてるわけじゃなさそうだが、タクシーが必要か?」


「……タクシーじゃないんだけど、車と人が必要でね。面白い仕事があるからドライバーを探してたんだけど」


 彼の物言いに引っかかったのか、スキンヘッドの男は眉をピクリと動かす。少しの間があった後、席を立つと興味がないと言わんばかりにどこかへ行ってしまった。


「ありゃりゃ、勧誘失敗かな。もう少しで乗って来そうだとは思ったんだけど……」


 店の端へと逃げたスキンヘッドの男を追いかけると、許可も取らずに同じテーブルに着いた。マスターは揉め事は勘弁してくれとアイコンタクトを送るが、どうやら通じてないらしい。

 周りの客たちは、薄い安酒に溺れて彼の思惑なんてを意に介していないようだ。


「ギャングはお嫌い? アンタはただのドライバーでいてくれればいいんだけど」

「……その様子じゃ、訳アリの物を運べって話だろ。俺が運ぶのは酔っ払いだけで十分だ。ただでさえバカのゲロで臭い車なのに、死体や薬の匂いは勘弁してほしいな」


 へらへらとした顔を崩さず追いかける男を片手であしらうが、めげずに話しかけ続ける。スキンヘッドの男は辟易したような顔つきへと変わり始めるが、勧誘は止まることを知らない。


「……悪いが他を当たれ。俺は興味ない」

「やっぱりダメか。しつこくして悪かったね。お詫びに奢ろうか?」

「要らねぇよ。てめぇ、見たところ20歳ちょいだろ? 自分より若いやつに奢られる趣味はないね」


 さらにもう一度詫びのセリフを口にすると、片手を振ってこたえる。

 またカウンターに戻ると、酒瓶を片手にしたこぶとりの男が近づいてきた。酒の匂いで焼けるように臭い息をまき散らしながら、車のカギをチャラチャラと見せつける。


「アンタ、車に困ってるんだって? 俺も一流のドライバーさ。雇ってくれるんラろ~?」


 明らかにろれつが回ってないほどに酔っぱらっている。

 紅潮した頬を膨らませながら、虫のたかる酒瓶を傾けてゴクゴクと飲むと、さらに続けて「報酬はいくらくれるんろ~?」と続けた。


「悪いね、おっちゃん。ちょっと危ない仕事だから、おっちゃんには無理だよ」

「バカにすんじゃねぇろ。おりゃ、30年もタクシードライバーをしてんろよ!!」


 酒臭い唾を飛ばしながら、店の床にぶっ倒れる。両手でハンドルを握ってるような動作をしながら足をばたつかせた。どうにも話にならなそうだ。さすがに飄々とした態度も崩れて、困惑の表情を浮かべている。半ばあきらめの顔で代金を払って、店を出ていく。


 すると、先ほどのスキンヘッドの男が追いかけてきた。


「おい、さっきの話はまだ有効か?」

「一応ね。やっぱり興味ある?」

「まぁな。ただ、あのがめついマスターの前だと、仲介料を取られそうだったんで、断らざるを得なかったんだよ」

「俺はそのぐらいはらうつもりでいたんだが……」


「冗談だろ? 俺の取り分が減るなんて御免だぜ。店の中の飲んだくれとは違う。本物の一流ドライバーの腕を見せてやるよ」

「へぇ、そりゃ頼もしいな。俺はオタだ。生まれも育ちもこの国だ」


 オタが軽く手を差し出すと、それに応えるように固い握手をする。


「俺はダン。ダン・ジョーンズだ。故郷は別にある。よろしくな」

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