第23話 クーラー
遅ればせながら、文芸部で文化祭の打ち上げがあった。
打ち上げと言っても、どこかに行くわけでもなく、一日中部室を開けておいて、みんな好きなお菓子を持って、好きな時に来いスタイル。私は午後からの参加だ。南中した太陽が容赦なく照りつける通学路、普段ならへばってしまうところだが、楽しみなので足取りは軽い。
それに、と私はこの前の部活での会話を思い出す。
『クーラーを買います』
『『『おー!!』』』
もう整っちゃうんじゃねってレベルのサウナ状態な部室で、忘れ去られた会計の、ヘッドホン先輩の発言は部員を別の意味で熱くさせた。
『これを注文します』
『『『おー!!』』』
みんなで通販サイトの画面を囲む。
『どこに届くんですか?学校?』
『いや、学校を通して注文したものじゃないから、学校には届けられない』
『え、じゃあどこに、どこか学校に近い…』
一人の男、いや地縛霊に視線が集まる。
『居候の家に…』
『え、俺の家?まぁいいけど』
※居候先輩は文芸部員じゃない。
『じゃ着払いで…』
『おい』
着払いではないが、予算に含まれないため部員たちが出すクーラー代を、居候先輩も出すそうだ。
ヘッドホン先輩の話では昨日についているはずだから、もう部室はキンキンに冷えていることだろう。文明の利器に感謝だぜ。
部活棟の二階奥、見慣れた扉を開く。
「こんにちはーって暑っつ!!」
部室には、ブロッコリー先輩、ヘッドホン先輩、ジャージちゃん、居候先輩、ロング先輩がいた。そして何故かエアコンは見当たらない。
「聞いてよ。ヘッドホンのやつお菓子何持ってきたと思う?」
「もうやめろよ」
にっこにこの居候先輩と、うずくまるヘッドホン先輩。見慣れた光景だ。
「え、なんですかー?」
「カプリコ」
オチが見える…。
「美味しそう美味しそう美味しそう」
そう連呼しながら、ブロッコリー先輩がカプリコを開けた。
「あれ、頭どこだー?」
カプリコのコーン部分だけを取り出す、いや正確にはそこしか取り出せなかった。
「チョコは溶けますって」
ヘッドホン先輩は頭をうずめる。
「未来を予測できないのは獣なんだよ」
「脳も溶けたか」
ブロッコリー先輩と居候先輩によって、ヘッドホン先輩が頭どこだー?という感じになってきたのでフォローしてあげよう。
「そもそもなんでこんなに暑いんですか?クーラーは?」
あれ!?頭どこだー!?
「今日ヘッドホンをいじめる会じゃないから」
「やりすぎ」
私はこの2人以上に何か言ってしまったというのか…。
「ヘッドホンが注文をミスったため、まだ届いていないのです」
「今日届くから!!」
開いている教室に無断で涼みに行ったりしていると、
「お母さんがクーラー届いたって」
靴を奪われたお母様からの連絡がきた。私たちは全員で炎天下に繰り出す。
「え、待って死ぬ?」
もはや何度目かの死。
それでも行きは、土に潜っていくカブトムシを妨害したり、それがメスだと分かると一気にどうでもよくなったり、蝉の抜け殻を発見し、ブロッコリー先輩の服につけてブチギレられたりと、なんとか生きていた。
「重くね…」
クーラーを運ぶという状況下ではどんな距離でも遠いのだ。
じゃんけんで分かれて、ヘッドホン先輩&居候先輩→ブロッコリー先輩&ロング先輩→私&ジャージちゃんの順番に運んで行った。
「お菓子で釣って…不当労働だ」
「昨日届くはずだったのに…誰かさんのせいで」
ジャージちゃんと愚痴と汗をこぼしながら進む。
だけど、これが部室に来れば、もう整わなくていいんだ。
扉のネジを失敬したり、アース線がないと騒いだり、それならここにネズミを放って、電線を嚙み千切らせれば完全犯罪だって話をしたり、窓枠にぴったりはまらないからセロテープで張り付けたりしながら、組み立ては進んだ。途中、ジャージちゃんは戦線離脱し、クーラーの効いた家に帰宅した。居候先輩は二重跳びをしたりしていた。
「一番低く一番低く!!16度16度!!」
「電気代なんて知らねぇぜおらぁ!!」
これぞ悪ガキライフ。
三十分ほど経ち、皆が異変に気づく。
「これ、全然涼しくなってなくないですか…?」
「口に出しちゃダメです」
速攻でヘッドホン先輩に、反論なのか白旗なのか分からないことを言われた。
「外の方が涼しいね」
ロング先輩はそう言って外に出た。私も後に続く。
外にある、ぐらぐらと揺れる机にロング先輩と2人で腰掛けて、暑さの犯人が逃げていく様を見る。
中ではヘッドホン先輩が、室温が一定なことを認めようとせずに汗を流している。
私はロング先輩が口ずさむ『夜明けと蛍』をただ聴いていた。
「ねぇあれって28日だったっけ」
ヘッドホン先輩がサウナから顔を出して、聞いてきた。
そう、私は一か月ほど前、文化祭の準備期間、ヘッドホン先輩と、例のポッドキャスト関連で、遊びに行く約束をしていたのだ。
「はい、28日ですよ」
もともと二人で行くつもりだったのだが、三日前『急でごめんね。ブロッコリーも一緒でいい?』とLINEが来た。私は『いいですよ。ブロッコリー先輩も聞き始めたんですか?』と返した。
「ヘッドホン、俺28日予定あった気がする」
ブロッコリー先輩が言った。
「え…」
「家帰って確認してみるけど、確かあった。たぶん俺は行けない。
それでもお前は行くのか?」
ブロッコリー先輩は全く声は荒げていなかったけれど、どこかヘッドホン先輩を𠮟っているような口調だった。
私が、どうしていいか分からずに、固まっている間、ヘッドホン先輩はどこかに行ってしまった。
『たぶん。』その返事の意味を、私は分かっていたのに。
目をつぶった、卑怯さが、こんな形で現れた。
私は中に入った。ブロッコリー先輩は、ヘッドホン先輩を追いかけて出て行った。
暑い。暑い。暑い。
「何してんの?」
「頭冷やしてるんです」
クーラーに頭を押し当てていると、ブロッコリー先輩が帰ってきた。
「ヘッドホンと同じことしてんじゃん」
「ヘッドホン先輩…どうしてます?」
「ウジウジしてる」
空気は停滞していた。
「なんでですか」
「俺が『はっきりとお前の口から理由を言え』って言ったから」
設定温度は16度と表示されている。
「私は、私は…」
言われなくても分かるから、確認しなかった。
向こうから歩み寄ってくれたのに、はぐらかした。
「先輩を困らせたいわけじゃなかったんです」
「でもさ、こういうことは今後のあいつの人生できっと何度もあると思うんだよ」
やっぱりブロッコリー先輩は、ヘッドホン先輩に怒ってる。
「そのたんびにあいつは逃げんのかって話」
「私、行きます」
私から断ろう。
「あいつは行きたいんだよ。でも世間体を気にしてウジウジしてるんだよ」
ブロッコリー先輩が言ったこともあるだろう。前半は、約束した時、確かに行きたいと言ったわけだし、ヘッドホン先輩があんなに上手く嘘をつけるわけがない。その気持ちがそっくり消えてしまったとは、思いたくない。後半は一般的な彼女のいる男子高校生だ。
だけどそれらのどんな気持ちよりも、きっと今優っているのは、彼女さんを大事に思う気持ちだ。
私はネジの一つ外れた取手に手をかけた。
「断るの?」
「」
私は『はい。私から断ってきます』と言おうとした。実際は口をぱくぱくするだけの始末。
頭がまだ冷えてないな。それとも私の頭のネジも外れているのかな。
私は外に飛び出した。
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