第22話 カササギ
『七夕ってなんでも叶うんかね』
七月七日、日曜日の朝っぱら、クズから飛んできたLINE。
『光の速さで願いが届くとしても、アルタイルまで17年、ベガまで25年かかるんよな』
クズと会長と私のグループLINE。会長は日曜日のこの時間だとバイトかな。
『てことはゼロ歳の願いがもうすぐ叶うってことか』
お前はゼロ歳の時から短冊に文字が書けたのか?
『彦星がしごできだったら』
『あ、でも年1の彼女と会える日よ?』
『仕事どころじゃなくね?』
イチャイチャしたいだろ。
『今思うと逆サンタさんやな』
『サンタはまだ地球にいるけど』
フィンランド在住だからね。
『仕事量よ』
『彦星は日本だけか』
『いや、シフトよ』
『だけどサンタは年1、彦星は普段から牛を育ててる』
牛飼いと機織りのカップルだからね。
『彦星可哀想』
『労基に報告だ』
社会問題に着地した恐ろしくロマンのない会話。
『じゃ、短冊飾ります?』
これまたロマンの欠片もない、うちからサンダル圏内のゴミ捨て場に設置された笹に、短冊を飾る。うちに短冊はあまりまくっているので、うちで書くことになった。
「でさ、アルタイルとベガって15光年離れてるのよ。じゃあ1年に1回会えてなくない?っていうね」
「いや神だから、光の速度ぐらいどうにかするでしょ」
「いや光より速いものはないから」
「科学部だなぁ」
七夕伝承的な可愛らしいイラストのついたサイトを読む。
「おい雨降ったらカササギが橋を作るらしいぞ」
「カササギってどんな鳥だっけ」
教えてグーグル先生!!
「小さいな」
「小さいね」
「…15光年分のカササギ」
カササギが、大量のカササギ、大量の…
「何をそんなにツボってんの」
絵面想像してみろよ、ツボるやろ。
「あんたらヲタクっぽい会話してんね」
母に呆れられているところで、労働から帰還した会長が到着。
「普遍的な願いを書こうね」
「叶うのは32の時か…」
「32の自分て想像できなくない?」
「あんま想像したくないな…」
「てか俺あんま願いないんだけど」
「全て自分の力で叶えると」
「まぁな。彦星なんかに頼らないぞ俺は」
『世界が平和ならそれでいい』byクズ
『生きていればそれでいい』by会長
『金があればそれでいい』by私
「願いじゃなくね?」
「独り言だね」
高校生になって、なかなか会えなくなってしまって。
こうやってくだらないことで無理やり理由を作って、橋をかけて、会いたくなってしまうのを、2人は気づいていると思う。
付き合ってくれてありがとう。
「17年後確かめような!!」
2人の背中に向かって叫んだ。
文芸部の活動日、というかただ集まった日の帰り道、彦星の労働環境について労基に報告しようとした話を、漫画ファンクラブの美少女の一人であるロング先輩にした。
左端にヘッドホン先輩、右端にロング先輩、真ん中に私。これが帰りの電車の定位置になりつつある。
「でも本当に彦星たち可哀そうです。だってイチャイチャしてただけなんですよ!!それにそもそも織姫と彦星をお見合いさせたのはお父さんなんです!!ちゃんと色んな可能性を考慮した上で娘を渡せってことなんですよ」
ひこおり派憤怒。
「リア充ムカつかない人?」
ロング先輩がよく分からない質問を発した。
「え、いや、まぁ、そこまで惨めではないと自負しております。というかロング先輩の思想が垣間見えるんですけど」
「え、私?私はね、ムカつかないけど、憐れだと思うよ」
「え、憐れ…?え、なんでですか?」
「いや、流石に、いるから…」
ロング先輩はスマホに集中しているヘッドホン先輩をチラッと見た。
ヘッドホン先輩には最近恋人ができたのである。
「あ、そっか、…まぁまぁまぁ価値観は人それぞれですからね」
しばらく経つと、ヘッドホン先輩が眠りについた。
「ヘッドホンくんが寝たから続きを話すね」
「あ、はい」
「大体のカップルがさ、結婚までいかずに、別れるわけじゃない?」
「まぁ…まぁ、そうですね」
「それって可哀そうじゃない?」
「確かに、可哀そうですね…だけど、彼らは今この瞬間を楽しんでいるんじゃないですか」
穏やかな寝顔を浮かべるヘッドホン先輩を見ると、仮説が証明されていくような気持ちになる。
「でも、別れが明確にあるって怖くない?」
「分かります。私も怖くてたまらない側の人間です。だけど、怖がってたら何も起きないですから」
電車は止まり、ヘッドホン先輩を起こす。
やっぱり。
踏み出せない論理も、踏み出す感情も、全部
「『青春』ってやつですかね」
眠気を覚ますためか、首をひねるヘッドホン先輩。
二人にまたと手を振った。
距離とか、性別とか、立場とか、色々な雨が、時に行手を阻む。
どうか橋をかけておいてください。
きっと15光年分もいらないから。
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