閑話:A級昇格最終試験と競売場

~ 開拓者A級昇格試験会場 ~


 ペシエの町にそびえる火の大神殿の敷地の中に、『決闘祭儀場』はあった。

 凡そ四万人を収容可能な施設であり、戦士の聖地として名高い場所である。

 火と戦の聖霊バルケンの姿を写した石像が見下ろす広大な舞台の上で今、九人の男女が入り乱れて戦っていた。


「うおらっ!」


 ホーフヒト王国のB級開拓者【剛烈剣 ライムント】が雄叫びを上げ、向かって来た巨躯の人型戦闘ゴーレムを三体、右手に握る大剣の魔導剣で斬り飛ばした。


「チッ」


 フードを被った魔法士の男が氷の短剣を放る。

 虚空を走る間に二〇〇の数へと増えた亜音速のそれを、ライムントは左手から放った炎で蒸発させた。


「ここに在るべきは静寂 ここに招くは凍て付く大地の将」


 呪文詠唱、そして亜空間から再び現れた五体の戦闘ゴーレムがライムントへと襲って来る。

 叩き斬ろうと足を踏み出した瞬間、殺気を感じて身を躱したライムントの顔の横を、鋭い小太刀の一閃が過ぎて行った。


「クソっ」


 参加者の一人にして『死の売り手』として名高い黒衣の女。

 着地、反転、そして繰り出される疾風の連撃。


 大剣と卓越した体捌きで凌ぐ。


「ここはホーフヒトの放蕩公子が遊びで来る場所じゃないよ。弁えな!」

「うるせえ」


 女の蹴りを受けて後ろへと飛ぶ。

 朦朧とする意識は、小太刀に塗られた毒によるものだろう。


「俺も譲れないものを背負ってここに立ってるんだ。A級、是が非でも貰ってくぜ」

「そう、なら死にな」


 女の投げた小太刀がライムントの影を刺すと同時、ライムントは全く動けなくなった。


 呪物をくさびとして相手の影を刺し、その動きを止める『影縫い』と呼ばれる技である。


「顕現せよ【氷鎚の巨鎧伯 ノフィストルテ】」


 『砦崩し』として悪名響かせる男の奥義たる魔法が完成し、圧倒的気配を放つ氷の巨人が魔法陣の中から現れた。

 振り被った戦鎚が太陽を隠し、ライムントへ影を落とす。


「くそったれ。仕方ねえ……」


 ライムントは目を瞑る。

 女の嘲笑が聞こえる。


「獣相変幻」


 ホーフヒトでも限られた者しか使えない秘術。

 これを使える事が知られれば、もうライムントは放蕩公子と呼ばれるような、自由な生き方は出来なくなるだろう


 だが構わないと、ライムントは覚悟を決めた。


「ストライク・ダークライガー』


 闇色の炎の毛皮に覆われた右拳で氷の巨人の戦鎚を砕き、左の拳打で氷の巨躯を粉砕した。


「バカな!! 我が天顕魔法が破られただと!?」


 ライムントの影に刺さっていた小太刀が、闇色の炎に包まれて蒸発した。


「化物め!!」

『カアッ!』


 ライガーとなった口より業火の吐息を吐き出した。

 男と女は吹き飛び転がり、地面に倒れて動かなくなった。


「本当に野蛮な戦い方ね」

『女狐か』


 見渡せば立っているのはライムントとセツナだけになっていた。


るか』

「いいわよ、と言いたいけど」


 セツナが刀の切先をライムントから逸らす。


『なるほど。こいつがこの試験の本番か』


 ライムントも炎で生み出した大剣を構え、セツナと同じ方を向く。


 何も無かったはずの場所に一人の青年が佇んでいた。

 「深紅こきくれないの剣魔」と、セツナが呟いたのが聞こえた。

 

「お見事。さて、僕がこの試験最後の関門だ」


 青年が腰から剣を抜いた瞬間、絶大な闘気が嵐のように吹き荒れた。

 立ち昇る竜の如き魔力はまさに、濃く深い赤色の光を放っている。


「全力で来なさい。大丈夫。死なないように加減はするから」


『はっ』

「ふっ」


―― 舐めるな!!


 セツナの神速の突きが白い剣に流される。

 しかしセツナは刀と剣が触れる場所を支点として使い、刀身を棒高跳びのポールのように駆使して自身の体を飛ばし、青年の頭上を取った。


「【水牙連弾】」


 膨大な魔力を瞬時に練り上げて作られた音速の水弾の弾幕が青年の姿を隠した。

 しかし立ち込める土煙と水煙の向こうに、いささかも減じる事の無い、青年の闘気と気配が在る。


 深紅こきくれないの剣魔の伝説をライムントは知っていた。

 その武勇、その最強を師が教えてくれた。


 ならば通じる技は唯一つ。


 自分自身の最強しかない。


『即身雷雲流奥義』


 ホーフヒト王国が接する辺境の大森林、禁忌の魔境たる『風見の森』に住む古老より授けられたライムント最強の技。


 ライムントが掲げる炎の大剣の剣身が、まるで塔のような大きさに変わる。

 大きさだけではない。

 闇色の炎の刃に秘められた破壊力は、準戦略級に匹敵する。


『竜号覇!!』


 振り下ろした大剣が爆炎の嵐を吐き出した。

 轟音が響き大地が揺れ一面を炎熱の風が吹き荒れる。


 ライムントの横にセツナが着地した。


「やれたかしら?」

『どうだろうな……」


 ライムントのライガーの姿が解けた。


「もし延長戦なら今度は俺が前衛をやる」

「あら、私に奥の手を使えと?」


「俺は出し惜しみしなかったろうが。ま、倒せりゃ何だっていい。ただし無様はしてくれるなよ」

「誰に言っている。私が誤るものか」


 雷轟が響き闇色の炎が消えた。

 破壊し尽くされた景色の中に無傷の青年がたたずんでいた。


「【剛烈剣 ライムント】、【霜封しんふう セツナ・イワミ】、見事でした。最終試験官としてお二人のA級合格を認めます」


 青年の拍手だけが響く。


「お二人の実力はA級開拓者に相応しいものでした。特に最後に見せてくれた咄嗟の連携は良かったです。倒すべき試験官を誤らず、全力を出す機を誤らず、適切に余力も残していらっしゃいます。さあ後はと、おや?」


 ライムントは大剣を構え、刀を鞘に納めたセツナも自身の魔力を高め続けている。


「第二ラウンドだぜ深紅こきくれないの剣魔。俺にも戦士の意地があってな。せめて傷の一つは付けさせて貰うぜ」

「私もこの蛮人と同じ」


「良いでしょう。折角の舞台です。ここからは試験抜きで楽しみましょうか」

 

 青年が鞘に納めていた剣を抜いた。


「起きなさい救世の主メサイヤ


* * *

~ ? ~


 薄い闇に包まれた広間の中に仮面を付けた者達が立ち、美酒で喉を潤しながら、スポットライトの照らす壇上へと熱い視線を向けていた。


 闇の奥から鎖を引かれ、一人の少女が歩み出て来る。

 華麗なドレスで身を包み、首輪を付け手枷を嵌められた、白い肌の美しい貴人。



「一〇万八〇〇〇」

「一〇万八五〇〇」


「三〇万七〇〇〇!」


「三〇万七〇〇〇が出ました! 他にはいらっしゃいませんか?」


 カンカンと、壇上に立つ男が木槌を叩いた。


「おめでとうございます! ファルキ王国最後の姫は『美人形の騎士』様が落札されました!」


「ぶおおおおおおおおお!!」


 太った中年の男が雄叫びを上げ、周囲がパチパチと拍手を響かせる。


「続きまして」


 次々と現れる商品と、どす黒い欲望の雄叫びを上げる仮面を付けた男女達。


 それを詰まらなそうに眺めながら広間の片隅で壁を背にし、彼は静かにグラスを傾けた。


「ああ、ここにいらっしゃったのですか!!」


 彼へと飛び付くように寄って来た一組の夫婦が跪き、深く深く頭を下げた。

 夫も妻も仮面をしておらず、その剥き出しの顔を必死に歪め、彼への媚びを形にしていた。


「この度は機会を与えて頂き本当にありがとうございました! 御陰様で私の商会も持ち直す事が出来ます!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「礼には及びません。しかしこれからは身の丈に合った商売をする事です。事ある毎に僕の慈悲に縋るようでは困ります」

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


「まあ僕も楽しませて貰うので、そう謝って頂かなくても結構です」


 舞台に新しい商品が姿を現した。

 しかし広間には困惑の声が上がる。


 今回の出品は全て『生モノ』であると知らされていたからだ。

 仮面を付けた参加者達が手元のカタログを捲り、出品されるはずだった少女の名前を確認する。


 この町で、いやこの国で今評判の最も美しい少女。

 時に広告として出る写真の姿に、心を奪われた者は数多い。


 だからこそ、彼らはこの日まで熱を溜め込んでいたのだ。


「どういう事だ!」

「私はこれを楽しみにしていたんだぞ!!」


 怒声が入り乱れ、近くのテーブルを蹴り倒し暴れる者まで出始めた。


 カン! カン! カン!


「お静かに! これより説明を始めます!」


 壇上の男へ視線が集まった。


「まず皆様に誤解を与えた事をお詫び申し上げます。まず、この人形はサンプルでございます」


 幾人かが「そういう事か」と頷いた。


「商品はここにはありません。彼女は何も知る事無く、穏やかに! 平和に! 日常を過ごしています」


 もう騒ぎ立てる者はいない。

 目を血走らせ、始まりを待っている。


「ここでお客様に買って頂くのは権利です! 彼女をお客様の手の中に収める権利です! お客様の手で彼女の日常を消し、お客様の色に染め上げる! この時にしか味わえない慟哭を! どうか楽しんで頂きたい! それも含めて、この商品なのです」


 パチパチパチパチパチ!


「ありがとうございます。それでは始めましょう!」


「三〇万九〇〇〇!」

「三〇万二〇〇〇!」

「三〇万六〇〇〇!」


「四〇万五〇〇〇」

「三〇万二〇〇〇」

「六〇万!!」


 天井知らずに値段が上がっていく。

 

「六〇〇〇万」


 場が静まり返った。

 誰も声を上げず、少しの間を置いて、木槌の音が鳴り響いた。


 彼が壇上へと上がり、スポットライトの熱の中で人形の前髪を掴んだ。宙吊りとなり、力無く露わとなった顔を覗き込む。


 朽葉色の宝石の中で、眩い光に濁ったかおが笑っていた。


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