朝の時間
初等学校の鐘が鳴る。
運動着に着替えて、教室の皆と一緒に外へと向かう。
途中で一つ上の五年生達と合流し、学校の端に作られた訓練場の中に入って行った。
「それじゃ魔導戦闘の授業を始める。呼ばれた者は魔導鎧を着て前に出るように」
錬金糸で編まれた、ジャンパーのような布の鎧を着る。
「ペーター君、ズイット君、前へ」
「はい」
「はいよ」
訓練用の魔導剣を手にし、
お互いに水球を放ち、躱し合いながら魔導剣で斬り結ぶ。
ズイットの水球がペーターの右肩を掠った。
「もらった!」
態勢の崩れたペーターへと、ズイットが魔導剣を振り被った。
(勝負ありか)
ズドンと、重く低い音が鳴った。
右足を軸にしたペーターの左回し蹴りがズイットの右脇腹を打ったのだ。
地面に転がったズイットの目の前に、ペーターが魔導剣の先を突き付けた。
「そこまで! 勝者ペーター君!」
ティム先生の声が響き、ペーターが魔導剣を鞘に納めた。
「お疲れ」
「ありがと。次はヨハンとクルカスの番だね」
立ち上がった俺の隣にペーターが腰を下ろした。
「気を付けなよ。昨日は剣術部が当番だった」
「分かってる」
魔導剣は『魔力無し』の俺でも使う事が出来る。
起動時に少しだけ俺の生体魔力を取られるが、運転方式を調整すれば、後は剣が吸入する自然魔力だけで機能する。
「次。クルカス君、ヨハン君」
「はい」
「……ああ」
「よう魔法無し。俺の相手とは運が悪かったな」
「そうだな」
「俺さ、騎士学校に受かったんだぜ。北区の名門カンシュペアート学院だ。いやあ、努力の結果ってやつだなククク。幾ら才能があっても努力をしなければ結果は出ない。本当に努力ってのは大切だ」
黒い眼が俺を見下ろし、
「だが努力すら無駄な魔法無しが目の前にいるんだよなぁ。そんな無能が何故かエリゼの隣にいるだよなぁ?」
俺の幼馴染のエリゼはとても綺麗な少女だった。
少なくとも俺はエリゼよりも綺麗な人を見た事が無かった。
時に町の中で見る、或いは新聞に載る、『美しい』と言われるどんな女よりもエリゼの方が美しかった。
10という年齢で、幼さの残る容姿で、しかし誰よりも完璧だった。
だからクルカスのような奴はとても多かった。
「間違いは正さなきゃならない。だよなぁヨハン?」
「威勢は良いけどさ、お前程度の剣で俺をどうこうする事が出来るのか?」
潮の匂いが鼻を突く。
クルカスの持つ魔導剣の火錬玉から、赤い洸が血のように滲み出る。
「二人とも準備はいいな。では始め!」
「うおおおお! 死ねヨハン!!」
クルカスが雄叫びを上げて魔導剣を振るう。
剣身に緩衝用の魔力膜があるとはいえ、当たれば魔導鎧ごと斬られてしまいそうだ。
しかし当たらなければ意味は無い。
眼ではっきりと追えているし、おまけに俺は自分の死の在り処を潮の匂いとして知覚出来る。
「だああああ!!」
咆哮と共に突き出された切先を避け、がら空きとなったクルカスの背中を俺の魔導剣で叩いた。
「それまで! 勝者ヨハン君!」
地面に転がったクルカスを見ながら、魔導機構をオフにした魔導剣を鞘に納めた。
「馬鹿だよな、剣だけでヨハンと勝負するなんてさ」
「魔法使えば勝てたろうに。カンシュペアート学院合格って、よっぽど運が良かったんじゃねえの?」
「期待してたのに負けてんじゃねえよ脳筋」
「黙れえええええええええええええ!!」
同級生達の嘲笑が止まった。
絶叫と共に立ち上がったクルカスが右手に持つ魔導剣の剣身に、赤い魔力刃が形成されていく。
なるほど、潮の匂いが強い訳だ。
「クルカス君何を考えているんだ! すぐに魔力刃を消しなさい!」
「五月蠅せえ! 先公は黙ってろ!」
魔導杖を向けるティム先生にクルカスが吠える。
「今度は遊びじゃねえ、遊びじゃねえぞヨハン。本気でテメエをぶっ潰してやる」
魔導剣を抜いて鍔元の魔導機構を確認する。
風錬玉は淡く緑に輝くだけで、魔力刃を形成しない。
つまり、正常に安全装置が動いている。
「細工は錬玉核の方か」
クルカスの顔が醜い笑みに歪む。
「さあ行くぜ」
「よしなさいっ、うわ!?」
ティム先生を弾き飛ばしクルカスが迫る。
「虚空を流れる力よ」
刃の風切り音と共に、クルカスの雷撃魔法の詠唱が耳に入る。
嫌らしい選択だ。
剣と同時に、何時放たれるとも分からない雷速の魔法に対処しなければならない。
「合わさり震え 槌と成れ」
後は魔法名のトリガーだけでクルカスの魔法は発動する。
潮の匂いで起こりを知覚出来ても、人の動きは雷より遅いのだ。
「ちっ」
焦りで動きをミスった。
右下から振り上げられた一撃を、剣身で受け流してしまった。
溶断された俺の魔導剣の半分が宙を舞う。
「【
雷撃に向けて左手の魔導剣を投げた。
飛び散る火花と紫電。
その影からクルカスが迫る。
「屈辱の礼だ魔法無し!」
無手になったが、間に合った。
俺の後ろには親友がいる。
「ヨハン!!」
ペーターの声と一緒に飛んで来た剣の柄を取った。
「死ねヨハン――――!!」
「テメエがな!」
振り下ろされたクルカスの魔導剣の鍔元を打った。
「何だと!?」
「
クルカスの魔導剣が宙を舞う。
がら空きとなったクルカスの鳩尾へ、柄頭と共に残りの魔力を全部叩き込んだ。
「あ、が」
クルカスが倒れる。
白目を剥いており、もう暴れる事は無さそうだった。
「助かったぜ親友」
「どういたしまして」
隣に来ていたペーターと右拳を打ち合わせた。
そして放課後、学校からの帰り道で。
俺はクルカスとその仲間達に襲われた。
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