第4話 心の声が聞こえるヘッドフォン
隣の席の青木くん。人と話すのが苦手なのか、周りのクラスメイトからいつも悪口を言われている。
去年も同じクラスだった彼は、おとなしいなりに楽しそうに学校へ通っていたのに、今はとても辛そうでいつも下ばかり見ている。そんな彼が過去の自分と重なって見えた。あの時の自分に。
それからはいつもよりも積極的に話しかけるようにした。
どんな時でも挨拶は欠かさなかった。
「なんで?なんで…話しかけるの?僕なんかに。迷惑だから…」
話しかけるようになってからしばらく経ったある日。
ぽつりと漏らされた言葉。
彼がいじめられるようになってから初めて彼から放たれた言葉。
思いもよらなかった言葉。
そっかと返して泣かないように笑うので精一杯だった。
部活をしても家に帰ってベッドに入っても、気分は上がらない。頭の中にぐるぐると思い浮かぶのは今日の彼の言葉。あの言葉が本心だなんて信じたくない。
誰かに呼ばれたような気がして顔をあげる。
部屋には誰もいない。
自分の部屋の机の上にかけてあったヘッドフォンが目に入った。去年つけていたヘッドフォン。少し特別なヘッドフォン。久しぶりに手に取ると、去年のことをいろいろ思い出す。自分が信じられなくて傷つけたテニス部のみんなのこと。それでも諦めずに話を聞いてくれて受け入れてくれたみんなのこと。
明日。明日はこのヘッドフォンと一緒なら。
学校へ行くまで、ヘッドフォンをつけて歩く。音楽を聴くわけじゃない。聴こうと思えば音楽だって聴けるけど、私が聴きたいのはそれじゃない。
私が聴きたいのは、彼の声。
彼の心の声。
坂道を登っていると、チャラめのクラスメイト越しに青木くんが見えた。
チャンスだ、そう思った。
ヘッドフォンをつけた。でも、雑音が多すぎて彼の声が聞こえなかった。
教室の前に着くと人は減った。音も聞きやすくなった。
彼の心は泣いていた。通学路ではかき消されてしまった微かな泣き声と消えそうな助けてという言葉。それだけが聞こえてきた。
「おはよ、青木くん」
私を助けてくれたみんなみたいに。
暗闇から引っ張り出してくれたみんなみたいに。
何があっても味方でいてくれたみんなみたいに。
私がみんなに彼をいじめないでと言ったっていじめはなくならない。なくすことができない。私1人の言葉で何人、己の行いを恥じてくれるだろう。どれだけの人が私の私たちの味方になってくれるだろう。
私1人の力じゃ何もできない。それでも、彼の味方で居続けたい。
声をかけるとうつむいていた彼は私の方を見た。でも、昨日のことを思い出したのか、視線はふいとそらされてしまった。
「あおいー、こっち来てー」
なんと声をかけようか考えていると友達に呼ばれる。
「はーい、どしたの?」
小走りで、彼女たちの方へ向かう。
「あおいさぁ、青木くんに話しかけるのやめなよ。同じ『あお』繋がりで親近感あるのかもしれないけどさ、話しかけても返事かえってこないじゃん。意味ないって。それに、このままあおいが話しかけてれば、あおいもいじめられるようになるよ?いいの?」
「あお繋がり?考えたこともなかった。でもさ、もうみんなで悪口言うとか、みんなで無視するとかやめようよ。そっちの方が意味ないって。青木くんがなんかやった?なんもやってないじゃん」
「でもね、アイツらが話しかけんなって言ってたんだよ」
「アイツらがそう言ったからって何さ。そうやって言いなりになってていいの?自分の意思はないの?アイツらは、人をおとしめることでしか優越感を感じられない可哀想なやつなの。自分たちが弱いことを認めたくないだけ。私はあいつらからいじめられたとしても、青木くんに話しかけ続けるよ。どんな時にでも味方がいるってこと知ってほしいし、私が後悔したくないから」
「そうだね、ごめん。私の方が間違ってた。いじめられるんじゃないかって思ったら怖かったの。でも、2人が一緒にいてくれるもんね。これから、私も青木くんに話しかけてみる」
「私も、ごめん。アイツらの言いなりになってた。何も考えないであいつらに従ってた。もう、しない。私もこれからは青木くんに話しかける」
全員の行動を一度に変えることは難しい。でも、身近な人なら、少しの人数なら私にも変えられる。
青木くんはうつむいたまま顔をあげない。もしかしたら、味方なんていないって思ってるのかもしれない。でも、そんな彼に私は心の中で話しかける。
ねえ、青木くん。知ってる?少なくとも3人は君の味方だよ。
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