第3話 悪口が聞こえなくなるイヤホン

電車に揺られること15分。

少し小高い場所にある僕の通う高校の最寄り駅に着く。駅から歩いて7分。


急なのか急じゃないのかわからない程度の坂道をとぼとぼ登る。


後ろからギャハハーという笑い声が聞こえてきて、慌ててイヤホンをつける。


後ろからドンッとぶつかられて思わずよろける。小さな声で謝るとツバを飛ばしながら怒られ笑われる。イヤホンがあるから何を言っているのかなんてわからない。でも彼らはひとしきりやった後、気が済んだのかまたギャハハという笑い声を響かせながら彼らは学校へ行く。


いつからだろう。僕がクラスの男子から悪口を言われるようになったのは。


いつからだろう。僕に話しかけてくれるのが隣の席の碧彩あおいさんだけになったのは。


いつからだろう。僕がこのイヤホンを手放せなくなったのは。


特別なものは何もない。


勉強が得意だったのは過去のこと。この進学校で勉強ができるなんてみんな一緒。


全てが平均。


ただひとつ、コミュニケーション能力を除けば。


人前で話すのが苦手、目を見て話すのも苦手。クラスでいじられるようになるまで時間は掛からなかった。そして、みんなから無視されるようになったのも。自分が話しかけないから誰も話しかけて来ないんだと思っていた。だから、近くの席の子には挨拶するようにした。でも、虫を見るような目で見られて初めて嫌われてるんだって思えた。


それからの学校生活は地獄だった。


人と話さない学校生活は慣れていた。でも、何をしても悪口が聞こえるようになった。いつからか、これをやったらもっと悪口を言われるんじゃないかと心配になって何もできなくなった。受験のことでたくさん心配をかけた親にはこれ以上心配してほしくなくて相談できなかった。


そして今日も地獄が始まる。


物を盗られるとか、机に悪口を書かれるとかそんなことはされない。ただ、悪口を言われるだけ。


たったそれだけ。


世界にはもっと辛い人がいるんだから、これぐらい耐えなきゃいけないのに。ご飯が食べられない、学校に行けない、そんな子供たちに比べれば自分は幸せなのに。


こんなことで地獄だなんて思う自分がまた嫌になる。


正門が見える。校則がそこまで厳しいわけじゃない。でも、イヤホンをしていると揶揄からかわれて、もしかしたら盗られるんじゃないかという思いが溢れてイヤホンがつけられない。だから、制服のポケットにイヤホンを入れ、それをギュッと握った。


階段を登り教室に入る。扉を開けた瞬間、クラスメイトの視線が突き刺さる。ひそひそみんなが話し出す。


イヤホンをポケット越しにギュッと握る。そして、自分に大丈夫と言い聞かせる。これくらい大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫…。


「おはよ、青木くん」


どれくらい時間が経ったかわからない。突然声をかけられて顔をあげる。


優しい笑みを顔に浮かべた碧彩さんと目が合った。思わずふいとそらしてしまう。

昨日の自分の言葉が頭の中でぐるぐる踊り出す。


「あおいー。こっち来てー」


友達に呼ばれた碧彩さんは笑顔で友達の方へ向かっていく。


遠くから、アイツに話しかけるのやめなよなんて声が聞こえてくる。


また僕はイヤホンを強く強く握りしめた。

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