第2話 人の限界がわかるネックレス

あー最悪。ズキズキと痛む腰に朝からイライラが募る。

張り切りすぎて昨日の部活で腰を怪我した。せっかく勝ち取ったレギュラーの座。誰にも渡したくない。

イライラしながらネックレスをつけた。


教室に入ると机と睨めっこしている瑠璃香がいた。


『人の限界を教えてくれるネックレス』

部活帰りにたまたま寄った小さな店で思わず買ってしまった。

──どんな傷でもなおします。感情がわかる道具も有り〼。

店の前の変色したポスターに目を奪われた。恐る恐る入っていくと目に飛び込んできたネックレス。見た目は磁気ネックレスみたいだけど、そうじゃない。胸元にひとつ小さなガラス玉のような飾りがついている。

色とその濃さによって誰がどう感じているかがわかる。自分がその人にぴったりだと思う色を登録していくことができた。黄色は自分、青は瑠璃香、赤は母親…。


ちらっと自分のネックレスをみる。

色はまだ薄い青。

「ねえ、聞いて。腰やったんだよねー」


今日の瑠璃香は元気かな?去年も今年もこの時期、4から6月はたまに元気をなくしてる。


「え、ガチ?やばいやん。バレー部の大会今週末じゃないっけ?」


あ、今日はダメな日かも。ネックレスの色が少し濃くなる。


「え、そう、だからさあー。またサポーター生活だよ」

「えー、オソロオソロ。うちも今日の体育は膝サポーター」

「部活やってないのに?」


昔部活で何かあったことくらい予想がついてる。話してくれないかな。


「古傷古傷。中3の時のやつが響いてんの。マジだるい」


誤魔化さなくていいのに。


「ヤバすぎ。病院行きなよー」

「やだよ。病院きらーい。めんどくない?あれ。2時間待って診察5分とか。ほぼ夢の国だよ」


「え、それな。まじ病院とか行かなくてもなんでも治る道具欲しいわー。なんかそんなの持ってない?瑠璃香そういうの持ってそうじゃん」


私はあんたを頼りにしてるんだよ。もっと頼ってよ。


「えー、何それ。うちはそこまで高性能じゃありませーん」


「え?ガチかー。ガチでやばいって。せっかくレギュラーなったのにー。あれ?でも、瑠璃香先週の傷もう治ってね?結構ヤバめのすり傷じゃなかった?」


また無理してんじゃないの?


「あ、気づいちゃった?治り早めなんよ。てか、トイレ行こ」

「あ、良いよ良いよー。日焼け止め塗りたかったし」


下手な嘘なんてやめなよ。何でも聞くからさ。


「1時間目から体育とかちょーハードじゃね?疲れるんだが」

「いやいや、しゃーないて。てか、日焼け止めって今日外?」

「外外。もう腰サポーターしたまま外体いやだわー。」


ほら、いつも時間割も宿題も全部把握してるくせにこれだけは覚えてないじゃん。


「そんな麻弓ちゃんに朗報でーす。ジャジャーン。こちら魔法の道具『なんでも治る傷薬Lv.4普通のゴムに見えるブレスレットver.』でーす」


誰がいたって大丈夫だよ。不安な顔してキョロキョロしないでよ。


「えー、何それ。てか持ってんじゃん。なんでさっき言わなかったのさ。さっすがるりえもん。え、欲しい欲しい」


ちょっと口調が強かったかも。


「もう、ごめんごめん。みんなに欲しがられても困るやん。あと1個しかないんだよね。だからそれあげるわ」


謝んないでよ。あげたくないならくれなくてもいいんだよ。


「え、ガチ神やん。え、効果的には?」

「えっとね、レベルは1から4までの4段階。これは1番強いやつ。どんな傷でも治せるって書いてるよ。塗り薬とか絆創膏みたいなのもあるし、タトゥーシールみたいなやつもある。まあ、これが1番学校で目立たなそうじゃん、と思ってこれにした。1週間以内の傷ならすぐ治るってさ。それ以外のに関しては、期間によって変わるって。1ヶ月前までは1週間、1年前なら1ヶ月」


「へー、エグ。え、じゃあつけたらすぐ治るやん。瑠璃香は2ヶ月つければ治るん?」

「そーそー。先月からつけてるからもうすぐサポーターさんともお別れ。夏前に治って良かったわ。サポーターのとこだけ色変わるもん」


本当はもっと前からつけてるんじゃないの。知ってるよ。


「あー、それは嫌やわ。今日は長ズボンなん?てか、これいくら?払うで」

「いらん、いらん。誕プレ誕プレ。去年のあげてなかったし。ズボンかあ。今日の内容次第だなあ。今日なんだっけ?」


いつもいろいろ助けてくれてるんだからこれくらい払うのに。


「テニスだってさ」

「え、テニス?なら長ズボンだな。元テニス部の実力見せてやる!ん、もう日焼け止め塗り終わったん?早ない?あ、日焼け止め塗ってトイレ行ってから行くから先行っといて」


ほら、テニス苦手になったんでしょ。前はあんなに好きだったのに。顔色悪くなってるよ。

でも、こういう時、瑠璃香は1人になりたがる。

「了解。ジャージ準備しとくね」

「ガチ助かる!ありがと」

左手首にゴムをつけると確かに腰の痛みは消えた。


教室に戻ると係がSHRなしの連絡をしていた。

教室で男子は着替えるから急がないといけない。


「瑠璃香!出欠体育でとるからSHRなしでいいってよ!行こ!」

トイレのドアを開けて叫ぶ。


「おっけおっけ。手洗ったら行く」

下手くそな笑みを浮かべて瑠璃香がいう。左の手首が少し赤い。強く手を握っていたんだろう。いい加減話してくれればいいのに。なんでも治るとかいうくせに、心の傷までは治せないらしい。

「瑠璃香もあそこで買ったのかな。てか、どんどん碧くなってんじゃん」


人の限界度を教えてくれるネックレスは、深い深い碧色に染まっている。


ポツンと言った独り言はチャイムの音に消えていった。

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