第6話
翌日は、普通に登校した。いつも通りの時間で、先に来てる生徒は半分くらい。トモキはまだいない。あいつはたいていちょっと遅い。
でも、昨日とはもう気持ちが違う。顔を合わせたくもなかった。見事にわからされてしまったわけだ。憂鬱な顔で席に座る。すぐにそれを心配して、隣の山下くんが話しかけてくる。
「今日もまた何かあったのか。お前ら、忙しすぎない?」
「ああ……あったのはあったようななかったような、まあ人にはちょっと話せるようなことじゃないんだけど」
答えながら彼の目を見ると、いつものようにオレの顔じゃなく、その少し下ばかりを見ている。ハッと気がついた。思わず、オレも目線を下げた。思いっきり下げてみた。そしたら彼のズボンの股間が異常な状態なのに気がついてしまった。このことは後から考えてみたらそれはオレの錯覚だったかもしれなかった。あまりにも過敏になっていたかもしれない。
だがその時はとにかく気持ち悪いというか血の気が引くというか嫌な気持ちになって、思わず立ち上がって外に出た。教室を離れて、新鮮な空気を吸いたかった。するとトモキが歩いて登校してくるのが見えて、とっさに隠れた。特に変わりのない、いつも通りだが、やはりどことなく違って見える。教室に入ったのを確認して、自分もこっそり教室に戻った。あたかも最初からずっといたように。バレバレだったかもしれないが、あっちもあっちでこっちを見ないから、まあ大丈夫だろう。
トモキはポーカーフェイスなんてできる性格じゃないのだが、素知らぬ顔をして彼の友達と楽しそうに話している。オレは身体を小さくして隠れる。しかしうまく隠れられない。げんなりしてきた。
授業が進むがそんなもの耳に入らない。このままじゃ成績が悪くなってしまうかもしれない。でも、それも仕方がないじゃないか、色んなことがあって、それに、体調もあまり良くないのだ、実は。でも頑張ればどうにかなるレベルだからかえってだるい。それに楽しい時には忘れるから、怠けとか言われるのも嫌だ。こんな身体になったから、もちろん異常はあるだろうことはわかる。身体は健康そのものと言われているが、なんだか調子の悪い時がある。それを言って、大変だ!検査だ!なんてことになったら怖いから言わないけど。
でも考えるとすごく不安になってきた。身体の不調が精神状態とも連動しているようでもある。先生からはあらかじめ、体調が悪くなったら保健室に行っても良いと言われている。だから忍者みたいに静かに椅子から離れ、戦場みたいに中腰で一番後ろを進んで教室を出た。もちろんその行動はバレバレだったようなので、みんな見てきてた。トモキも見ててその時やっと目が合った。でもオレの今の気持ち的には、目が合っても嬉しくない。
保健室には女の先生がいて、オレが入ると顔色が悪いので心配してくれた。計ったら微熱があるようだ。太ももに血が少しつたってきてるのを先生に指摘されて、びっくりしてしまった。
「こ、これ、血が……」
「大丈夫、大丈夫。これは当たり前にあることだから」
先生は励ましてくれるが、顔が青ざめ、ふらついて倒れそうになった。処置をしてもらって、しばらく横になっていたら、両親が迎えに来たと知らされた。呼ばなくていいのに、来なくていいのに、と腹が立ったが、来てしまったから仕方ない。
連絡を受けてお父さんも仕事からわざわざ帰ってきたそうだ。そこまでしないでもいいのに。というより、親に迎えに来られるのがはずかしかった。
「さっきはあんなに青ざめてたのに」
その態度に保険医の先生が笑った。今でもちょっと血の気が足りなくなってる。その日はそのままお母さんに言われるままに生理用品もろもろを買って帰った。
ふらふらするのは家に帰ってもそうだったので、やっぱり横になった。とりあえず病気?の原因がわかったのはよかった。日課のネトゲに接続する元気もない。ぐっすり寝てしまった。深夜に一旦目が覚め、置いてあった夜食を食べたらまた眠った。
起きたらもうとっくに学校に行く時間は過ぎていた。お母さんが、今日くらいは休んだ方がいいだろうと起こさなかったそうだ。休みになれて嬉しかった。というか行くなんて気持ちになれなかった。だるいのも事実だし。
そんなわけで、平日の昼間にネトゲに接続した。
サヤ師がいた。
「あ、あら、ユキくん、こんにちは」
彼女は何かこっそりネトゲをやっていたのをはずかしがっているようだ。
「いや、ちょっと練習をね……」
ゲームの腕前は上手でも下手でもないくらいだから、練習するのはいいことだと思う。
「サヤ師さんは大学は今日はお休みなんですか?」
するとサヤ師は暗くなってしまった。
「ごめん、私なんて師なんて呼ばれるような人間じゃないの、サヤでいいわ。私はね、今日、大学を寝過ごしたの。それで開き直ったの。昨日がちょっと夜遅くて……いいえ、それは言い訳ね。私ってやつは……」
「そうなんだ、実はオレも今日は学校休んだんだよ、同じだね」
「ユキくんもなんだね。どうしたの? 風邪でも引いた?」
「実は……」
オレは昨日生理が始まったことを話した。ついでに話が弾んでトモキとのことも話した。
「あいつ、ち……んを膨らませてたんだよ、オレに当たってたんだ。信じられない」
「嫌な気持ちだった?」
「うーん、どうだろう……何より驚いちゃって、それからちょっとこわかった」
「そうね……それはこわかったね……。……だけど、トモキくんも悪気があったわけじゃなかったのかもね……」
「でも! あいつキスもしてきたんだ」
「えっ、それは……擁護できないかも」
「それも二回もだよ、一回目はまだしも、次はオレの手をつかんでむりやり」
「トモキくんの部屋でよね?」
「そうだよ!」
「私、二人のこと知ってるし、すごく大事なことだから、どう答えるのがいいのかすっごく悩んでるの」サヤが真面目に答える。「どっちもどっちって意味じゃないのよ? でも、どちらにも事情があったとも思う……」
「なんで」
「ほんとはトモキくんが悪いのよ? でもふたりが仲悪くなってほしくないから、あのね、やっぱり部屋にいきなり入って、挑発みたいなことしちゃったのは元々良くないことだったとは思う……のよ、ライオンの口に頭を突っ込むという意味でね」
「それでもやっぱりライオンが悪いんじゃないの?」
「でも、ライオンをじゃあ殺しちゃうってなったらかわいそうでしょ?」
「確かに……そうかもしれないけど……でもその牙を折って危なくないようにするのは?」
「牙も生きるのに必要だからね……」
「じゃあ、せめてあいつから謝ってほしい」
「それはそう。なんだけど、なかなか難しかったらユキくんから歩み寄らないとかもね……トモキくんが悪いからこそ、ね、先に許してあげないと」
「なんでだよ!」
「なんでというと……トモキくん、もう戻ってこないかもしれない……だって元々距離を取ろうとしてたみたいだし」
「そんなことないよ、あいつだってオレのこと好きなんだから」
「ああそうね、そうだと思うよ」
「疲れたからオレは一旦寝るよ」
「私、ユキくんのこと絶対応援してるから!」
落ち際だったから、それには返事をしないでゲームを切って寝た。
夢の中で、トモキとのあの時のことが出てきた気がする。それは嬉しいことなのか嫌なことなのか自分でもわからない。フリスタからスマホに連絡が来てて、会いたいそうだ。めんどくさいなとも思う。思ってたのに、なんかもう近くまで来てるとかいうから、困る。すぐにチャイムが鳴ったので、出た。
「調子が悪いって聞いたから、お見舞いに来たよ」
「ユキくん、大丈夫?」
サヤさんまで来てる。なんでだろう。
「フリスタさん、もしかして私のこと言っててくれてなかったの?」
「というよりさっきメッセージ送っただけ」
「oh...」
面倒な話になりそうな前に、オレはとっさに笑ってみせた。
「いいよいいよ、ふたりなら。それに今日は来てくれて嬉しいし」
別に、それは二人をフォローしたとかじゃなく、これで話が難しくなるのが嫌だなと思ったからだった。実際の気持ちとしても、フリスタと二人きりで会うよりは三人の方が気が楽だ。まあフリスタは話しやすい友達ではあるのだが、べったりくっついてくるのがちょっと……普通そこまでしないよなあとは思う。オレがトモキにやってたのもそんなことだったのかな? でも、オレは別にフリスタを襲ったりはしないし。
ともかく玄関から催促されるから部屋に招くとフリスタがすぐしがみついてくる。
「ああ、ずっとこんな感じなのね……」
サヤさんは若干呆れたようにつぶやく。ほのかに止める気を見せてフリスタの服を少し引っ張ったが、とにかく力強さが違う。一応試しにやってみただけという感じで、すぐにサヤは力の解決を諦めた。
「フリスタさん、ユキくんは体調が良くないんだから、迷惑でしょ」
「これは手当てだよ、人間が手を当てることで治りが早くなるって聞いたよ」
「いやこれじゃ手じゃなくて体全体当てだろ」さすがに突っ込んでしまった。「まあ、いいけど。どうせフリスタさんってこういう人だし」
「私はこういう人とは思ってなかったわね……」
胸に顔を埋めた図から、サヤの方を見て言い返す。
「あのね、本来の私はこうじゃないんだから。お姉ちゃんだって、やってみたらわかるよ」
「い、いえ私はいいわ」
サヤは慌てて掌を左右に振った。そして持ってきてた包みを差し出した。
「ケーキ買ってきてるから、二人で食べましょう。1.5個ずつね」
「3人で1個ずつだよ!」
「その状態じゃ食べれないでしょ!」
ようやく落ち着いて三人で話ができるようになった。オレは生理が来たことを言って、女性二人がそうなった時とかの体験談を話してくれた。
どうも嫌なことばかり起きるように感じる。まして、すでに血が流れたのも自分で見てしまったし……。それに、精神的にもかなりしんどくて、イライラしたりとか、なんやかんやとあるらしい。人によるところがすごく大きいらしい。ということは、自分にも何が起きても不思議じゃあない。
ぼくという人間の身体が変わってしまったのはいい。でも、もし心までが身体の影響を受けてしまったら、いったいどうなるのか? どうやったら自分を守ることができるのだろうか? 守るとはそもそもなんだろうか、成長と変化の違いってなんなんだろう。
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