第7話

 女子たちが怖い。あれに混ざると自分が変わってしまう気がする。すでに手遅れかもしれないけど。かといって男子にも混ざれない。トモキには近づけないし、変な目で見られるのも嫌だ。ひとことで言うと学校に居場所がない。でも、休みたくはない……。休んだら、ますます解決から遠ざかる、という気がする、なぜか。実際、例えば転校しても意味はないし、むしろ奇異の目にさらされるだけで、何も好転しないだろうし。こうなる前の生活は何も不満はなかったし、周りの人も本当はみんないいやつなのは知ってる。でも、それってもしかしたら過去に囚われているのかもしれない。まるでクラスメイトの火野さんみたいに、一匹狼みたいになってしまった。

 身体の調子もあまり良くないし、イライラをすごく感じる。机に突っ伏してるか不機嫌そうにしているかだ。突っ伏してると男子がオレを横から見に来るから、その顔を見返すとなんか別の用事があったみたいなふりをして慌てて離れる。あいつらの魂胆はわかっている。横から見ると巨乳がいい感じに見えるからだろう。別に、見たけりゃ見せてやってもいいんだが。

 試しにさり気なくのふりをして身をすくめ、胸を寄せてみると、どよめきが起きたような気がする。なんと単純なことか。でも、これで集まる男子というのはオレが求める人間じゃあないんだ。オレが求めてるのはなんていうか……一緒に遊んで楽しく過ごせる相手だ。街を歩けばいっぱい寄ってくる恋愛とかお呼びじゃないし、そういうの考えなくてもいい相手がほしい。オレが男になんてトキメキを覚えるわけもないことをどうしてわかってくれないのかな?

 体育の時間は、オレは見学しているんだけど、男子たちはなんか活躍するたびにこっちを見てくる。うるさいな、応援してても冷めるだろうが。むしろオレも混ざりたい……でも、身体の調子が悪いし……そもそも男子には混ぜてもらえないんだ。女子に混ざることはできるけど、そんなの嫌だ。結局はどっちにも入れない……どっちにも。


 ネットなら良いはずだ。ネットって年齢も性別も関係なくて、だからいいんだ。と思って夜に入ったが、フリスタもサヤ師も今はいないみたいなのでちょっとさみしい。トモキもネットで会えば少しは話してくれるんだけどなあ。あいつもまあゲームは好きだし……完全に無視じゃあないんだ。

 誰もいないから、ひとりでちょっと野良対戦をして、それから宿題をやったりご飯を食べた。今日はなぜか誰も入ってこないな。

 さみしい。さみしくてちょっと泣いてしまった。泣きたくもないのに。明日学校に行きたくないな……って思った。でも、みんなもそれぞれ自分のことを頑張っているんだろう。気分がどこまでもどんよりしていくので、動物の動画とかへたくそのやるゲーム実況配信を見てた。いや、へたくそといってもやってる人自身が面白いので、馬鹿みたいに笑った。


 学校に寝過ごしてしまった。母親は調子が悪いなら無理しなくてもと言うのだが、純粋に夜ふかしのせいだった。最初だけ走ったけど、正直この身体で運動するのはまだ慣れてないし、どうも走りづらい。それに汗もかきたくないので、結局もう開き直って歩いた。別に遅刻しても誰にも怒られることはない。特別扱いというものは嬉しいものか悲しいものか、やっぱりこれもさみしいかもしれない。まあ、とにかくそういう感じ。

「あれ、氷室じゃん」

 急に声がかけられてびっくりした。誰かと思えば、誰だっけ、ああクラスメイトの火野さんだった。この子にはほのかな苦手意識がある。どうも学校に行く気がさらさらないような赤と黒の炎が燃えてるみたいな派手な服着てるし。でもそれを言ったら、オレも学校に行くように見える格好じゃないが、それは着れる制服が今ないからで、あくまで普通の(どちらかというと男子っぽい)服装。

「じろじろ見てないでさあ、お互いサボりならどこか遊びに行こうよ」

「いやオレはサボりじゃないんだけど……あっちょっと!」

 手を引っ張って連れて行かれる。迷惑なんだけど、何かワクワクするものもあった。学校に行くより楽しいことがあるのかもしれない。


 そう思ったぼくがばかだった。外見もそうだったが行動も不良というか、不良に毒されてるんだこの子は。というわけで不良の溜まり場につれてこられてしまった。なんのことはないコンビニの駐車場なんだけど、不良が集まるからそこを溜まり場と呼ぶようになるのか。

 恐ろしさに身体が震えてきたが、頑張って傍目にわからないレベルに抑えようとする。成功してるだろうか。不良たちは四人いて概ね高校生くらいにも見えるが、ちょっとよくわからない。怖いからたぶん高校生だと思う。男も女もいる。悪いやつほどかえってモテるというのは本当なんだろうか。今のぼくにはどうでもいいことだが。とにかく逃げ出さないといけないのだが、怖い。

「すげー美人だ!」

 何が楽しいのか男が大声を上げる。脈絡もなく。びくっと身体を震わせた。

「私の先輩たちだよ」

 ぼくに火野が紹介するが、なんの先輩なんだよ。

「氷室は、こんな大きいけどまだ中学生なんだ」

「これで?」とみんな驚いた。本当に、身体を切って小さくなりたい。

 嫌々に話の中に入れられたが、住む世界が違いすぎて居づらくて仕方ない。モテるかどうかとか聞かれてもどう答えればいいのか、まだ誰とも付き合ったこともないと答えた。

「でも街で声かけられたりしない?」

「うーん、それは……する……かも」

「適当に選んだりしないの?」

「怖いから……。逃げてます」

「守ってあげるからアドレス交換しようよ」

「やめなさいよ、無理にそんなこと」と女の人が横から止めてくれた。「困ってるみたいよ、あんたもちょっとしつこいし」

 ああなんていい人だ。ぼくの目にはにわかに彼女がきらきらして見える。

 ところが言われた男はムッとなって言い返す。

「邪魔するなよ、お前より美人だから妬んでるんだろ」

 なんかやり取りが喧嘩っぽくなってる。付き合ってるならお似合いなのに、そうじゃないのかな?

「この子はどうせあれよ、サークラってやつだと思うよ、いかにもだし」

 うーん、サークラとは聞いたことがある。確かネトゲのギルドとかにもいて、問題を起こしたりみんなの仲を悪くしてしまう人だ。ぼくがそれだって! まあ、それは今はいい、ぼくが迷惑なら帰らせてほしい、いや、帰るか、ここは勇気の見せ所だ。誰かがぼくを助けてくれたら良いのに。ぼくが本当にとっても美人なら、ヒーローが出てきたっていいじゃないか。この世界にはヒーローなんていないのか。……トモキ! しかしあいつは学校だ。そしてぼくは学校に来られてない。

「ごめんなさい、ぼくちょっと用事があるので、もう行きますね、さようなら」

 話が続いてる中、早口でそう言って角を曲がって見えなくなるところまでは走った。追いかけては来なかった、良かった。心臓がこれだけでバクバクした。


 ぼくはこれから学校に行くべきか、家に帰るべきか。どちらにしても一番まずいのは決められずにうろうろとしてしまうことだ。また声をかけられるのが嫌すぎて気が狂いそう。お金も全然持ってないし……。周りが全員怖く見えてくる。男も女もおまわりさんも。

 結局学校を選んだ。近い方だ。もう見えるくらいだった。早足でずっと歩いてきて、最後はぼくの教室に駆け込んだ。授業中でみんながぼくの方を見てきた。トモキもいた。ぼくはトモキに寄っていって責めるように叫んだ。

「なんで助けに来てくれなかったんだよっ!」

 理不尽なことを言っていた。トモキからしたら何がなんだかだっただろう。


 結局、また保険医さんとお話することになった。先生はカウンセラーでもあるとかなんとか。そこで今日学校に来るまでのことを話したが、火野については触れなかった。単に街でからまれたことにした。別にかばったわけではなく、問題が大きくなるのが嫌だったわけだが、お医者さんには何か気が付かれていたみたいで、ちょっとだけそこを聞かれた。言ってしまっても良かったのかもしれないけど、火野に逆恨みされても嫌だ。逆恨みしてくる子なのかどうかはわからないけど、本人というより周りのやつらが怖かった。学校でまた顔を合わせないといけないし、これが彼女が謹慎とか退学とかになるとさすがにかわいそうとも思う。でも逆になんにもなし、なかったことにされたらどうだろう? 大人に対する不信感が強くなってしまいそうだ。今だって……不信感というより……怖い。

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