第4話
そうしていたらお母さんがドアを開けておやつを持ってきてくれていた。
「楽しそうね。部屋の外まで笑い声が聞こえてたよ」
「あ、お母様、お騒がせしてます」
フリスタは深々と頭を下げた。その豹変ぶりにオレは驚いた。
「あらこれはご丁寧に。うちの子がいつもお世話になってます。最初は男の子かと思ったけど、やっぱり女の子だったのね」
「はい、よく間違われますけど、しょうがないかなと思ってます」
フリスタは基本的に男が好きじゃないらしいので、それが寄って来ないように逆にそういう格好をしている。オレもそれ真似しようかな。ナンパが多いから。
お母さんが部屋を出た後で、そう話した。
「だからユキくんは無理だよ……なんでそんなに諦めずに挑戦しようとするの……?」
フリスタがかわいそうなものを見る目で答えた。大きすぎて目立つから、そういう世を忍ぶみたいなのは無理だそうだ。
「オレも本当はそこまで大きいわけじゃなかったんだよ。まあ中学生だから、順当にいえばもっともっと伸びてたと思うけどね」
「お父さんは背が高いの?」
「平均よりはちょっと高いくらいかな」
今の自分はそれどころかお母さんもお父さんも見下ろすくらいになってるのは極端すぎて複雑な気持ちだ。もう子供じゃなくなっちゃったのかなあとも思うし、こんなの自分の身体じゃないって思うし。
「その身体になったばかりの頃はどんな感じだったの?」
フリスタが今更に部屋をキョロキョロ見渡す。オレが小さかった頃だとちょうどいいサイズの勉強机とか、家具や服などが目に入るだろう。
「そうだなあ……」
ベッドに背を預けながらどう話そうか考える。といっても別にたいした話もない。
「成長痛ってあるでしょ? すっごい足とか痛くなるやつ。あれの全身版みたいなのがあって」
「それは……痛そうだね……」
「うん、ほんとに。でもまあ痛すぎて気絶しちゃったみたいなんだよね。もはやそのことを憶えてすらないんだけど」
「うわあ、ショック死しないでよかったね」
「気絶したのがラッキーだったみたい……。で、まあ、次に目が覚めたら何日も経っててもうこの身体になってた。それだけ。原因不明の、病気というか現象なんだって。病気かすらわからない」
「びっくりした?」
「全然びっくりした。最初は距離感がわからなくて手が届いたり届かなかったりで大変だった。そのつもりないのにお父さんの顔触っちゃったもん」
かといって苦労はそのくらいのもので、こういうこと話して暗くなるのが嫌だったから、わざと笑った。
「まあ、本当、たいしたことはないよ、お母さんもお父さんも、学校のみんなも理解してくれてるし」
「私たちも理解してるよ!」
「ありがとう……嬉しいよ!」ちょっと涙ぐんだけどうまいこと隠した。バレてないといいが。
「あとはトモキのやつがなあ」
「あーね……言うてトモキくんには会ったことないからなあ。またネットで会ったらこちらからもなんとなくうまくいくように話しておこうか?」
「いやいいよ、自分でどうにかやってみるから」
フリスタが家に帰る時間になった。晩ごはん食べていく?とか一応聞いたけど、断られた。
「あれでもお母さんがご飯は用意してくれてるし、帰るの遅くなって送ってもらったりなんてなったら迷惑になるしね」
「そんなこと全然気にしないでいいよ。なんか色々話したけど、オレからしたらフリスタさんの方が心配」
「ありがとう、大丈夫だよ。でもまた今度抱かせてね」
「だめとは言わないけど、だからってさすがに明日とかはやめろよな」
後で夜にネットにつなげるとフリスタも普通にいた。
「今日は楽しかった」
フリスタがそう言うと、サヤ師が「今日も会ってたの?」とびっくりした。
「ただゲームして遊んだだけだよ」
「ユキくんの身体は最高だったわ」
「嘘でしょ! それは……それは良くないよ」
フリスタのたわごとでサヤ師がなんか勘違いしてるので、訂正しておく。
「フリスタさんがずっと身体にしがみついてくるんだよ、ゲームしてる最中にもさあ、邪魔すぎて大変だったよ」
そしたら安心したみたいな絵文字が返ってきた。
「ああ、そういう……ユキくんはまだ中学生だもんね、フリスタさんも」
「何を勘違いしたの?」
「あはは、いや、ほんとにごめん……」
「あったかくて気持ちよかった」
フリスタがまだ余計なことを言ってるから念を押しておく。
「気にしないでください、あの人ずっとおかしいんです」
そんな話をしているとすっかり影の薄くなってるトモキが急に尋ねてきた。
「それってユキとフリスタさんって、正面から抱き合ったりしたの?」
「うん、それもあったけど横からが多かったかな」
普通に答えてしまった。言葉をかわす回数が減りすぎてるから、つい嬉しくなってしまう。
「今度トモキにもやってあげようか?」
「だめえええええええええ」
とんでもない勢いのチャットをサヤ師が発した。
「絶対ダメ!」
続けてフリスタまでも強い勢いで言ってきた。
「なんでだよ、いいだろ別に」
「だめだよ、それは、異性であんまりそういうこと簡単にしちゃ」
サヤ師が大人っぽいところを見せて説き伏せようとするが、オレはそれに納得がいかない。
「いや、異性じゃないし、それにオレは、この人ならいいけどこの人はダメみたいなの好きじゃないよ。だったらフリスタさんなんて初対面だよ、まあネットでの付き合いが長いから違うけど」
「それは……確かにそもそもそこからあんまり良くない気が……」
すると今度はフリスタが必死になって騒いできた。
「いやいや! 私はいいのよ! だってその……女同士じゃん? それに私たち秘密の……秘密の事情があって……でしょ」
「ああ、そういえば……でもそれとこれとは違わない?」
そんなこと言ってたらトモキが「そんなのもういいよ、勝手にやってれば」と言ってネットから消えた。3人だけで話をしすぎてたから、疎外感を感じたのかもしれない。こないだもこうなったから、二回目だ。
サヤ師もフリスタも、やっちまったかなと思ったみたいで、雰囲気が暗くなってあんまり喋らなくなってしまった。ぼくもかなり落ち込んだ。気持ちが落ちて、ゲームしよっかとすら思えなくなったし、もうぼくも落ちることにした。
「わかったよ、おやすみ、ユキくん、また来てね、トモキくんも一緒にね、また遊ぼうね」
不安がったサヤ師がそういうのを尻目に画面を消した。本当にぼくは良くないことをしてしまった。自分が一番嫌いなことをやってしまったんだ。
翌朝はかなり早めに家を出て、トモキの家を訪ねた。トモキのお母さんが出てきてまだ驚かれた。
「ぼくです、ユキです」
「あっ、ユキくんね! ごめんごめん、ちょっと見違えたから……」
「最近よく言われます」
と応えると笑ってくれた。
トモキはまだ寝てる……わけでもなく、朝食を食べていた。オレを見ると複雑そうな顔をした。どっちかというと迷惑寄りの。
「おはよう」
トモキは口の中で答えながら軽くうなづいた。ソファに座って待つと、ちらっとこちらを見てから急いで口を動かし始めた。あっという間に食べ終えて、部屋に戻り、準備して出てきた。
「……おまたせ」
「全然、待ってないよ。じゃあ行こうか」
ふたり揃って彼の家を出て、学校へ歩いた。
「なんで急にうちに来たの?」
「話したいことがあって」
しかし、歩いていると体格差による速さの違いで、少し距離ができてしまう。フリスタと同じくらいの背丈だろう。なのでオレは、しょっちゅう立ち止まってトモキを待った。トモキは冴えない表情でとぼとぼと歩いてくる。こんなことを言っては悪いけど、彼は客観的には見た目イケメンというわけでもない。せいぜい普通、だけどいいやつなのだ。
「えっ……」
何度も差が開くので、めんどくさくなったオレがトモキの手を取ると、驚いたようだった。やっとこっちを見たが、すぐ目線を下げた。
「ねえ、昨日のことだけど……ごめん。一人ぼっちみたいにさせてしまって。気を悪くした? したでしょ?」
「いや、全然そんなことないよ」
「そうだと嬉しい。今日はオレと普通に話をしてくれるの?」
「まあ、別に避けてるわけじゃないし……勘違いしないでほしいんだけど、お前を嫌いになったわけじゃないし」
「ほんとか? あんだけ露骨に避けておいて」
「いや、学校だとちょっと……人の目とかあるし……」
「なんだ照れてるのかこいつぅ」
オレはトモキをぎゅーっと胸に抱きしめて、それから顔に頬ずりした。
「どうしてかわかんないけど、オレ、お前がかわいいように見えてしょうがないんだ」
身体が変わってからのような気がする。小さくてかわいい。
「ばっか野郎! お前! そういうことするんじゃねえって言ってんだよ、しかも外で!」
トモキがオレを振りほどいて、大声出して走って逃げていった。なんだよ、あんな顔を真っ赤にすることもないだろうが。それともやっぱり心の中ではずっと怒っていたんだろうか。
さっき周りにいた人たちはあいつが叫んでた時に一瞬止まってたけど、すぐに歩き去ってもう周りに同じ人はいない。
「だめなことやっちゃったのかなあ……」
取り残されてひとりつぶやいた。フリスタとトモキと全然違う。でも、これやるのは止めろってみんな言ってたっけ。こうなることがわかってたのかな?
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