第3話

 しかし、まさか翌日にもう会おうと言われるとは思わなかった。日曜の晴れた日の午後のことだ。その上、待ち合わせ場所につくとフリスタしかいない。

「サヤさんは?」

「今日は来ないよ」

「えっ、二人きりなんだ?」

「そうだね。ねえ、ユキくんの家に行ってもいい?」

「えっ、ええっ!」

 驚きの声しか出ない。

「なんでオレの家に?」

 フリスタは思い詰めた顔で答える。

「友達の家に行ってみたいの……サヤさんまでいたらまずいけど、私だけならいいでしょう? だめ?」

「だめってことはないけど……家族もいるし……急に女の子が来たら変に見られる」

「ユキくんの自分の部屋があるでしょ? それにそれなら私、男の子のふりをしていくから大丈夫だよ」

「ごまかせるかなあ……」

 まあ、確かに今日も彼女は男っぽい格好をしてるような気がする。男だと行ってしまえばわからないかもしれない。そう考えたらオレたち似たもの同士かもしれない。オレもこの格好なら男みたいに見えると思うし。

「私は中性的だっての! あと、ユキくんは全然男には見えないから。あくまで見た目はね!」

 そうらしい……。


 まあ、いいか、大丈夫だろと気楽に考えてオレの家に来た。お母さんがまた驚いた。と思ったらオレに驚いたわけじゃなかったみたいだ。

「その子男の子なの? お友達? ……彼氏?」というようなことをオレを手招きしてささやいた。

「そんなわけないだろ、何言ってんの!」

 こっちまで驚いてしまった。今日はなんかこんなのばかりだ。ともかく自分の部屋に逃げるように入った。

「確かにお母さんの視点で考えてみたら男の子を連れ込む方が良くないのかもね」

 フリスタがそう言った。オレはちょっと納得いかない……ちょっとじゃない、かなり不服だ。

「それじゃあトモキも呼べなくなるじゃん」

 話してるとすぐにお母さんが飲み物を持ってきてくれて、特に何も言わずに出ていった。


「じゃあフリスタさん、ゲームでもやる?」

 と言ったら、ベッドに腰掛けてたフリスタがこっちこっちと手招きする。座ってというので、隣に座った。

「あのね、お願いがあるの」

「何? あらたまって……」

 また緊張してきた。いったいなんだっていうのか、フリスタの考えが真面目にわからない。オレの悩みに関わることでもないみたいだし。

「…………」

 彼女は口を開けて何か言おうとしたところで固まった。手をこちらに伸ばそうとして、ためらう。シーツをぎゅっと握りしめるその手には強い力がこもっている。オレまで不安でたまらなくなりそうだ。

 彼女は耳元に声を近づけた。

「変な意味じゃなくて……本当に変な意味じゃないから勘違いしないでほしいんだけど、ハグをしてほしいの」

「ハグって?」

「あっ、してほしいというより、とりあえずさせてほしいんだけど」

 ハグってなんだっけ?ってのがまずわからない。ぼんやりしてたらじれてきたらしい。

「ぎゅーってさせてほしいってことよ!」

「ああ、そっか、聞いたことがある。いやでもなんでそんなことするの」

「だめ?」

 フリスタはうるうるした目でこちらを見てくる。困った、困ったけど彼女にはすごく大事なことらしい。

「わけわかんないけど、しょうがないなあ。くすぐったり変なことしないならいいよ」

 そう言ったら押し倒すくらいの勢いでオレの胸に頭を突っ込み背中に両手を回してしがみついてきた。かなり体格差があるから、ちょうどそのくらいの位置になってしまう。


「どうしたらいいのこれ」

 彼女はオレの服越しに深呼吸を繰り返してる。どうしよう、この人は変態なのかもしれない。ずっとくっついてるから、じわっと汗がかいてきて、オレのかフリスタのかわからないような匂いがしてきた。

 それがはずかしいようなむず痒いような単純に嫌なような感じで、また心臓の動きが速くなった。これ、オレだけ心臓の動き聞かれててちょっと……。助けて誰か。っていうか。

「かゆい!」

 意識し始めると脇腹のとこがかゆくてしょうがなくなった。もうどうしようもなく、オレは理性を失って素早くこのでかいカブトムシをはがすと同時に、そこを指でかいた。

「どうしたのよ」

 この期に及んで彼女は不満そうにしている。いいかげんにしろよこいつぅ。

「なんなんだよ、いったいこんなことして何が目的なんだよ、いつまでやればいいの?」

「ずっと」

「ずっとって! 本気か!」

 む~……と駄々っ子のような顔をされたところで、いくらなんでも付き合ってられない。

「他のことしようよ、お願い」

 オレがそう言うと彼女はゲームを色々と漁りだし、これがいいと選んだのは一人用のアクションゲームだった。

「なんでそれ? 一緒にできるやつの方が良くない?」

「これでいいよ、私、ユキくんがやってるの横で見ててもいい?」

「いいけど……」

 まあ、これに関してははっきりいってやり込んでいるので、なんなら見せつけたいくらいの思いはある。

「そんなに見たいっていうならやってあげてもいいよ」


「死んでばっかりじゃん」

 ムカッとなる。いや、お前のせいだからな! というのも、オレの右腕にしがみついてくるからだ。やりづらいし集中できないのだ。

「もう、ちょっと離れてよ」

「いやです」

 恍惚とした表情で離れようとしない。こんな顔してさっきも胸にしがみついてたのか。

「いったい、こんなことの何がいいの?」

 尋ねると、何がいいのか……と悩む顔になった。自分でもわかってないの?

「わかってないわけじゃない……けど、この気持ちをどうまとめたらいいのか……」

「そんなに難しい話?」

 そう聞いたらオレから離れて考え込んでしまった。というよりやっぱり悩んでいるのかな。そんなに悩む理由があるのか不思議だけど。

 オレとしてはゲームがやりやすくなったので、どっちでもいいかと、気にせずプレイを続けた。


「私……」としばらくしてフリスタがぼそぼそと話し始めた。「私、両親が離婚したの」

「えっ、なんだって?」

 ゲーム中というのもあったが、言ってることが突然すぎて理解できなかった。

「小学生だった頃にお父さんがいなくなっちゃった。お母さんも仕事でいつも遅くまで帰ってこなくなっちゃったの」

 さすがに画面を一時停止して、彼女と向き合った。


「あの……それは……大変なんだね、ぼく、なんていってあげたらいいかわからないけど……」

「ありがとう。いいのよ、難しくとらえてくれなくても。だいたいもう何年も前のことだし」

「そっか……それならよかった。でも、つまりどういうこと? ぼくにくっつくのはさみしいからってことなの?」

「誰でもいいってわけじゃないよ」

 ずいぶん力を込めて言ってきた。

「ユキくんのことをひと目見た時からいいなって思ってて……」

「そ、そうなんだ」さすがに照れてしまってますます焦りが出て言葉が出てこないようになった。「あの、お、オレもフリスタのこと……」

「なんだかまるでお父さんとお母さんとが両方一緒にいるみたいなんだもの」

 ん?

「身体がおっきくて胸もおっきくて、中身はユキくんだからすごく落ち着くし、安心するし」

「中身って……それに抱き枕じゃないんだぞ」

「抱き合って一緒に寝てほしい」

「抱き枕じゃないんだぞ……」

「できればユキくんからも抱いてほしい……」

 たくさんの思いがオレの中に渦巻いた。ふざけるなとか、見た目がどう見えてもオレは中学生だとか、今、いやずっと、最初から、一番混乱してるのは自分なんだとかいろいろ。だから

「そんなことを急に押し付けてこられても、わからないよ……」

 そう答えた。


「……ごめん、いきなりすぎたね」何分かの逡巡の後、フリスタは愁傷な態度で謝った。気のせいか襲いかかってこようとしてた瞬間もあった気がするが。「昨日今日会ったばかりなのにこんなの、ユキくんに迷惑かけちゃって、ごめん」

「いやいきなりじゃなくてもちょっと困るけど……でもいいよ、怒ってないし、友達だもんね」

「ありがと」

 よかったよかった。

「じゃ、今度は協力ゲームでもやろうよ、これ簡単だし面白いから」

「私の方がうまかったらハグしてもいい?」

「関係ないじゃん、つかオレの方がうまいから別にいいけど」

「いやユキくん前から思ってたけどゲームあんまり上手じゃないよ」

「なんだと……!」

 オレがどうこうの前にフリスタがめちゃくちゃゲームうまいのは実は知ってた。実際負けてしまったが、楽しかったのでキャッキャしながらおもちゃにされた。恍惚とした顔で。だけど深刻に話すよりこっちの方が良かった。

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