第5話 研究室見学
次の日のお昼の時間。大学でいつも講義を受けたりする仲間たちと研究室をどこにするかという話になった。私の大学では3年生の夏休み前に自分の入りたい研究室を決めて志願書のようなものを提出する必要が有るのだけれど、普通に学生生活を送っていると研究室には縁がないことが多い。そのためこの時期になると研究室見学、説明会などが開かれる。
そこに行って今いる4年生や教授、院生が居れば院生からいろんな話を聞くことが出来る。
「行きたいところはあそこがいいと思うから今度みんなで見に行こうよ。雰囲気も良いらしいし、就職にも強いみたい」
仲間の一人が提案してきた。
本当に明確に強い意志をもって「この研究がしたい!」というものを持ち合わせている大学生は多分、多くない。どっちかというとこの時期は就活と重ね合わせることが多いため「就職に困りたくない」という意志の方が強いと思う。
「就職に強い研究室」というのは事実存在する。教授がそもそも元企業人でそっちの方と繋がりがあるとか。やっている研究内容が企業からの委託であるとか。
「あの研究室に入るとそのまま○○っていう会社に行きやすいらしいよ」
なーんていうのは風の噂で流れてくる。
こういう話はよく聞くのだけれど私として凄く気になったのが「らしい」とか「そうみたい」という言葉の最後に付け加えられる飾り。つまりこれって言うのは何の保証も確証も無いってことなのだと思うのだけれど、果たしてそれで決めていいのか?ということでもある。
とはいいつつもとっかかりが無い以上は語ることも出来ないので私は仲間が行く研究室見学についてくことに「しなかった」のである。
行かなかった理由はいくつかある。もちろん私が周りの大人達から森田研を薦められているということもあるのだけれど私としては「なんかあんまり面白そうじゃないなぁ」というただそれだけだった。
「そんなことをしたら付き合いが悪い奴だなって思われるんじゃない?とりあえず卒業する為に所属する研究室なんだから仲がいい奴で固まって入った方がいいじゃん」
と思う人もいるのかもしれない。けれど私は元々付き合いが悪い奴・・・とは思われていなかったと思うのだけれど、それでも付き合いがいい奴のカテゴリーには入っていなかった。
それは私がそもそも大学の同好会ではなく部活に所属するというあんまりやらないことをやっていたためである。平日の夜とか休日とかは基本的に部活で埋まっているし、夏休みとかの長期休みの時とかも遊びに行くというよりは部活や大会に行くということがメインで待っていることが多く、遊びには誘ってくれはするものの基本的には断るというスタイルが3年間続いているからである。
だから私の認識としては親しい友人というよりかは大学の講義で一緒になるとか、実験が同じ班とかそういう感じでまとまっている仲間という方があっていた。
それとよく言う「じゃあそれって要するに逆張り」でしょ?と思う人もいるかもしれないが別にそんなことはない。もし仮に仲間が「森田研面白そうだかから見に行こうぜ!」と言われたら「私も気になってたんだよね、だから一緒に見に行こう」と返事をしたと思う。
つまりこの時点で見えない糸に引っかかりまくって結局自分は森田研を選ぶということを心のどこかで決めていたことになる。
「マツ、お前森田研見に行くんだろ?俺も行くよ」
そう声をかけてきたのは仲間の一人の本藤(もとふじ)君だった。ちなみにマツというのは私のあだ名である。
「うん。見に行こうと思ってるけど・・・本藤君も行くの?」
「あー・・・うん。少し覗いてみようかなとは思ってた」
授業の合間を見て私と本藤君は森田研究室がある場所へ向かった。本藤君は大学に入って一番最初に知り合いになった人。軽そうな見た目と口調とは裏腹に何かを持っていそうな感じはするのであるが、それでもどこか掴め無さそうなそんな雰囲気を感じていた。
「ここだね」
電気科の研究室は研究棟と言われるところに密集したのだけれどなんというか研究棟というよりかは平屋の建屋。テレビで見たことがあるような町工場。そんな雰囲気のある場所だった。
同じような作りが立ち並ぶ研究棟。しかし私は研究室の配置図を見なくとも〝ここが森田研だ〟とわかってしまった。
表には何かが植わった植木鉢が数多く置かれており、他の研究室とは違った風景を映し出していることと、出入りする人が皆共通の作業服を着ていたからである。
背中に入っている文字は「森田重工(株)」
この森田研の作業服。学内では結構有名で私も何度も目にしたことが有った。ただ、有名なだけであってそれ以上の深いことはわからない。着ているのが森田研の人であるということだけだし、人によっては「なんかの会社?」と思うだろうし。
森田研の前に来るとちょうど中から人が出てきて声をかけてきた。
「3年生?見学でしょ?いいよ、入りなよ」
案内されるがままに研究室内部へと案内された。まず最初に現れたのは下駄箱。てっきり土足なのかと思ったくらいには古い建物だったのでびっくりした。
「そこの下駄箱に入ってる内履きのスリッパ、適当にとって履いてきてよ」
どうみても誰かのであろうスリッパ・・・というよりサンダルを借りて私と本藤君は中に入った。
中を見た感想として正しい表現なのかは分からないが森田研究室の中は「混雑」していた。単純に汚い、とか方付けられてないとかそういう表現ではなく「混雑」。いろんなものが色んな感じで置かれていた。
実験器具のテーブル、そしておそらくそれぞれの持ち物だと思われるPCが所々に点在していた。メインの部屋と思われる場所には大きなホワイトボードがあり、何か読めない字で書きなぐった跡があった。
4年生は色々と実験の話をしてくれたのだけれど正直この時点でわかるわけもない。研究というのはそれ自体がシンプルな物もあるけれど大抵の場合、相当入り組んだ理論の先に存在してそれを検証したり証明したりするもの。
だから実験の話は適当に流して聞いていた。「そうなんですね」とか言いながら。
そして話は森田研での「生活」に切り替わっていった。
「色彩を知らない私は森田研究室に出会った」 松下一成 @KZRR
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