第4話 外からの森田研
人生の分岐点は何歳ですか?と言われたとき、私は間違いなくこの瞬間を思い浮かべるのだけれど、これは振り返った結果そうだったということなのでこの時は「え?どうしよう」という気持ちでいっぱいだった。
大学に行くために地方から関東へやって来て、そして卒業する為に所属する研究室を決めるというただそれだけのありふれた選択が大きな分岐点となるとは思わなかった。
一般的に大学を卒業するためには一定数の単位を取得する必要が有る。単位というのを簡単に説明すると「あなたは講義をきちんと受けました!それを証明します、はい単位あげます」という感じ。
だから雑に言えば大学を卒業するためには卒業に必要な単位を4年かけて集めていくということになるのかもしれない。
そしてその単位の中にも色々と種類があって、特に重要なのが「必修単位」というやつ。これは例えどんなに単位を集めたとしてもその中に「必修単位」つまり卒業する為、絶対に取らなければならないと定められている物である。
で、その中でもっとも大変だと言われているのが4年時に取ることになる卒業研究、卒業課題と呼ばれる単位である。よく聞く「卒論・卒研」と言われるやつ。
私は工学部の電気電子工学科に通っているためやるのは「卒研」となり、それを学内あるいは学外で発表をして認められることで単位が認定されて卒業となる。
そして卒論を書く為に必要な研究や課題を行うのは個人ではなく、大学の教授が開いている研究室に所属する必要が有る。
簡単に言えば大学4年生になったら大学の教授が開いている研究室に所属し、そこで1年間くらい何かの研究をして、その研究に基づいた論文なり課題を発表する。
そうしないと大学を卒業することは出来ない。
そこで重要なのがキチンと研究室を選ぶということ。当然研究室には定員数があり、オーバーした場合は大抵の場合成績順に選ばれることになる。一種の就職活動にも似たものを感じる。
私もその時期が来るまでは研究室の事なんか考えなかった。多分多くの人たちがとるであろう選択は仲の良い友達と一緒に入るとか、厳しくない楽な研究室に入るとかそんな感じ。例にもれなく私の周りの人たちもそんな雰囲気で特にみんなが重要視していたのが
「研究室が楽かどうか」
である。
事実、この時期というのは就職活動も始まるのもあるし、大学生最後の年になり、大抵の場合は授業もそこまで出なくてもいい。だからバイトに遊びに・・・と色々楽しめる時期でもある。聞いた話によれば研究室によってはバイト禁止とかもあるらしい。
だから卒業さえできれば何でもよく、正直、出席義務が無さそうな楽な研究室に所属し、1週間のうちに2日くらい学校に行って、残りは自分の好きなことをやりたいと考える人の方が多い。
私だって辛くて苦しくて、拘束時間が長いよりは簡単で短い方がいいし、制約も無い方がいい。だからみんなが思うこともわかるし、そういう選択を取るのも理解できる。
「おまえは、森田研に行くべきだ」
これ、実は研究室選びなんかまったく知らない大学1年生の後半くらいに言われたこと。しかも言われたのは部活の顧問、そして体育学の先生。そして部活のOBの人だった。
「きっと、森田研に行くよ」
何だそれは。決まってるの?その話、まだ早いんじゃない?とその時は思っていた。そりゃそうだ。研究室を意識するのは早くとも3年の後半くらいから。それが前倒しで言われても全く何も感じないのが普通。
けど、そう言われてから過ごしていくうちにだんだんと自分が見えない糸に引っかかっていくのを感じた。学内を何気なく歩くだけでその見えない糸は自分の体にくっつき、全く意識しないうちに徐々に引き寄せられていく。
気が付くとそろそろ研究室をどこにするのかうっすら考えなければならない3年生の前期がやってきた。そしてまるで申し合わせたかのように部活の休憩時間、先輩から不意に質問が来る。
「おまえ、研究室はどこにするんだ?」
「あー、まだ決めて無いです」
「森田研には行かない方がいい。だってあそこの研究室、深夜でも電気ついてるよ」
特に何も聞いていないのに問答無用でこの言葉が出てきた。
「そうなんですか・・・森田研は大変なんですか?」
「深夜2時に電気が付いてて中に人が居て動いてる。しかも平日、休日関係なく」
「ゼミだって長い」
「ゼミ」というのを簡単に説明すると、研究室で行うことはもちろん「何かの研究」である。そしてそれには実験とか検証とか考察なんかが付き物で、それがキチンと上手く行っているかどうかをその研究室の教授に報告したり、指示を受けたりする必要があるため、隔週もしくは毎週ゼミと呼ばれる報告会のようなものが開かれる。
要は研究について教授と話し合う会議のようなもの。
先輩曰く、森田研のゼミは毎週。それも2回。おまけに日を跨ぐことも珍しくないらしい。
「要するに大変ってことか」
部活が終わり夕飯を買うためにスーパーに立ち寄り、半額の総菜を眺めながらそう思った。アパートに帰り、部屋の電気を付けた。
無洗米のお米を2合、炊飯器に入れて冷蔵庫に入っていたペットボトルの水を注ぎこみ、炊飯のスイッチを押す。次に鍋に水を入れてコンロにかけて沸騰させると火を止めて、さっき総菜と合わせて買ってきたレトルトカレーのパックを放り込んだ。
ご飯が炊けるまでは約30分ある。この隙にシャワーを浴びる。いつものルーティーン一人暮らし。手慣れたものである。
「・・・大変な研究室に入るとこの生活も出来なくなるのか?」
別にそれはいい。と思ってはいた。確かに4年生になればこの生活から部活動という物が引き算される。もちろん研究室活動という物が足し算されるのだけれど、結果として研究室の活動が部活よりも短ければ今よりも楽になる。
「楽になればその分遊べるし、バイトも出来るかも」
とかなんとか色んなことを考えたのだけれど、自分の中で一つ、気に食わないことが有った。
「・・・先輩の言う通りにするの、すごく嫌だな」
そう感じながら夕飯に手を付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます