第21話 さらさら砂塵

「おい………」


 夜明けに、目のさめたバーンズ総大将が戦場を眺めて嫌気がさす。

 ブドウ酒の原料が育っていた高原の大地は、そのほとんどが断ち斬られ、踏み固められた畑は、かつての豊穣さを微塵みじんも感じられない有り様だ。


「おはようございますバーンズ総大将」


 ザンシュガル側の総大将に、あいさつする兵士。


「夜中に物資の補給がないと言っていたが、その後補給はあったか?」


 3日に1回は、物資が届くことになっているのだが、届かない理由を知らないバーンズ総大将。

 昨日から、すでに食料は底をついている。


「いえ、ありません」


 残念そうに、首を振る兵士。


「補給路の確認に行かせた兵士は、どうなったんだ?」


 チッコ・リッタに確認に行かせた兵士も、酒樽に入ったナタルシ国の女王の捜索に、かり出された。


「………まだ、連絡は来ていません!」


 どうして戻って来ないのか、全くわからない兵士。


「どうしたんだ………食料が空だぞ」


 簡易的な、食料庫を指差すバーンズ総大将。


「もう1度、兵を行かせましょう」


 また、兵士を派遣すると言うのだが、


「いや、あちらが手薄な今のうちに攻め落とす方が先決か………うーん」


 ナタルシの騎馬隊の数が、少し減った変化を見逃さないバーンズ総大将。


「このまま攻めて、ナタルシ側の食料を奪うってのがイイかもしれませんね」


 そう、兵士が進言すると、


「うむ、そうするか。そのうち、こちらの補給が来るだろう」


その頃


「もう夜が明けたぞ! 急げ!」


 馬に乗り、騎馬隊を率いて駆け抜けるランビル国王。


「ハッ!」


 薄暗い森の中の街道を、疾走する騎兵隊。


「あと少しで着くぞ!」


 峠を越えれば、高原まであと少しだ。


「ハッキンサワーから、連絡は来たか?」


 ナタルシの総大将が、ハッキンサワーからの連絡を待っている。


「いえ、まだです」


 兵士が、首を横に振る。


「王都で、なにが起きているのか、連絡する話であったが………」


 総大将が、腕組みする。


「また、ドラゴンが暴れて全滅とかないですよね?」


 歩兵団長が、総大将に耳打ちする。


「うーん。そうなったら無理やりにでも和睦わぼくして、建て直ししなければ」


 お互いが領有権を主張している高原のみならず、王都まで一気に攻められては、たまらない。


「ほっ、報告します!」


 馬から、飛び降りた兵士が伏して言う。


「どうした!?」


 ただならぬ空気に、緊張がはしる総大将と歩兵団長。


「ハッキンサワーから、王が生きていたと連絡するように───」


 ハッキンサワーは、国王が生きていたことを、戦場にいち早く伝える為に先に伝令兵を向かわせた。


「なっ、なにを言っておるのだ?」


 総大将と、歩兵団長が顔を見合せる。


「ですから、若き王が死んではいなかったのです」


 手振りしながら、必死に言う兵士。


「どういうことだ? わかるか?」


 3年前に死んでいたはずなのに、生きているのが理解出来ない総大将。

 歩兵団長の顔を見る。


「あの遺体が、替え玉だったということでしょうね」


 そう、理解する歩兵団長。


「しかし、そんなことがあり得るのか?」


 にわかに、信じられない総大将。


「あるんだな、それが」


 陣の、入り口にシルエットが映る。


「「ハッキンサワー!」」


 ハッキンサワーの姿を見て、声をそろえる総大将と歩兵団長。


「ここにおるぞ」


 にぎにぎしく、登場する国王。


「ランビル国王!」


 目玉が、飛び出しそうになるほど驚く総大将と歩兵団長。


「おお、生きておられたか」


 歩兵団長が、ランビル国王に頭を下げる。


「おーい、みんな! 国王が復帰されたぞ!」


 総大将が、陣を出て兵士たちに宣言する。


「えっ!? 本当だ!」


 弱々しく、うなだれていた兵士が、見上げる。


「ワーーーッ」


 わけもわからず、よろこぶ兵士たち。


「しかし、どうなって?」


 歩兵団長が、詳細を聞こうとするが、


「細かい説明は後にしてくれ。それよりシーキンは、こっちに来てないか?」


 裏切り者のシーキンの行方を聞くランビル国王。


「シーキンなら、夜明け前にフラッとあらわれて、まだその辺にいると思いますが………」


 こちらの兵士を、束ねて王都に攻めようとしたもくろみを、総大将が見抜いて未然に阻止することが出来た。


「発見しだい捕らえろ」


 ランビル国王が、指示する。


「はいッ!」


 兵士たちが、歩き回り捜索する。


「戦況は、どうなっておる?」


 奥の席に座り、テーブルの上の地形図を見るランビル国王。


「はッ! 現在、昼夜を問わない猛攻にあって、歩兵は半分の5千にまで減って、リザードマン部隊は、ほぼ壊滅状態にあり───」


 総大将が、状況を説明していると、


「なに? あのリザードマン部隊が壊滅?」


 バドムーンが、目を丸くする。


「はい。昼夜問わず出撃させていたら、逃げ出す者もかなり出てしまい………」


 夜中は、リザードマン部隊の方が有利なので、敵の攻撃を防ぐ為に仕方ない布陣だったのだが、


「そうか」


 少し、ガッカリした表情を見せたランビル国王。


「はい。もし今夜も夜襲をされると、この陣が危ういかと」


 戦況が、よくないと言う総大将。


「わたくしは、ザンシュガルと和平交渉しようと思っています」


 突然、戦争をやめると言うランビル国王。


「おお! それは、ありがたいのですがそのメドはたちそうですか?」


 ここまで、大量の血が流れて、お互いに引くに引けない現状を、どう打開するのか興味深い総大将。


「今から、あちらに特使を派遣する。その返答次第だな」


 ランビル国王も、どう転ぶかはわからない。


「はい、わかりました!」


 難しい顔をする総大将。


「………和平だと? このままではイカンな」


 陣の裏側で、聞き耳を立てていたシーキンが、あわてて茂みへと姿を隠す。


「しかし、シーキンの野郎どこへ逃げたのだろう」


 そのすぐ近くを、兵士たちが捜索する。


「ヤバい、見つかるわけにはいかない」


 茂みの中で、息を殺すシーキン。


「いたか?」


 すぐ隣で、兵士たちが会話している。


「いや、さっきまでいたんだが」


 その時、茂みが音をたてる。


「誰だ! 誰かいるのか!?」


「に、にゃ~お」


「なんだネコか」


「行こう。あっちを探そう」


 兵士たちは、向こうに走って行く。


「ラヴカシール! ラヴカシールよ出て来い!」


 シーキンが、必死に呼びかけると、


「………ふぁぁ。わてを呼んだかえ?」


 眠そうに、出てくるラヴカシール。


「おお、やっと出て来たか。夜中は大変だったのだぞ!」


 グチをこぼすシーキン。


「そんなの、事前に言ってくれなきゃ、わてもヒマじゃあないの」


 伸びをするラヴカシール。


「いや、緊急事態なんだ。予定を大幅に変更する」


 額の、汗をぬぐうシーキン。


「えー。メンドいなぁ~」


 シーキンのシナリオでは、ベーナード卿がドラゴンを倒した風にやって、この戦場でドラゴンを使って勝利して次期国王にベーナード卿がなる筋書きだったのだが、ラヴカシールが城内でドラゴンを暴れさせ、すべてが狂ってしまった。


「昨日、助けてくれさえすれば、ベーナード卿は死なずに済んだのに」


 文句を言うシーキン。


「へぇ~死んじゃったか~」


 半笑いのラヴカシール。


「軽いな………では、お前に新しい作戦を………」


 ラヴカシールに、耳打ちするシーキン。


「敵の陣が、騒がしいですな」


 ザンシュガル側の陣から、望遠鏡で見る兵士。


「ああ。しかし、今さらこの戦況をひっくり返せるわけがなかろう」


 バーンズ総大将は、ザンシュガルの勝利を確信していた。


「へぇ~そーなんだ~」


 いきなり、スーッとあらわれるラヴカシール。


「ムッ、誰だ? どこから入って来た!?」


 ラヴカシールの、突然の訪問に驚きを隠せないバーンズ総大将。


「わてのことは、ラヴちゃんって呼んで欲しいな」


 自己紹介するラヴカシール。


「して、ラヴちゃんさん。なにをしにここへあらわれた?」


 ただ者ではない雰囲気をまとったラヴカシールに、警戒するバーンズ総大将。


「わてのところに、わんぱく盛りの子がいましてな。よく食べるんだ~」


 唐突に、身の上を語りだすラヴカシール。


「なに? お前の子か? 死なせたくないなら早々に立ち去れ!」


 早く、会話を終わらせたいバーンズ総大将。


「わての子じゃない! それに、簡単には死なないし~」


 否定するラヴカシール。


「そうか、好きにしろ。死んでも知らぬぞ」


 鼻息を、荒くするバーンズ総大将。


「わぁ、ありがと~~~。ぞ! ん! ぶ!ん! に、遊ばせてもらうわ!」


 思わせ振りなラヴカシール。


「なんなんだ一体!? よし、これより軍議をはじめる───」


 兵士に、目で合図してラヴカシールをつまみ出そうとするバーンズ総大将。

 だが、


「ギャアーーー」


 兵士たちの叫び声が、近くに響く。


「!!? なにごとだ?」


 体を、ビクつかせるバーンズ総大将。


「総大将!」


 あわてた様子の兵士が、飛び込んでくる。


「どうした? 騒がしい」


 落ち着くように言うバーンズ総大将。


「総大将! ドラゴンです!!」


 見たままを、報告する兵士。


「ドラゴンだと!? 本当か?」


 にわかには、信じられないバーンズ総大将。


「はい! しかも2体も!!」


 戦場に、あらわれたのは2体の巨大なドラゴンだ。


「2体だと!? そんなバカな!」


 1体でも、厄介なドラゴンが2体も同時に出現するなんてと、首を振るバーンズ総大将。


「あれをご覧下さい!」


 指差す兵士。


「そんなわけ………いるじゃねぇか!!」


 陣を出てみると、炎で大地を焦がしながら低空飛行するドラゴンがいる。

 ものすごい大量の、砂ぼこりが舞っている。


「どうしましょう?」


 冷や汗が、止まらない兵士。


「一旦、戦場から撤退するべきか………」


 苦虫を、噛み潰したような表情になるバーンズ総大将。


「ハァハァ、バーンズ総大将、報告します!」


 兵士が、走って近づく。


「どうした!?」


 次々と起きる事態に、ビックリするバーンズ総大将。


「あちらの丘を、ご覧下さい!」


 小高い丘に、ザンシュカルの陣があるが、それより高いところに、見知らぬ兵士たちがいる。


「なんだ?」


 望遠鏡で覗くと、簡易的な断頭台で、頭と両手を板から出した2人の人物がいる。


「バーンズ総大将、娘さんが!!」


 そのうち1人は、バーンズ総大将の愛娘だ。


「えっ? 娘はチッコリッタに………はあ? なんで、断頭台に娘がいるんだ!?」


 混乱するバーンズ総大将。


「いつの間にか、兵士に囲まれています!!」


 後方を取られた、ザンシュガル軍。


「ガーーッ!! マズいな!」


 頭を掻くバーンズ総大将。


「あの丘を通らないと、撤退は出来ません」


 完全に、退路を断たれた。


「報告します!」


 別の兵士が、走って来る。


「今度は、なんだ!?」


 いら立ちを隠せないバーンズ総大将。


「わが国の兵が、次々とドラゴンに食べられています!!」


 さっきまで、炎を吹いて空を飛んでいたドラゴンたちが、パクパクと人間を食べている。


「ちくしょうが!!!」


その頃


「断頭台の設置が、完了しました」


 海賊が、トゥフェルに報告する。


「うむ、ご苦労!」


 満足そうな顔をするトゥフェル。


「はッ!」


 頭を、下げる海賊。


「敵の総大将バーンズに使者を送る」


 アムナベルが、兵士に変装させた海賊に言う。


「何と言いましょう?」


 内容を聞く兵士。


「娘の命が、おしいなら降伏せよと」


 口角を上げるアムナベル。


「はッ! 行ってまいります」


 ザンシュガルの陣に、馬で向かう兵士。


「さて、まずはヒュンゲルか」


 兵士に、指示を出すアムナベル。


「そうですね」


 トゥフェルが、神妙な面持ちで見る。


「おい、ヒュンゲル!」


 ヒュンゲルの横に立っていた兵士が剣を抜く。


「助けてください、なにとぞ助けてお願いします助けて───」


 命乞いするヒュンゲル。


「うるさい!」


 アムナベル女王が、大声を出し脇腹を押さえる。


「アムナベル女王からの使者です」


 ザンシュガル側の陣で、兵士が着いたことを報告する兵士。


「通せ!」


 バーンズ総大将が、許可する。


「はッ!」


「アムナベル女王の言葉を預かって来ました」


 兵士に偽装した海賊が、バーンズ総大将に会う。


「うむ。して何と?」


 兵士の装備を見て、奪い取られたものと気付いたが、怒りを押し殺し聞くバーンズ総大将。


「降伏せよ。さもなくば娘の命はない! とのこと」

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