第16話 あんあん鞍上

「ハーッ!!」


 フガリットきょうは、怒りにまかせ

て馬を走らせる。

 フガリット卿の弟や、側近の者も脇を固めて並走する。


「なぜだ! なぜ息子の葬儀に王都から誰も来ないのだ!!」


 ドラゴン討伐の際に、死んでしまったフガリット卿の息子の葬式を、故郷で執り行うことになったが、待てど暮らせど王都からの使者1人たりとも来ない状況に、怒りが抑えられなくなっている。


「フガリット卿!」


 フガリット卿の傍らで、馬を走らせていた兵士が右手を伸ばして叫ぶ。


「どうした!」


 小高い丘から、川を挟んで王都が一望できる。


「あれを見てください!! あっちを!!」


 兵士が、馬を止めると、


ヒヒーーン


 フガリット卿も、手綱を引いて馬を急停止する。

 後ろ脚だけで立つ馬に、しがみつくフガリット卿。


「なんだ! あれは!?」


 美しい王都から、炎がたちのぼっている。


「王都に火が出ています!!」


 兵士が、望遠鏡で見る。


「ものすごい煙だ………」


 がく然とするフガリット卿。


「なにか、あったのかも知れんな!」


 フガリット卿の弟が、そう言うと、


「もしや、例のドラゴンがここまで来て暴れている? いや、その可能性は───」


 独り言を、つぶやくフガリット卿。


「馬車です! 馬車が来ます!!」


 兵士が、王都の方から来る馬車を見つける。


「止めよ! なにか事情がわかるかも知れぬ」


 フガリット卿が、そう指示すると、


「はいっ!」


 馬で、道をふさぐようにする兵士。


「止まれ~っ」


 両手を、広げる兵士。


ヒヒ~ン


「どうどう! 急いで、フガリット卿の奥方を運んでいるのだ、通してくれ!」


 馬係が、手綱を引く。


「わがはいの妻が、どうしたと?」


 フガリット卿が、聞きなおす。


「ややっ、フガリット卿!」


 馬係が、おどろく。


「なぜ、馬車を止めたのです! 早く出しなさい!」


 窓を、少し開けて文句を言うフガリット卿の奥さん。


「おい、どこに行っていたのだ!」


 フガリット卿は、奥さんは自分の部屋で寝込んでしまっているものと勘違いさせられていたので、目の前にいるのが信じられない。


「あなた! 葬儀に騎士団長の首を持って行こうかと思って………」


 騎士団長の首を、切ろうとしていたフガリット卿の奥さん。


「たわけが! 騎士団長のせいで息子が死んだとでも思っているのか!」


 しかるフガリット卿。


「でも~、どうにも怒りがおさまらなくて、つい………」


 しょんぼりするフガリット卿の奥さん。


「それで、騎士団長は?」


 所在を、確認するフガリット卿。


「取り逃がしたわ」


 くやしそうな顔をするフガリット卿の奥さん。


「わがはいが、後であやまっておく! それより、王都はどうなっておるのだ!?」


 燃え上がる王都を、気にするフガリット卿。


「ドラゴンよ」


 一気に、顔色が青ざめるフガリット卿の奥さん。


「ドラゴン! やはりそれで───」


 フガリット卿の顔が、きびしくなる。


「いえそれが、わたしが城内に入ると、目の前にドラゴンがいきなりあらわれて、兵士たちを次々と食べて………」


 手で、顔を覆うフガリット卿の奥さん。


「城内にドラゴン………それはおかしい」


 違和感を、おぼえるフガリット卿。


「本当よ!! 急に出てきたのよ!」


 あやしいモヤの後、いきなり出現したドラゴン。


「うーん………もしかして、ドラゴン使いが城内にいた?」


 1つの仮説が、フガリット卿の脳裏に浮かぶ。


「えっ!?」


 ビクッとなるフガリット卿の奥さん。


「まさかな。まぁ、息子を葬ったドラゴンが王都にいるなら、わがはいは見逃すわけにはいかぬ!!」


 にわかに、血が沸くフガリット卿。


「どうされるの、あなた?」


 いやな予感がするフガリット卿の奥さん。


「憎きドラゴンに、一太刀でもくれてやらねば、怒りがおさまらぬわ!!」


 息子の、仇を討つと言うフガリット卿。


「あなた………」


 言葉につまるフガリット卿の奥さん。


「よし! このまま王都に突入する。お前は、居城に戻って息子を弔ってくれ」


 奥さんに、安全なところまで帰るように言うフガリット卿。


「はい………あなた!!」


 奥さんが、フガリット卿の脚を掴む。


「なんだ?」


「死なないでください………あな───」


 フガリット卿は、奥さんの言葉を途中できるように、


「わかっておる! 行くぞ! ハア゛ッ!!」


 おそらく、息子に死なれて今度は主人がとそう考えているのがわかって、振り切るように馬を走らせるフガリット卿。


「お気をつけて………」


 見送るフガリット卿の奥さん。


「おい、ドラゴンを見たか?」


 フガリット卿が、燃え落ちた住居にいる住人に声をかけると、


「ああ、見た! でけぇドラゴンが城内から出て来て、この焼け野原だ~」


 両手を、広げる住人。


「そうか………それで、どうなったドラゴンは?」


 ドラゴンの討伐が出来たのか、たずねるフガリット卿。


「さあ? 倒したって話は聞いてねぇから、どこかに行ったと思うけど………」


 腕組みして、答える住人。


「そうなのか。ありがとう」


 礼を言って、馬を進めるフガリット卿。


「いえいえ~」


 頭を掻く住人。


「よし、まだ城内にいるかも知れない。探すぞ!」


 馬を、つないで城内に入る一行。


「おう!」


 早足で、フガリット卿を追う。


「………これは、ひどいな………」


 被害の状況に、足を止めるフガリット卿。


「王女さまは、無事だろうか?」


 ふと、気になるフガリット卿。


「探しましょう!」


 兵士たちが、うながすように言う。


「おう! ん、あれは!」


 フガリット卿の視界の先に、男がたたずんでいる。


「シーキン! シーキンではないか!」


 廊下に、ぼんやりと立っているシーキンに声をかけるフガリット卿。


「ややっ。フガリット卿!」


 露骨に、会いたくないヤツに会ったという顔をしたシーキン。


「お主、無事であったか!?」


 フガリット卿は、違和感をおぼえたが表情に出さない。


「わー、そう無事。無事だったギリギリ助かったわー」


 あきらかに、おだやかではないシーキン。


「それは、よかった。それで、ドラゴン使いは、どこへ行った?」


 口角を上げるフガリット卿。


「ドラゴン使いは、帰ってい………いやあ、わからん」


 フガリット卿のさそいに、まんまと乗ってしまうシーキン。


「おい、シーキン。なにか知っているな!!」


 詰め寄るフガリット卿。


「ひぃ! なにも知りません!」


 あわてて、とりつくろうシーキン。


「いや、なにを隠している!? 知っていることを話せば、ゆるしてやる!」


 正直に話すように、もちかけるフガリット卿。


「いいや、なにも知らぬ」


 あくまでも、しらを通すシーキン。


「どうせ、ベーナード卿と結託けったくして、悪い事をしようとしていたな?」


 ズバリと聞くフガリット卿。


「………なんで、それを」


 ボロが出るシーキン。


「お前らの悪巧みを、知らないとでも思っているのか!?」


 なにかにつけ対立してきたベーナード卿。

 と、その一派のシーキン。


「むぅ………」


 黙ってしまうシーキン。


「とにかく、ドラゴンをわがはいのこの手で始末したいんだ。邪魔をするなら、シーキンきさまから斬る」


 腰の剣に、手をのばすフガリット卿。


「ぃいえ、邪魔など滅相もない」


 両手を振るシーキン。


「そうか。ところで女王は健在か?」


 一旦は、落ち着くフガリット卿。


「あっはぁ」


 両足を、ガクガクと震わせるシーキン。


「女王は、どこにいるんだ!?」


 おかしな反応に、不安をおぼえるフガリット卿。


「アヒャ~」


 変顔で、誤魔化すシーキン。


「おいおまえ、ふざけておるのか!? それとも、すでに殺したとでも───」


 再び、剣を抜こうとするフガリット卿。


「いいえ、ヒュンゲルとともに逃げています! はずで………」


 ごにょごにょと、はっきりしないシーキン。


「どういうことだ!?」


 強い口調で言うフガリット卿。


「はい、ヒュンゲル共々行方不明になっておりましてですね、その目下捜索中でして───」


 苦笑いするシーキン。


「なにぃ? それでは、健在かどうかも不明ではないか!」


 つっこむフガリット卿。


「さようで」


 頭を、コクコクと動かすシーキン。


「なにが、さようでだよ。あぁ、あの時宰相のトゥフェルを女王がクビにするのを止めておけば、このような事態は避けられたのに………」


 トゥフェルを、思い出すフガリット卿。


「はぁ………」


 トゥフェルも、ハメられてクビになった。

 シーキンは、裏事情をよく知っているが、黙っている。


「それで、トゥフェルはどうなったか聞いておらぬか?」


 トゥフェルの近況が気になるフガリット卿。


「さぁ? 国外追放となってからは生きているか死んだかは不明です」


 腕組みするシーキン。


「もし、生きているならまた会いたいが………」


 トゥフェルが、この3年で海賊船の船長をしているなんて、知る術もない。


「さようですか。今、最優先するべきは女王さまを探し出すことかと」


 静かに、つぶやくシーキン。


「そんなことは、わかっている!」


 シーキンに、つっこまれて激昂するフガリット卿。


「はい………」


 頭を下げるシーキン。


「しかし、ヒュンゲルに女王を護衛させるとは、なんたる不幸」


 なにかしら、いけすかないオーラを感じていたフガリット卿。

 単に、ベーナード卿の一派だということだけではない、裏黒いなにかを感じていた。


「はぃ、わたくしもそう思います」


 話を、合わせるシーキン。


「調子のイイことを言うヤツだ」


 半笑いのフガリット卿。


「はぃ………」


 ニヤリと、笑って見せるシーキン。


「ヒュンゲルの行きそうなところを探すぞ!」


 振り返って、兵士たちに言うフガリット卿。


「はっ!」


 頭を下げる兵士たち。

 フガリット卿を先頭に城内から出る。


「………ふぅ、あぶなかった」


 ホッと、胸をなで下ろすシーキン。

 悪事が、全部露見すれば命がないのは本人が一番わかっている。


「ハァハァ、シーキンさま!」


 国境警備の兵士が、血相を変えて入って来る。


「どうした? 女王は、見つかったか?」


 捜索隊かと思って対応するシーキン。


「いえ! それが、国境にヒュンゲルがあらわれて───」


 国境におきたことを、話し始める兵士。


「なに!? 女王は、一緒ではなかったか?」


 同行しているはずの女王を確認するが、


「いえ。それが、積み荷があやしかったので、あらためようとしたら、急に暴れだして………」


 ヒュンゲルの様子が、怪しかったと言う兵士。


「うーん………それで、ヒュンゲルはどうした?」


 なにか、別の理由がないかと思うシーキン。


「取り押さえようとするもむなしく、ザンシュガル領内へと入ってしまいました」


 悔しげに言う兵士。


「なにぃ!? このたわけが!」


 怒りを、ぶつけるシーキン。


「ヒッ!」


 ビックリする兵士。


「それで、積み荷は?」


 積み荷さえ、取り返せればヒュンゲルはどうでもよいシーキン。


「それが、一緒に………」


 苦しい顔の兵士。


「マズい。マズいマズいマズいぞ、それは!!」


 冷や汗が、吹き出すシーキン。


「いかがいたしますか?」


「むぅ………しかし、相手側の動きが今のところないな」


 敵からは、そういう話が聞こえて来ない。


「はい」


「どうしたものか………」

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