第3章

第15話 だくだく濁流

「おかしら~~」


 紫色のバンダナを着けた小柄な男が、大海原に浮かぶ海賊船ヴァッカルゴーン号の船上から、望遠鏡を覗いて叫ぶ。


「ん………なんだ?」


 ハンモックに、寝そべりながらテーブルの上のジョッキに手を伸ばす男。

 顎のヒゲだけを、長くしている。


「酒樽でーす!! トゥフェル船長!!」


 振り返り、バンダナの端をクイッと上げて目を見開く男。


「お前、いくら酒が好きったって、昼間から飲む気かよ」


 そう言いながら、ジョッキをあおるトゥフェル船長。


「違いまさぁ! あれを見てつかーさい!」


 右舷前方を、指差す男。


「なんだよ。財宝を積んだ商船を探せって言ってるってのに………」


 ブツブツ言いながら、ハンモックから降りるトゥフェル船長。

 少し、よろける。


「へぇ、すんません。あれです!」


 望遠鏡を、トゥフェル船長に手渡す男。


「どれどれ。………たしかに酒樽だなこれは」


 海上を、ポツンと漂っている樽が1つ。


「どうしましょ?」


 男が、トゥフェル船長に聞くと、


「面舵いっぱーい」


 たいくつしのぎに、酒樽を回収することにしたトゥフェル船長。


「へーーーい」


 思い切り、舵をきる。


「よし、持ち上げよう!」


 なんとか、海賊船を酒樽に横付けするように操縦して、


「よいしょ、よいしょ!」


 酒樽に、ロープをくくりつけて、男ども2~3人で引き上げる。


「さーて、中身はなんだろな~」


 思ったより、大きな樽に期待が高まるトゥフェル船長。


「おかしら、ジョッキを!」


 酒樽を発見した男が、テーブルからジョッキを持ってくる。


「おう、気がきくな!」


 ジョッキを手にすると、中身を飲み干すトゥフェル船長。


「へへ!」


 ほめられて、身をよじる男。


「よし、フタを開けてケツをあげろ!」


 トゥフェル船長が、指示をすると、


「へーい!」


 太いコルクが外され、酒樽を持ち上げる男ども。

 その出口に、ジョッキを持っていくトゥフェル船長。


「ドボドボ~~~と………ん?」


 トゥフェル船長の思惑と違って、なにも出てこない。


「………なにも、出てきやせんぜ」


 酒樽を持ち上げた男が、つぶやく。


「だな! ハッハッハッハ!」


 豪快に笑うトゥフェル船長。


「この野郎、ただ重いだけの樽が!!」


 甲板に、酒樽を置いた男が、酒樽の上を叩くと、


ポコン


「あれれ、おかしら。空の樽から女の子が!」


 ふたの仕掛けが外れて、中身が露出し女王アムナベルがいる。


「なにーーー」


 トゥフェル船長が、驚いて中身を見る。


「こいつは、貴族か商人ですぜ」


 海賊船の船員が、アムナベルの顔を知るはずもなく、


「酒が好きすぎて、樽に入ったのか!」


 酒樽を、持ち上げた男が、頭をかかえて笑う。


「こりあ、笑えるわー」


 船員が、一斉に笑う。


「………ここは、どこなの?」


 笑い声に、目をさます女王アムナベル。


「お目覚めかい? 酒豪しゅごうのお嬢ちゃん」


 トゥフェル船長が、アムナベルの頭をポンポンと叩くと、


「無礼な! カードゲームで勝負なさい!!」


 ポケットから、カードの束を取り出す女王アムナベル。


「おう、威勢だけはイイようだ」


 すかさず、アムナベルからカードの束を取り上げるトゥフェル船長。


「ちょっと、カードを返して!!」


 跳びはねるアムナベル。


「あいにく、人から巻き上げるのを生業なりわいにしててな。それに、ここはナタルシじゃねぇんだ」


 半笑いのトゥフェル船長。


「返しなさい! 命令よ!」


 トゥフェル船長の顔に、人差し指を向けるアムナベル。


「おい、なんかわかってねぇみたいだから、このメスガキには、わからせが必要だな」


 トゥフェル船長を、バカにされたと思った船員が、いきり立つ。


「ぐへへ」


「あなたたちみたいなザコは、ヒュンゲルが倒してくれるわ!」


 腰に手を置くアムナベル。


「ん?」


 お互いに、顔を見合せる船員。


「ヒュンゲル! ヒュンゲル!!」


 左右を、キョロキョロするアムナベル。


「ピーチクパーチクよく鳴くなぁ!」


 アムナベルの体を、押さえつける船員。


「奥に連れていけ!」


 トゥフェル船長が、そう指示すると、


「やっても?」


 口角を上げる船員。


「殺すなよ。貴族なら高く売れる」


 トゥフェル船長は、生かしておくように指示する。


「へーい」


 ゾロゾロと、船室に吸い込まれていく船員たち。


「さてと………」


 テーブルにカードを置き、ハンモックに体をあずけるトゥフェル船長。


「うん?」


 水平線に、夕陽が沈む。

 トゥフェル船長は、少し眠っていた。


「………まさかな」


 テーブルの上にあるカードを手にとり、じっくりと中身を確認する。


「おい、女はどうした!?」


 おもむろに、ハンモックから立ち上がり、船室に入るトゥフェル船長。


「あぁ、殺すなとのことだったので、まだ死んではないでさぁ」


 男どもを、かきわけるトゥフェル船長。

 女性は、まだ生きている。


「おい、お前は! 名前を名乗れ!」


 あせるトゥフェル船長。


「ハァハァ、貴様ら蛮族に名乗るわけなかろう!」


 体じゅうから、汗がふき出しているアムナベル。


「まさかとは思うが、女王アムナベルじゃあないだろうな!?」


 床に、転がっている女の両肩を掴んで起こすトゥフェル船長。


「………なぜ、その名を」


その頃


「お父さん、なんでここにいるの?」


 カホウリンは、自分の目を疑った。

 3年ほど行方不明だった父親と、こんなところで再会するとは、夢にも思わないことだ。


「お父さんって、カホウリンの父親!?」


 なにが、どうなってやがる!


「そう。わたしの父、ルーゴ・ディアスト」


 本物か、疑うような視線をルーゴに向けるカホウリン。


「やあ、カホウリン。と、ケンタクロシスト君。あれから、娘との交際は順調かね?」


 オレに、カホウリンとの交際を聞いてくるルーゴ。


「交際………えっ、ああもちろんですとも」


 適当に、にごすオレ。

 うすうす感じてはいたけど、騎士団長とカホウリンは、カップルなのかも。


「お父さん、一旦そのことは置いといて、なぜここにいるのか答えてよ!!」


 ルーゴ本人だと確信して、つめ寄るカホウリン。


「ちょっと、カホウリン。あまり、まくしたてるとお父さんも答えられないでしょう」


 カホウリンを、いさめるオレ。


「お前にお父さんと呼ばれたくない」


 真顔で、オレを指差すルーゴ。


「ですよね~」


 めっちゃ威圧感ハンパねぇ~~~。


「ちょっと待って!」


 カホウリンが、部屋の向こうを指差す。


「どうした!?」


 今度は、なんだよ~?


「あの奥のイスに座っているのって………」


 カホウリンの指差す先を見る。

 豪華絢爛なイスに、みすぼらしい男が座っており、頭にはずり落ちそうな黄金のかんむりをいただいている。


「えっ!? ………誰?」


 なんで、あんなにガリガリなのが、玉座に座っているんだ?


「あれに見えるお方は、国王であるぞ! お主ら失礼であろう!」


 ルーゴが言うには、国王らしい。


「えっ、国王だって!?」


 女王がトップの国じゃないのか?

 これは、なにかありそうだ。


「生きていたのか、国王って………」


 目が点になるカホウリン。


「たしか、3年ほど前に狩りに出かけて亡くなったって聞いていたんだけど」


 グミちゃんが、そう言うと、


「国葬も、やったはずだ。でも、どうして生きている!?」


 バドムーンも、首をかしげる。


「わからない。でも、国王を連れて帰れば女王を───」


 そう、カホウリンが言いかけて、


「さっきから、なにをゴチャゴチャ言っておるんだ!」


 一喝するルーゴ。


「お父さん、聞いて! 王都に帰りましょう!」


 カホウリンが、そう語りかけるが、


「なにを言っている! ここが王都ではないか!」


 すごい剣幕で、怒鳴るルーゴ。


「………えっ!?」


 カホウリンには、ルーゴがなにを言っているのか、わからない。


「お前らこそ、何の用で来た! 用事がないなら、早々に立ち去れ!!」


 ドアを、指差すルーゴ。


「イカンな。おそらく、幻術によって自分が王都にいると錯覚させられている」


 グミちゃんが、冷静に分析する。


「グミちゃん、本当か! どうすれば?」


 オレが聞くと、


「まぁ、幻術をかけた術者が解くのが最もよいが、ある程度の刺激をあたえて目覚めさせるのも───」


 苦々しい顔をするグミちゃん。


「ケンタクロシスト! 貸したデッキ返して!」


 オレに、束を返すように言うカホウリン。


「おう、どうする気だ!?」


 カードを、カホウリンに返すと、


「お父さんと、戦ってみる!」


 ルーゴと、カードバトルで決着をつけると言いだすカホウリン。


「マジかよ!? それで、正気に………」


 たしかに、すごい刺激はあるけど、それはストライクをとってこそだぞ。


「わからない。でも、そうするしかないわ!!」


 完全に、やる気の目をしているカホウリン。


「いや、ラ・クロウの書になにか───」


 そう、聞きかけたが、


「勝負よ!」


 聞く耳を持たないカホウリン。


「ほう、私にたてつく気か。 その勝負、受けよう!」


 口角を上げるルーゴ。


「「フィールドオープン、開放」」


『第1フレーム』


「まず、私のターンだ。ドロー。ミルドック召喚。ゴーシュート!!」


 3年も、ここにいたのにちゃんとカードゲームしているルーゴ。

 それだけ、この国に浸透しているんだな。


「フィールド展開。炎の坑窟こうくつレベル1。フラッシュタイミング、トス!」


 地面が、うねって球を押し返す。


「させぬ。させぬぞ、ミルドック噛みつけ!」


 噛みつき攻撃で、再び前に飛ばす。


コーーーン


 ゆっくりではあるが、9ピンを倒す。


「チッ、1ピン残ったか」


 悔しそうに、眉間にシワをよせるルーゴ。


「ギャアー」


 跳びはね、エビ反りになるカホウリン。


「おいルーゴ! 自分の娘だろ!!」


 痛めつけることに、腹をたてるオレ。


「だから、なんだと言うのだ!?」


 特に、悪びれることないルーゴ。


「自分の娘を痛めつけて、なんで笑っている?」


 よく、わからんな。


「親に、歯向かうのがダメだろう!?」


 半笑いのルーゴ。


「それは、そうだが」


 誰かに、操られていて仕方ないのだろうけど。


「2投目いくぞ、ゴーシュート!」


 スペアを、取りにいくルーゴ。


「ハァハァ、炎の坑窟レベル1の効果発動! 炎よ、押し返せ!」


 マグマからの熱気で、球を押し返す。


「ミルドック、噛みつけ!」


ゴッ


 失敗して、溝に吸い込まれていく。


「チッ、外したか………」


 顔が、歪むルーゴ。


「やった!」


 中腰で、頭を下げるカホウリン。


「さあ、お前のターンだぞ!」


 カホウリンを、指差すルーゴ。


「ハァハァ、わたしのターン。ドロー。ロングホーンビートル召喚。ゴーシュート!」


 なんとか、息を吹き返すカホウリン。


「フィールド展開。闇の湾岸レベル1。フラッシュタイミング、ドリフト!」


 高速アタックで、球をはじき飛ばす。


「クッ! ロングホーンビートル、つのでついてぇぇえ!!」


 絶叫するカホウリン。


ガゴーーーン


 2ピン残ってしまった。


「8ピン………やられたわ………」


 悔しがるカホウリン。


「クッ!! まだまだ、たいしたことないなカホウリン!」


 余裕を見せるルーゴ。


「うるさい! ロングホーンビートル、2投目ゴーシュート!!」


 暗闇を、滑るように走りぬける球。


「闇の湾岸の効果発動! 黒煙!」


 黒いモヤが、球を吹き飛ばす。


「ロングホーンビートル、頑張って!」


 ロングホーンビートルが、空中に飛ぶ球に飛び付いてタックルする。


コーーーン


 残ったピンが、はじけ飛ぶ。


「やった、スペア!!」


 右腕を突き上げ、ウインクするカホウリン。


「クッ! まぐれだろ、そんなのは!」


 苦虫を、噛みつぶした表情をするルーゴ。


「わたしも、この3年で腕を上げたのよ!!」


 笑顔を、つくって見せるカホウリン。


「それは、楽しみだ!!」

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