第12話 めりめり目鯨
「いゃあ臭い。酒を飲んでおらぬのに、あびるほど飲んだようになってしまったぞよ」
アムナベル女王は、まだ若いせいかお酒に酔いつぶれやすく、近衛兵ヒュンゲルと共に逃げる際に、空のワイン樽に押し込まれて、その残り香で酔っぱらってしまっている。
『女王さま、今しばらく辛抱してください』
樽の外から、アムナベル女王に声をかけるヒュンゲル。
二人は、
「そうか………」
アムナベル女王は、意識がもうろうとなっている。
「はい」
ほくそ笑むヒュンゲル。
『わかった………』
意識が途切れて、眠りにつくアムナベル女王。
「………転がってきた千載一遇のチャンスか、破滅の末路か。絶対モノにしてみせるぜ」
小声で、そう言いながらアゴをさわるヒュンゲル。
「お客さん、本当にこの道の先に行くんですか?」
運び屋の小太りな男が、
「おう、もちろんだ。ちゃんと、
ヒュンゲルは、にらみつけるように見る。
「まぁ、そうですがね。このまま行っちまうと───」
この山道を、峠まで進むとそこは国境だ。
「黙って進みなさい!」
口角を上げるヒュンゲル。
「へい………」
しばらく、ぐねった山道を進む。
「止まれ!!」
道路脇の小屋から、国境警備の兵士が出てくる。
ヒヒーン
ブルルル
「どうしました?」
馬車を止める運び屋。
「この先の峠は、ザンシュガル国との国境である。現在、わがナタルシ国とザンシュガル国は、交戦中であるから引き返せ!!」
戦場は別のところで、ここではにらみ合いをしている。
「へぇ、その隣国に荷物を送りたいと頼まれましてな」
親指で、荷物を指す運び屋。
「なんだ、積み荷は。あらためさせてもらうぞ───」
ヒゲの生えた兵士が、馬車の後ろへと回ると、ヒュンゲルが荷室から顔をのぞかせる。
「やあやあみなさん。国境警備ごくろう」
垂れ下がった布を、バッと開くヒュンゲル。
「あなたは?」
ヒゲの生えた兵士が聞くと、
「近衛兵のヒュンゲルと言う者です。ここを通してもらいたい!」
自己紹介をするヒュンゲル。
「近衛兵? 近衛兵がなぜこのような国境に
いるのだ?」
疑問に思う警備兵。
「それは、親戚がザンシュガルに住んでいまして、
テキトーな、ウソをつくヒュンゲル。
「おお、そうでしたか。それで、ワインの樽も積んでいるというわけですな」
ワインの樽が、気になって聞く国境警備兵。
「そうなのです。ですから、道をあけてください」
なんとか、通して欲しいヒュンゲル。
「はい、そうですか………一応、荷物を確認させてもらいます───」
荷室に、飛び乗るヒゲの生えた兵士。
「祝いの品だ! さわって壊すなよ」
兵士を、ピッタリとマークするヒュンゲル。
「えぇ、もちろんです」
手前から、箱を開けていく兵士。
「あの~」
兵士が、ヒュンゲルの顔を見る。
「どうした?」
冷や汗が、流れるヒュンゲル。
「ワインの樽を、開けてもよろしいですか?」
ワインの樽を、ポンポンと叩く警備兵。
「いや、開けて欲しくはないが」
ヒュンゲルの顔に、あせりの色がにじむ。
「規則ですので、少しだけ」
人差し指と親指で、ハンドサインする警備兵。
「まぁ、少しだけだぞ」
腹をくくるヒュンゲル。
「それでは………」
樽の栓を、開ける警備兵。
「………チッ」
目付きが鋭くなるヒュンゲル。
「………おや、なにか」
小さな丸い穴から、なにかを見つけた警備兵だったが、
ズブシュ
ヒュンゲルによって、首を切り落とされる警備兵。
荷台が、鮮血に染まる。
「………開けるなと言っただろう」
ニヤリと、笑うヒュンゲル。
目を、見開いている。
「おい、なんだ!?」
馬車が、走らないように正面に立っていた兵士たちが、後ろに回ってくる。
「なにをしている!?」
布を開けて中を見た兵士が、血の海を見てギョッとする。
「あーぁ、面倒だ」
ヒュンゲルが、兵士の顔に飛び蹴りをして、外に出る。
「おいっ!!!」
剣を、抜こうとする兵士に突進するヒュンゲル。
「はっ!」
剣を、一気に振り抜いて、兵士の右腕を切り落とす。
「ギャア!!!!」
倒れこむ兵士。
「きさまァ!」
一斉に、剣を抜く兵士たち。
「邪魔しないでよ~」
次々と、兵士を切るヒュンゲル。
「かこめーーッ! 捕らえろ!」
勝ち目がないと悟って、数で押さえることにする兵士たち。
「近衛兵のオレっちが、お前らにやられるかっての」
スルッとかわして、脇腹を切り裂く。
「うぎゃあ!」
うずくまる兵士。
「へへッ!」
舞うように、次々と兵士をなぎ倒していく。
「どーしたんですか、旦那ぁ~?」
運び屋が、心配して見に来たが、
「馬を出せ! 片付いたら追い付く!」
ヒュンゲルが、そう言うので、
「ひゃあ!」
あわてて、手綱を握って馬を走らせようとする。
「させるか!!」
それを、阻止しようと走る兵士を見つけ、
「おっと! お前らの相手はオレっちだぜ!」
兵士の背中を、バッサリと切りつけるヒュンゲル。
「こいつらを、1歩たりとも越えさせるな!!」
小屋から、別の兵士が出てくる。
「オオーッ!」
目が、血走る兵士たち。
「旦那ぁ~」
運び屋が、
「イイから、行け!!」
怒号を、飛ばすヒュンゲル。
「はい………ハッ!」
ヒヒーン
馬に鞭を入れて、兵士たちをなぎ倒すように駆け出す馬車。
「よし。次に切られたいのは、どいつだ!」
口角を上げて、にらみつけるヒュンゲル。
「こいつは強いぞ。みんな、かかれ!!」
かけ声を、かける兵士。
「ウォオオ!」
一斉に、押さえようとするが、
「おりゃ!」
一撃で、みんな吹き飛ばされる。
「グハァ」
おびただしい血が、ふき上がる。
「さあ、来い!」
挑発するヒュンゲル。
「でゃああ」
まだ、動ける兵士が突進する。
「とうっ!」
華麗に、かわして首を切るヒュンゲル。
「ぎゃあ」
どれが、誰の血かわからない。
「旦那………うひっ!」
運び屋が、進む先に弓矢兵を見つける。
「止まれ! 止まらなければ弓矢を放つぞ!」
3人が、弓を引いて待ち構えている。
「ひぃぃ、止まれないっ」
もうすでに、止まるという選択肢はない運び屋。
「きさまーッ。放てーっ!!」
一斉に、矢が放たれる。
「ウ゛………」
頭部など、急所に命中して馬車から転げ落ちる運び屋。
「やったか。おい、誰か馬車を止めろ!」
運転手を失ったが、馬車はスピードをあげていく。
「はい!」
隠してある馬を出して、馬車を追いかけようとする。
「急げ! 国境を越えてしまうぞ!」
そう言うが、馬もいきなり興奮状態の人間に影響を受けて、なかなか落ち着かない。
「国境を越える前に、なんとしても止めるんだ!」
それでも、馬に飛び乗って馬車を追いかける。
ヒヒーン
「ダメだ! 間に合わねぇ!」
馬を、走らせたが追い付くところまで距離が開いてしまった。
「引け! 引けぇええ!」
手綱を引いて馬を止める。
馬車は、峠を越えていく。
「チッ。もう少しだったが………」
ヒュンゲルと、剣を交えていた騎士が馬上でつぶやく。
「よし、馬車は国境を越えたな。オレっちは行かせてもらうぞ!」
嬉々として、そう言うヒュンゲルに、
「させるかぁー!!」
剣を、ふり下ろす騎士。
「おりゃ!」
かわして、逆に騎士のわき腹に剣を刺すヒュンゲル。
「グフっ」
馬から、落下する騎士。
「馬を、借りるぞ!」
馬に、またがるヒュンゲル。
「まっ、待てぇ!」
なんとか止めようとするが、蹴散らすヒュンゲル。
「………うん? 馬車がこっちに来る! 弓矢を持て!」
こちらは、ザンシュガル国の領内。
猛スピードの馬車が、向かって来る。
「はいッ!」
弓矢隊が、道沿いにズラリと並ぶ。
「よく狙えよ! 合図があるまで射つな!」
指揮官が、見極めるように言う。
「はい………」
ジリジリと、緊張状態になる。
「………ん? 手綱を持っている者がおらぬな」
無人で、疾走する馬車を見て、不思議がる兵士たち。
「そうですね………」
変な汗が、額を流れる。
「おいおい、あやしすぎる! 馬車には、近づくな!」
道沿いに並んでいた弓矢兵を引かせる指揮官。
「はい!」
同時に、轟音をたてて通りすぎる馬車。
「うわっ、スゴい速さ!」
ズドーン
左カーブを、曲がりきれずに岩の壁に激突する馬車。
「なんだ? なんなんだいったい?」
衝撃で、ワイン樽がポーンと下り坂に落ちて転がっていく。
「わかりません………」
兵士たちも、あっけにとられて傍観する。
「樽が、1つ転がり落ちたぞ。探せ!」
指揮官が、ワイン樽を追いかけるように言う。
「はい!」
走って、追いかける兵士たち。
「あのまま転がると、港街まで行ってしまう。その前に回収するんだ!」
中身が、わからないので、被害者が出ないうちに回収しないと、指揮官として拠点を任されたのに、立場が危うい。
「はいッ!!」
大急ぎで、ワイン樽を追う兵士たち。
「いやな予感がする………」
マズいことが起きたと、直感的に感じる指揮官。
「よし、このまま行けば国境を越えられる!」
ヒュンゲルが、馬を走らせると味方の弓矢兵が、構えている。
「弓矢を、放てぇ!」
ビッビューッ
1本は剣ではじくが、1本がヒュンゲルの右足に刺さる。
「クッ!」
それでも、止まらないヒュンゲル。
「チッ! 逃げられた!」
苦々しい表情をする兵士。
「追いますか?」
別の兵士が聞くのだが、
「追うな! ここは守備に徹しろとの命令だ。戦端を開くようなマネは、つつしまねば」
あえて、追わないことにした。
「はい」
しぶしぶ納得する兵士。
「馬です! 馬が来ます!!」
ザンシュガル国側で、また兵士が騒ぐ。
「なにぃ! 今度は馬か!」
指揮官が、振り返って見ると、たった1騎だ。
「どうしましょう?」
指揮官に、確認する兵士。
「弓矢を、構えろ! まだ射つなよ」
道沿いに、弓矢兵が並ぶ。
「はい!」
ギギギと、弓矢が鳴る。
「おーい。射つなーッ!」
ヒュンゲルが、大声をあげる。
「なにしに来たーっ!」
指揮官が聞く。
「馬車が、こちらに来ただろう?」
馬を止めて、降りるヒュンゲル。
「あぁ、来たがお前の仕業か!?」
指揮官が、顔をこわばらせて聞く。
「ああ、馬車はどうした?」
左右を、キョロキョロするヒュンゲル。
たしかに、馬車は国境を越えたはずだ。
「岩の壁にぶつかって、グチャグチャだ!」
指揮官が、指をさす。
「エ゛ッ!!」
指の先に、ゴミの塊となった馬車を見つけて、ショックを隠せないヒュンゲル。
「積み荷は、なんだったんだ?」
指揮官が聞く。
震える足で、残骸に近づくヒュンゲル。
「樽の中身は、女王だ! 手みやげに持って来た!」
正直に言うヒュンゲルだが、
「たわけたことを! 用事が済んだなら、立ち去れ!」
指揮官は、眉を細めて言う。
「本当だ! 信じてくれ!」
その場に、へたりこむヒュンゲル。
「おい、どう思う?」
周囲の兵士に、意見を求める指揮官。
「さあ。樽の中身を確認するまで、捕らえておきましょうか?」
兵士が、そう提案するので、
「そうだな。おーい、そいつを捕らえろ!」
兵士たちが、ヒュンゲルを取り囲む。
「中身を確認してくれ!」
涙声を出すヒュンゲル。
「あいにく、樽だけ飛んで行ったから、確認がとれたら、解放してやる!」
指揮官が、そう言って兵士に合図する。
「ぐぬぬ………そうか」
その頃
「おー、満足したか、そーかそーか」
謁見の間で、玉座に座りドラゴンの頭をなでるラブカシール。
「あの、ラブカシールさま………」
シーキンが、ラブカシールの前で手もみする。
「なんじゃ。言ってみろ!」
さげすんだ目で、シーキンを見るラブカシール。
「ご満足されたようなので、一旦お引き取りを───」
ラブカシールを、帰らせようとするのだが、
「なーにを言っておるか!」
不機嫌になるラブカシール。
「はいぃ?」
ビクッとなるシーキン。
「わての食事が、まだではないか?」
玉座のひじ掛けを、ペシペシと叩くラブカシール。
「えっ!?」
目が点になるシーキン。
「腹が減ったなー。なにか喰わせろ!」
右手の、人差し指をクイクイと動かすラブカシール。
「あっ、はい。食事の準備をしろ!」
残っていた兵士に、指示をするシーキンだが、
「でも………」
困った顔をする兵士。
「どうした?」
しかるように聞くシーキン。
「コックたちが、全員逃げてしまいまして………」
事情を話す兵士。
「なんと!!」
顔色が、青ざめるシーキン。
「どう致しましょう?」
「街に残っている料理人や食材を、かき集めろ!」
とりあえず、なにか食べさせないと、今度は自分の命があぶないと感じるシーキン。
「はいっ!」
「急げ!」
「ねぇー、お腹すいたんだけど~」
足を、ジタバタさせるラブカシール。
「今、しばらくお待ちいただければ………」
苦笑いするシーキン。
「早くしてね。そうしないと、またドラゴンが暴れちゃうぞ───」
両手を、顔の横に付けてウニウニと動かすラブカシール。
「すぐ! お持ち! 致します!!」
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