第6話 くるくる因果

「さあ、早く喰わぬか!」


 緑色のスープを、スプーンでかき回しているのを見かねて、グミちゃんが言って急かせる。


「ぇえ………」


 これ食べて、いきなり倒れたりしないよね?


「うまいぞ?」


 食べながら言うグミちゃん。


「………ア、ングッ」


 思い切って、スプーンを口にはこぶオレ。


「どうだ? うまいだろ?」


 ニヤリと、笑うグミちゃん。


「モグモグ………あれ、そんなにマズくないぞ」


 少し、カレーのようなスパイスを感じる。


「うまいと、正直に言え!!」


 テーブルを、コツコツ叩くグミちゃん。


「うん、見た目がアレだけど、悪くない」


 見た目との、ギャップがおもしろい。


「なんだよ、手を握ろうか?」


 左手を、ぬっと突き出すグミちゃん。


「あぁっ、おいしかったなあカホウリン?」


 カホウリンに、話を振ってみるオレ。


「うん、まぁ」


 歯切れの悪い反応をするカホウリン。


「お前もか」


 グミちゃんが、にらみつけると、


「ウフフ」


「アハハ~」


 みんな、自然と笑顔になる。


『そんなにうまいなら、わしも食べたかったな』


 騎士団長が、くやしそうにワザと言う。


「残念でしたね、騎士団長は剣になっちゃったんだし」


 カホウリンが、チラッとオレを見る。


『なぁ、ケンよ。少しの間だけ入れ替わってもらえないか?』


 冗談っぽく言う騎士団長。


「イヤだね!」


 すぐ、断る。


『そう言うと思った』


「アハッ、騎士団長さまあきらめてください」


 カホウリンが、からかうように言う。


『カホウリンまで、そんな………』


 ショックを受ける騎士団長。


「だって、そんなにコロコロ変えたりだとか、魔力がいくらあっても足りないですわ」


 半笑いのカホウリン。


『まぁ、それもそうか』


「アハッ」


 なごやかな空気がながれたが、


「ところでグミちゃんは、なぜ岩の上にいたのですか? まるで、なにかを待ち伏せているような………」


 どうも、引っ掛かるんだよね。


「あぁ、それね。実は腕っぷしの強そうな男が通るのを、待っていたんだ」


 強い人を、探していると言うグミちゃん。


「と、言いますと?」


 まぁ、この体の元の持ち主は、国で1番強い剣士らしいが。


「まぁ、詳しくは明日話そう。酒を出すから、呑もうではないか」


 はぐらかすグミちゃん。


「イイですね~」


 呑めば、なにかポロッと言うかも知れないし。


『おい、ちょっと』


 小声で、なにか言っている騎士団長。


「えっ、なんです?」


 剣に、耳を近付けると、


『あのな、その非常に言いにくいことなんだけれども………』


 なにか、ゴニョゴニョつぶやく騎士団長。


「なんですか? モゾモゾ言われても、よく聞き取れないんだけど?」


「騎士団長さまは、下戸げこつまりお酒に弱いんです!」


 カホウリンが、代わりに答えてくれる。


「へっ? こんなに、筋骨隆々なのに?」


 マッチョなのに、意外な弱点だな~。


『すぐに、気分が悪くなって目がヒリヒリチクチクなるのだ』


 そういう体質かな。


「へ………へぇ~」


 もし、オレにもそんなことが起きたらと、一瞬ためらったが、


「どうした? 呑むのか呑まんのかハッキリしろよ?」


 と、言われて、


「あっ、呑みます呑みます!」


 まぁ、すぐ呑むのやめたらイイし。


『………知らんぞ?』


「おっ、とっとっそのくらいで」


 大きめの杯に、白濁したお酒が注がれる。


「それでは、乾杯!」


 少し、持ち上げるグミちゃん。


「乾杯~」


 マネしてから、口をつけて呑む。


「ゴクッ、これおいしいですね!」


 少し、甘味のあるお酒だ。


「そうだろう、そうだろう。よーし、もう1杯呑め」


 すぐに、つぎ足される。


「ホントだぁ」


 カホウリンも、案外おいしかったようだ。


「さあ、遠慮はいらぬぞ。どんどん呑んでくれ」


 呑むと、すぐに足すグミちゃん。


「なーんか、そんなに大丈夫ですか?」


 やたらと、すすめて来るなぁ。


「心配するな。もっともっと」


 やたら、強引に呑ませようとするグミちゃんの姿に、


『あやしいぞ、そのくらいにしておけ』


 クギを刺す騎士団長。


「なんだ、やかましい剣だな。ホイッ」


 水をさされて、気分を悪くしたグミちゃんが、人差し指を横に動かすと、


『………!!』


 騎士団長は、沈黙した。


「なんか、やったんれふかぁぁ?」


 カホウリンが、聞くが、


「なーん、ぴにふるな」


 グミちゃんが、誤魔化ごまかす。


「そうれづか~?」


 丸めこまれる。


「しょーしょー」


「2人とお、もー酔ったんれふかぁ?」


 オレも、ろれつが回らない。


「「全然、よってなひ」」


 完全に、酔っぱらいだ。


「もー………」


次の日


「ぁあー、もう呑めないっすよー。うわ、重っ、なんだ~?」


 いつの間にか、ベッドに寝かされている。窓の外は、明るくなっているようだ。しかし、誰かが乗っているかのように重い。


「………ヒッ! トカゲ!?」


 目の焦点が合うと、でっかいトカゲがオレに乗っかり、顔を見ている。


かぷッ


 いきなり、オレの鼻に噛みつくトカゲ。


「んぎぁ!!」


 いたーッ。


「おはよう、ケン。よく眠れたようで、なにより───」


 グミちゃんが、カーテンを開ける。


「いや、最悪の目覚めだわコレ!」


 目が覚めてすぐ、トカゲに喰われるとか、頭おかしいでしょ?


「どうした? 朝から不機嫌だな」


 意にかえさないグミちゃん。


「そりゃあ、そうでしょ! なんせ、朝っぱからトカゲに鼻を、かじられたんですよこっちはぁ!?」


 血圧上がるわ。


「アハッ、それはすまなかった。眷属のトビトカゲか、とんだ失礼をしてしまって」


 イタズラっこのように、笑うグミちゃん。


「ホントだよ!」


 全く、ビックリさせやがって。


「ただ、このトビトカゲが本気で噛みついたら、お前の鼻は消えてなくなっていただろうがな。感謝したまえよ───」


 堂々と言うグミちゃん。


「なっ! なんでオレが感謝しなくちゃなんねぇんだよ!」


 なんだそれ。全然筋が通らないじゃんか。


「まぁ、そうよねー」


 苦笑いするグミちゃん。


「………なんだよ、あっさり認めやがって。それより、外が騒がしいな」


 たくさんの人が、歩いているような音だ。


「そうね、起きて見てよ」


 手招きするグミちゃん。


「ぅん? ………なんだ? 今日は祭りかなにかのイベントの日か?」


 頭や腕に、包帯を巻いた人たちが、荷物を大八車にのせて、列をなして歩いている。


「いいえ、違うわ」


 真剣な顔をするグミちゃん。


「じゃあ、いつも早朝はこんなに人が───」


 そう、言いかけると、


「そうじゃないわ。おそらく、王都でなにかあって、それで逃れて───」


 グミちゃんが、なにかを察して言うので、


「王都で? ちょっと聞いてくる!!」


 ベッドから、飛び起きるオレ。


「ちょっ!! とりあえず、朝ご飯を」


 ひき止めるグミちゃん。


「あとで、食べるから」


 そう言いつつ、廊下に出ると、


「ケン、どこへ?」


 カホウリンが、眠い目をこすりながら歩いているので、


「外の、行列を見てみろ。ちょっと聞いて来る」


 あわてて、外に出ようとするオレを見て、


「わかった、わたしも行くわ」


 カホウリンも、ついて来る。


「すぐ、帰って来てくれ。今日は、腕っぷしが必要なんだ」


 グミちゃんが、そう言うので、


「わかったわ」


 カホウリンが、答える。


「ねぇ、キミたち?」


 30代くらいの女性が、顔以外の全身に包帯を巻かれて、杖をついて歩いているので、呼び止めると、


「あっ、騎士団長のケンタクロシストさまじゃあないか?」


 どうやら、騎士団長を知っているようだ。


「あぁ、そうなんだが、王都でなにがあったのか、聞きたい」


 こんな、見渡すかぎりの大行列を見ると、大変な事態だ。


「それがさぁ、いきなり城内にドラゴンが出たって、上へ下への大騒動!」


 女性が、手を上下に動かして説明する。


「ドラゴンが? なんで?」


 おかしいよな。


「聞きたいのは、こっちでさぁ!」


 歩いていた男が、足を止めて会話に入る。


「ややっ、騎士団長! このような所でなにをされておるのだ。この国が倒れるか残るかの瀬戸際なのだ」


 ゾロゾロと、人だかりができる。


「そうだそうだ!なんで、こんなところで油を売ってやがる!!」


 ヤジがとぶ。


「待ってください。騎士団長は───」


 割って入るカホウリン。


「イイんだ、カホウリン。たしかに、オレが城内にいればなにか出来たかも知れない」


 せめて、街を出なければ。


「なにが、出来たのですか………?」


 逆に、疑問をぶつけるカホウリン。


「それは………」


 答えに、困るな。

 剣の心得なんてないし。


「おっ、騎士団長!!」


 群衆を、かき分ける男。


「あっ、バドムーンさん!」


 カホウリンが、そう言うのでたぶん知り合いだろう。


「えっ、あの」


 ただ、どう答えればイイんだ?

 剣を、置いてきてしまった。


「どうされた───」


 オレの様子がおかしいので、聞くバドムーン。


「あーっ、ドラゴンが城内に出たって?」


 なんとか、話題を戻す。


「そうなんですよ、ちょっとここでは周囲の目がありますので………」


 なにか、秘密の話がありそうだ。


「それでは、こっちの家の中で」


 立ち話では、なんだし。


「はい、そうしましょう」


 ついて来るバドムーン。


「こっちです」


 家に、バドムーンを招き入れると、


「おじゃまします。この家は、騎士団長の?」


 そう、バドムーンが聞くので、


「いいえ、違います。グミちゃんの家です」


 正直に、答える。


「グミちゃんと言いますと?」


 家主に、勝手に入ってしまって、キョロキョロするバドムーン。


「ワタシだ」


 奥から、グミちゃんが出てくる。


「おや、以前どこかでお見かけしたような気───」


 そう言って、アゴをなでるバドムーン。


「気のせいであろう」


 誤魔化すグミちゃん。


「………そう、ですね」


 あまり、失礼のないように振る舞うバドムーン。


「それで、ドラゴンがどうした?」


 オレが、そう聞くと、


「………」


 グミちゃんを、チラッと見て黙るバドムーン。


「あぁ、この人は大丈夫だ」


 察して、そう言う。


「なんなら、席を外そうか?」


 部屋から、出ようとするグミちゃんを、


「いや、いてくれてイイよ。なぁ、イイだろう?」


 ひき止める。

 バドムーンが、いきなり攻撃して来るかも知れないし。

 でも、なんで騎士団長は黙ったままなんだ?


「………まぁ、秘密をもらさないと約束できるなら」


 しぶしぶ納得するバドムーン。


「うん、約束しよう」


 口角を、上げるグミちゃん。


「それで、城内でなにがあった?」


 そう、改めて聞くと、


「ベーナード卿が、ドラゴン使いと通じて

この一連の騒動の黒幕というウワサだ」


 ヒソヒソと、小声で話すバドムーン。


「それは、本当か?」


 ドラゴン使い?

 どうせなら、そっちに転生したかったな。

 ゲフンゲフン。


「あくまでも、ウワサだ。確証はない」


 首を、横に振るバドムーン。


「そうか………それじゃあ、オレを踏み潰して殺したのも」


 騎士団長は、ドラゴン使いに操られたドラゴンに、謀殺されたのだ。


「おそらく、一派の………って、殺した?」


 死んだと思っていないバドムーンが、目を丸くする。


「いっ、いや言葉のあやだ」


 誤魔化すオレ。


「そう………ですよね。それで、どう致しましょうか?」


 よかった、気付かれなくて。


「と、言うと?」


「このままベーナード卿が、のさばるのを放置するおつもりでは、ないでしょう?」


 放っておけば、実権を握って国王を名乗るかも知れない。


「まぁ、そうだな」

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