第4話 とんとん遁走

「フハハ、こんなにも上手くいくとはな。しかも、政敵のフガリットきょうの息子

も死ぬとは、これこそ一石二鳥というもの」


 手の指、全部に宝石のついた指輪をはめたスキンヘッドで大柄な男が、にこやかに話す。


「上手くいきすぎて、逆にコワいくらいですな、ベーナード卿」


 ゲスい笑顔と、細いアゴヒゲの男がそう言うと、


「あぁ、それもお主が作戦を思いついたおかげであるぞ、シーキン。礼を言うぞ」


 ベーナード卿は、シーキンの肩をたたく。


「いえいえ、これもあなたさまの後ろ楯があればこそ………」


 手もみしながら、お世辞を言うシーキン。


「ハハハ! それはそうとラヴにも礼を言わないとな。あいつが、うまくやったからというのも成功した要因でもある」


 ラヴというのは、最近ベーナード卿に近づいて来たラヴカシールという名の女性だ。

 しかし、その素性は謎である。


「ラヴカシールさまですか。あまり、深入りしすぎない方が、よろしいかと………」


 ナタルシ国の王都レギルスの、ベーナードとフガリットの対立に、スキを見つけて入りこんだラヴカシールを、利用はしつつもこころよくは思っていないシーキン。


「なぜじゃ?」


 問いただすベーナード卿。


「それは、その───」


 その会話に、割って入るように風が巻き起こり、姿を見せるラヴカシール。

 髪の毛はピンクで、腰のあたりから黒い翼が出ている。


「おい、宰相シーキン。わてをよんだか?」


 こぶしを握り、下に伸ばしているラヴカシール。


「やゃっ!! ラヴカシールさま! ごきげんうるわしく………」


 シーキンが、愛想笑いする。


「あいさつはよい。騎士団長、いやケンタクロシストは、捕らえたか?」


 ゆっくりと、左右を見ながら、確認するラヴカシール。


「いえ………それが、まだでして」


 変な、汗が出るシーキン。


「はあ? なにをしておるのじゃ?」


 クリッとした、優しい目が一瞬鋭くなる。


「今、捜索しておるので今しばらく………」


 ピリッとした、空気が流れる。


「早くしろよ」


 ドッカリと、ソファーに腰を下ろすラヴカシール。


「はッ! それより、捕まえてどうされるおつもりで?」


 聞くか、聞かないか迷っていたことを聞くシーキン。


「この国で、一番強い剣士をペットに喰わせたいのだ。文句あるか?」


 あくまでも、エサと考えているラヴカシール。


「いいえ、文句なんて滅相めっそうもございませんッ」


 震えながら、頭を下げるシーキン。


「フン! とにかく急げよ」


 足を組むラヴカシール。


「はいっ!」


その頃


「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」


 森の中の一本道を、わだちに足をとられながら歩くオレとカホウリン。

 カホウリンが、そう言っているがオレは人を切ったことで、手の震えが止まらない。


『ふぅ、正式に謝罪がしたかったな。フガリットきょうも奥方も、悪い人ではないのだ』


 剣が、なにかゴチャゴチャ言っているので、


「でも、あんなに怒ってる時に、謝罪もへったくれもねぇだろ。ほとぼりが冷めた頃に会いに行けばイイんじゃないか?」


 そう言って、めちゃくちゃになだめると、


『うーん、その時はたのむぞケン』


 騎士団長から、頼まれるオレ。


「えっ、あぁそうか。オレが頭を下げに行かないといけないのか。ややこしいなぁ」


 あー、面倒だなぁ。


「まぁ、そう言わないで。騎士団長の為にかわりに謝って欲しいの」


 うるんだ瞳で、オレを見るカホウリン。


「ちょっ、そんな目で見るなって。その時になったら出来るかも知れないし、今は無理で───」


 と、言っている途中で、


「約束よ。絶対に」


 人差し指を、オレに向けて早歩きするカホウリン。


「あぁ。それでさ?」


 カホウリンを、呼び止める。


「うん、なんですか?」


 振り返るカホウリン。


「どこに向かっているんだコレ?」


 どんどん、森の奥に向かっているのだが、


「うーん、とりあえず隣の街まで行けば、まだ安全かもと思って………」


 だいぶ、日が傾いてきている。


「ほーん、アテがあるんだ?」


 やみくもに、歩いているわけじゃなくてよかったよ。


「ないよ?」


 あっさりと言うカホウリン。


「えっ?」


 ないのかよ!


「今、全くのノープランで歩いているよ?」


 そんなに、堂々と言われても。


「えっ? それなら、あのカビ臭い宿屋に戻った方が良いのでは?」


 なんの準備もないし、一旦立て直そうよ。


『それはダメだな』


 騎士団長が、止める。


「えっ、どうして?」


『先に、切りかかられたとは言え、決闘を女王が止めているにも関わらず、追っ手を切ってしまった事実は曲げられない。つまり………』


「つまり………」


 生唾を、飲み込むオレ。


『もう、復職を望めないどころか、下手をすると………否、確実に───』


「なっ、なんだよ………」


 イヤな予感。


『確実に、地下牢へ一生閉じ込められる』


 うわっ、地下牢って!!


「そんな。こっちは、なんの落ち度もないって言うのにか?」


 ずいぶんと、理不尽な話だな。


『お前も、見ただろう。女王は、話の通じるお方ではない!』


 キッパリと、断言する騎士団長。


「騎士団長さま、誰か聞いておるやも───」


 周囲を、キョロキョロと見るカホウリン。


『もう、イイんだ』


 フーッと、息を吐く騎士団長。


「おやぁ? ややこしい魔法のヤツらだねぇ?」


 道のそばに、大きな岩があり、そちらの方を見ると岩の上に、いつの間にか人が立っている。


「あなた、今の会話を?」


 杖を、その人に向けて警戒するカホウリン。


「さぁ、なんのことかね?」


 とぼける女性。

 ピンク色のメイド服を着ている。


「聞いてないなら、よかった」


 ホッとして、杖を下ろすカホウリン。


「あぁ、聞いてないよ。女王さまの悪口とかねぇ~?」


 ポロッと言う女性。


「しっかり、聞いてるじゃねぇか!」


 思わず、オレが突っ込みを入れる。


『きさま、誰だッ?』


 騎士団長が聞くと、


「そっちから名乗るのが、筋ってもんじゃないか?」


 岩の上で、しゃがむ女性。


『それは、無礼だった。わしは王都で騎士団長をしていたケンタクロシストと言う者だ。』


 お辞儀する剣。


「わたしは、カホウリン・ディアスト」


 カホウリンも、頭を下げる。


「オレは、ケン」


 短く言うオレ。

 こんな、鬱蒼うっそうとした森の中に、こんな女性が1人でいるなんて不自然すぎる。


「ワタシは───」


 と、言いかけた女性を見て、ある人物を思い出すオレ。


「あれ、グミちゃんじゃない? 見覚えがある!」


 アイドルに、似ている。

 異世界にいるハズなのに、なぜだろう?


「………はあ? キサマなんでワタシの名を知っている?」


 あきらかに、表情を強ばらせるグミちゃん。


「えっ、でも………うぐっ!」


 苦しい。

 なにかに、締め付けられたように、身動きがとれなくなり、地面から足が離れて宙に浮いている。


「どこかで、会ったか?」


 ますます、締めてくるグミちゃん。


「ケン!」


 カホウリンが、心配そうに言う。

 透明な、なにかで締め付けているので、まわりからは急に浮かんだように見えている。


『おい、やめろ』


 危機を察知して、やめさせる騎士団長。


「さあ、言え!!」


 目を、見開くグミちゃん。


「くッ、くるし………」


 息が出来ないほど、絞められているオレ。


『離せ。それでは答えられないではないか!』


 やめるように言うのだが、グミちゃんは続ける。


「騎士団長、わたしが。ファイヤー」


 杖を、岩の上に向けて炎を出すカホウリン。


『よせ、カホウリン!』


 カホウリンを、制したが一歩遅かった。


「フフフ、度胸どきょうだけはホメてあげるわ」


 ものすごい炎に包まれたが、全くの無傷のグミちゃん。


「なっ!」


 一瞬にして、炎の矢が無数にカホウリンを襲う。


「アハッ、あなたがいけないのよ」


 大炎上するカホウリン。


「フゥーフゥー」


 炎の中に、半円形の魔法の壁がある。


「なにッ?」


 持ちこたえたことに、驚きを隠せないグミちゃん。


「カハッ、大丈夫かカホウリン!?」


 一瞬、スキが出来て脱出するオレ。

 地面に、うずくまる。


「えぇ、大丈夫」


 内股に、なりながら何とか立っているカホウリン。


「ほぅ、まともに喰らったと思ったが、なかなかやるな小娘」


 感心するグミちゃん。


「あなたこそ、すごい火力ね」


 素直に、たたえるカホウリン。


「そうか? 手加減してやったがな」


 半笑いのグミちゃん。


「えぇーッ!?」


 ビックリするカホウリン。

 手加減して、師匠クラスの攻撃力だ。


「アハハ。さて、ケンよ。なぜ、名前を知っていたのだ? もう、ここ200年は使って

いない名だぞ?」


 やっと、落ち着きを取り戻すグミちゃん。


「だって、ネットとかメディアでアイドル

として活躍してるから、知ってるよ」


 正直に話す。


「ネット? アイドル? おい、こいつはなにを言っているんだ?」


 他の、2人に聞くグミちゃん。


『どうやら、異世界から来たようでして、わしから無礼を詫びたい』


 お辞儀をする剣。


「異世界? なるほどな。それなら、じっくりと話を聞かせてもらうとするか」


 岩から、飛び降りるグミちゃん。


「えっ?」


 なにか、興味を引かれたのかな?


「この先に、ワタシの家がある。もう暗くなるから一泊していくがよいぞ」


 家に、誘われる。


「えっ? アイドルの家に?」


 あまり、意識していなかったけど、よく考えたらドキドキする。


「………イヤなら、しめ殺すが?」


 手を、かざすグミちゃん。


「いえいえ、イヤじゃないです! なぁ、カホウリン?」


 チラッと、カホウリンを見る。


「………そうね、夜は魔物が出るし」


 森の中は、特にあぶない。


「よし、きまりだな」


その頃


「おい、まだ騎士団長は捕まらないのかッ?」


 城内は、ピリピリした空気に包まれている。


「はい、それが宿屋にも戻って来ないので」


 兵士からの連絡は、まだ見つからないばかりだ。


「早く、捕まえて来い!」


「ハッ!」


 何人目かの、兵士を送り出す。


「あのぉ~ラヴさま。あと少々お待ちくだされば、連れて来ますので───」


 苦笑いの宰相シーキン。


「遅い! 気が変わった」


 立ち上がるラヴカシール。


「えっ! あと、ちょっとだけお待ちくださいませ」


 ベーナード卿も、立ち上がりラヴカシールを止めようとするが、


「くどい。気が変わったと言っている」


パチン


 ラヴカシールが、指を鳴らす。


グワーーーッ


 なにかが、吠える声が聞こえる。


「なんだ、今のは?」


 恐れ、おののく2人。


「この城内で、ドラゴンを暴れさせる」


 楽しそうに言うラヴカシール。


「なッ、なんですと?」


 シーキンが、恐怖感で絶句する。


「まぁ、腹のたしにはなるだろう」


 シーキンを、指差すラヴカシール。


「ベーナード卿さま、ドラゴンです! お逃げくださギャアー」


 廊下に、巨大なドラゴンがいて、首を無理やり突っ込んで兵士をかじる。

 吹き飛ぶ上半身。

 血が、飛び散る。


「うごッ………逃げなければ」


 壁に、メリメリとヒビが入ってドラゴンが入って来そうだ。

 その光景に、腰をぬかすシーキン。


「おやおや、どこに逃げるつもりなのかなぁ?」


 狩りを、楽しむラヴカシール。


「ヒッ!!」

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