第48話 どう言えばいいかわからない

 北海道の話は、思ったより早い展開で来月には向こうに行くことが決まった。会社の寮があるので、できるだけ早く来てほしいとのことだったが、今任されてる仕事のめどをつけてからになった。勇太の方は、抱えてる仕事の量が多いので、ホテル滞在という形をとって、1週間ないし2週間単位で行き来することが決まった。引っ越す気満々だった勇太はぶつぶつ文句を言ってたが、心配事がなくなったことを考えると我慢するしかないと笑ってた。


「莉緒ちゃん、むこうはイベントの数はここに比べると少ないけど、海外からのお客様が増えてて、その関係のパーティーやイベントが急激に増えてるから、忙しいよ、覚悟しといてね」

 真木さんのアドバイスをたくさんメモして、産休に入る後藤さんともオンラインで何度も打ち合わせをした。年が明けて勇太の両親から食事の招待を受けた。勇太は断ってもいいと言ってくれたけど私に謝ってくれたお父さんを信じて、行くことを決めた。当日お宅におじゃまするとおじいちゃんとおばあちゃんも一緒で、楽しい食事会になった。帰り際、お父さんから呼び止められ、もう一度心からの謝罪をしてもらった。「勇太を頼みます」思いがけないお父さんの一言に私も勇太も驚いて、そして二人して泣いてしまった。


「俺、空港まで行くから」

 出発の日時がきまって、勇太に見送りを断るとかたくなに行くと言い張って喧嘩になった。

「平日だし、朝早い便だからいいよ」

「朝早いからだろ、絶対送る」

「今生の別れじゃないんだし、これからもあるんだから」

 お互いがお互いのことを思っての喧嘩は、いつも勇太が折れてくれる。久しぶりに喧嘩した今回も結局勇太が折れてくれて、見送りは無しになった。

 

 勇太の告白から返事をしないままで、それでも関係性は昔に戻っていた。一度はちゃんと伝えたほうが良いと思ったけれど、正面から向き合うことへの恥ずかしさと忙しさでそのままにしてしまっていた。忘れらなくて一方的に思っていた頃の苦しかった日々が嘘のような今、勇太が与えてくれる幸せをきちんと感じているからこそ伝えたいと思うけれど、どう言えばいいかでずっと迷っていた。


「来週そっちに行くから」

 北海道に来て、引き継ぎがやっと終わった。明後日から産休に入る後藤さんとおつかれ様のランチ会の途中にラインが入った。私が北海道に来て初めて勇太がこっちに来る。

「噂の彼氏?」

「…はい」

「会えるの?その連絡でしょ?」

 真木さんから伝わってる情報がどれくらいかはわからないけれど、彼氏がいることは伝えてあった。

「いいわね、いい時期よね、色々あるだろうけど…伝えたいことや気持ちは後からだと変わってきちゃうから時期を逃さないようにね」

 後藤さんと旦那さんは遠距離恋愛で一度別れて、復縁してゴールインしたからか私達のことをとても心配してくれる。

「昔に戻ったつもりなんですけど…気持ちを伝えるのが難しくて」

「それは昔に戻ったんじゃなくて、今だからよ」

「今だから…?」

「そう昔と同じじゃなくて、今ちゃんと好きだから恥ずかしかったり、難しく思っちゃうんじゃない?」

「そう…なんでしょうか?」

「今ちゃんと好きなんでしょ?なら、素直にならないとね。誰かに取られてもいいの?」

「それは…嫌です」

「ほら、それ、そのまま伝えればいいの」

 お腹の大きい後藤さんの柔らかい笑顔と言葉に背中を押され、自分の気持ちをきちんと伝えることを決めた。

 


 

 

 

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