第36話 懐かしい店
「ここって…」
ご飯を食べに行こうと勇太に連れて来られたのは、懐かしい店だった。夕食にはまだ早い時間なのか、人のまばらな店内のカウンターに腰を下ろす。
「何食べる?」
古めかしい洋食屋で、いつもきまって頼むのはナポリタンとオムライス、それが二人の定番だった。昔といっしょのメニューを頼むのに何となくの抵抗を感じたけれど、どうしても食べたいのものは変わらなかった。
「ナポリタン…かな」
私の選択をクスッと笑った勇太も
「俺はオムライス!」
変わらない選択だった。注文して待つ間、久しぶりの店内を見渡してると奥から出てきた男性と目があった。
「あれ、久しぶりだね」
マスターと呼ばれていた男性は、ニコニコしながら私達の目の前に立った。
「なに、やっと結婚?」
返答に困る問いかけに笑ってごまかしてる私を気にもせず
「まだダメなんですよ」
勇太が答える。
「お似合いだと思うけどな〜」
「俺もそう思います」
「頑張らないとね」
「はい」
私抜きで進む会話についていけないままでいると頼んでいた料理が出てきた。
「美味しそう」
「うん、ほんと美味しそう」
自然と言葉を交わして、料理を口に入れるまで昔と同じ空気が流れた。
「やっぱり美味しい」
「オムライスも美味しいよ、食べる?」
恋人同士の時はお互いの料理をいつも交換してたから、当たり前のように言うけど、気にしない勇太がすごいのか、気にしてる私が悪いのかわからなくなる。
「だ、大丈夫」
「そう?ナポリタンは味変わってない?」
「うん、変わってない。家で作ってもこの味にならないんだよね」
店に行かなくなって、でもここのナポリタンがどうしても食べたくて、家で再現したけど、この味は出せなかった。
「俺は莉緒のナポリタン美味いと思うけど」
「食べたことあったっけ?」
「いや、でも料理、上手だから美味しいはず」
「嘘っぽい」
「嘘じゃないよ」
くだらないことを言いながら、美味しい料理を食べ終えると、マスターに挨拶して店を出た。
明日も仕事があるから帰るというと、もう少しだけ付き合ってとお願いされ、もう一度車に乗りこんだ。明日がイブなこともあって、街はにぎわっていた。
「明日も仕事だよね?」
「うん、明後日もね」
クリスマスやイブの日がどちらか土日にかかると、ホテルはディナーショーやパーティーなど大きなイベントが重なるので忙しい。宿泊客の人も含めると相当な数の人でにぎわうのでホテルはフル稼働だ。
だいぶ暗くなってきて、イルミネーションが綺麗な街を少し走るとコインパーキングに車を停めた。
「少し歩くよ」
「うん」
抵抗するのを諦めて、いっしょに並んで歩く。寒いはずなのに隣にいる勇太のせいなのか気にもならない。大きな通りから離れたせいか、人の数がぐんと減った場所に二人で足を止めた。
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