第19話 何も変わらない

「結婚はしないから」

「えっ、でも…」

「ホテルの下見も、俺には知らされてなくて…まあ何言っても言い訳にしか聞こえないよな」

「そんな…」

「たしかにそういう話もあって、でも結婚をするつもりはないし…」

「…」

「忘れられない人がいるって…伝えてる」

「でも…」

「彼女も俺との話がなくなったら嫌な人とお見合いさせられるからってお願いされて」

「…でも、彼女は…勇太のこと好きだよ」

 消え入りそうな声が俺の耳に届いた。

「やっと勇太って呼んでくれた」

「あっ、いや、そういうことじゃなくて…」

 意識してなかったのか、指摘されてあたふたする姿に少しホッとする。


「結婚もなし、ホテルもキャンセルだから…」

「やめて」

「莉緒?」

 急に声を荒らげた彼女に驚いた。

「もう、やめよう。何も変わらない…何も変わらないし…私は今の生活で十分満足してるから」

「…」

「やっと…認めてもらえるようになったの。仕事を辞めた時、何もかもなくして…それでもバイト頑張って…ホテルの人に声かけてもらって…今があるの」

「…うん」

「弟も就職して…でも、もし私のせいで何もかもだめになったら…私はどうしたらいい?」

「それは、俺が守るから」

「…お父さんの下で働いてる勇太が私を守れるの?」

「…」

「勇太に近づかない約束だったの。でも再会して、結婚の邪魔したって思われたら…きっとあの時よりひどいこと…そう考えるだけでこわい」

「莉緒」

「だから、あの時もこわくて…勇太の前からいなくなることを選んだの」

 堰を切るように話した彼女の目には、また涙が溢れてた。

「わかった、わかったから、莉緒泣かないで」

 子供をあやすように、背中をさすりながら、彼女が落ち着くのを待った。

「…真木さんにお願いして、担当を替えてもらうから…勇太も私がいたら、嫌だよね」

 少し落ち着いたのか、ゆっくりと話し出す。

「担当は真木さんだから、私がいなくても困ることはないよ」

「いや、このままでいいよ。どっちにしろ、今すぐってことはない話だから…」

「でも…」

「頑張ってるんだろ?ホテルで働いてるのを見た時は驚いたけど、莉緒に向いてるよ、よく気がつくし、優しいから」

「そうかな…」

「英語も得意だし…昔、教授の知り合いの海外の人の案内に駆り出されてたよね」

「そんなことあったね…私もね、働いてみてわかったの、接客業好きだなって。イベント系の会社に勤めてたけど、直に触れ合うほうが好きだなって」

「そっか…良かった…うん」

「…勇太も頑張ってるんでしょ?」

「莉緒に言ってなかったけど、時期が来たら祖父の会社手伝うって約束だったんだ。ごめん、大事なこと言ってなくて」

「ううん」

「前のところで頑張りたかったんだけど、今は仕事にも慣れて、大きな仕事も任せてもらえるようになった」

「良かった……勇太」

「うん?」


「…もう、こうやって二人きりで会うのはやめよう」






 




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