第18話 俺のため

「莉緒?」

 下を向いていた私の頬を、彼が両手で包んで顔を上げると、涙の向こうに彼がいた。

「泣きすぎ」

 ずっと泣いていたから、目も鼻も真っ赤でひどい顔の私を見て、場を和ますように彼が笑いながら言う。つられて私も笑った。

「ごめん…なんか涙止まらなくて」

「ううん、俺が責めちゃったからだよね…こっちこそごめん」

 昔とかわらない優しい彼がそこにいた。あの頃とは何もかもが違っているはずなのに…一瞬で引き戻されて、胸が締め付けられる。



「…会社のこと…聞いた」

「えっ…」

「なんで言ってくれなかった?俺、そんなに頼りなかった?」

「…」

「それとも、言えない理由がある?」

 想定外の話に驚いたのか、顔色が変わった彼女。教授の話を聞いた時…真っ先に浮かんだ嫌な仮説を彼女にぶつけてみる。

「親父にあった?」

 その一言で彼女の顔がこわばった。こわばった顔とそらされた目が答えを出していた。

「何を言われた?って言っても教えてはくれないよね」

「……」

 言わなかったんじゃなくて…言えなかった…優しい彼女が消えた理由は…他の誰でもなく俺のためだった。

「ひどいこと言われたんだよね…ほんとにごめん…気づいてあげられなくて」

 

 祖父との代替わりも俺を呼び寄せるタイミングも、俺から彼女を引き離すために親父が画策したと考えれば辻褄が合う。

「莉緒…あのさ…ごめん…ほんとに」

「もう…そんなに謝らないで…終わったことだし、黙っていなくなったのは私なんだし…私の方こそごめんなさい」

 親父の話には触れないまま、彼女は話を終わらそうとする。



「北海道で白川教授に会ったんだ…」

「うそ、なんで北海道?」

 久しぶりに聞く懐かしい名前に思わず声が出た。

「学会で来てたみたい、大学のラウンジで偶然会ったんだ」

「そうなんだ」

「北海道の大学の教授の研究に企業として参加させてもらいたくて、ずっとコンタクト取ってたんだけど、その教授と白川教授が同級生らしくて、教授の口利きで会えた上に仕事もうまくいったんだ」

「すごい偶然…元気だった?白川教授」

「お前のこと心配してた。俺たちがまだ続いてると思ってて…だから、その時話聞いた」

「そっか…」

「莉緒の会社に圧力かけたのは親父だろ」

「…」

「教授、莉緒が会社辞めさせられたの聞いて、会社の社長に抗議の電話をかけてくれたって」

「…そう」

「社長も教授も仕事で関わってない莉緒を名指しなんておかしいって言ってた」

「…」

「親父に会わせた後だよな…」

「…もうやめよ…」

「いや、やめない。莉緒は終わったって言ったけど、俺の中では何一つ終わってない」

 向けられた気持ちは、まっすぐに私にぶつかった。そんなの私だって…終わらせたくなかった…今だって…何も終わってない…でも、それを伝えたら、きっと彼をもっと苦しめてしまう…そう思うと言葉がでなかった。

 


 


 

 

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