第17話 会いたかった

 空港から直接彼女のホテルに向かった。車を近くのパーキングに停めて、通用口が見えるカフェで何杯目のコーヒーを飲んだだろう…やっと出てきた彼女は昔と同じようにマフラーをぐるぐる巻きにしていた。


「危ない!莉緒」

 彼女に声をかけようと、走って追いついたら、青の点滅が赤になるタイミングで彼女が横断歩道に一歩踏み出していた。とっさに腕をつかむと、横断歩道に飛び出した体を引き戻した。

「えっ…ゆう…神原様」

 驚いた彼女がしどろもどろに名前を呼ぶ。

「前見て、信号もう赤になってる」

「えっ、青じゃ…あれ赤に」

「ぼーっとしてたよ、大丈夫?」

「大丈夫です」

 つかんだ腕を離そうと身を引く彼女

「車で来てるから送るよ」

「いや…私は…」

「莉緒が話したくなくても、俺には聞きたいこと、話したいことが山ほどある。だから送らせて」

 強い口調に驚いたのか、言葉のでない彼女の肩を引き寄せて、車まで連れて行く。

「あの、私、やっぱり…」

「いいから乗って」

 助手席のドアを開けて促すと、諦めたのかシートに腰を下ろした。


 走り出した車が高速に乗った時、無言の車内に流れてた音楽のボリュームを下げた。

「どうして、黙っていなくなったの?」

「……」

「結婚したって言うのも、嘘だよね?」

「……」

「俺といるのが、そんなに嫌だった?」

「……」

「…いや…ちがう…そうじゃなくて……会いたかった…どうしようもなく会いたくて…苦しかった」


 車から見える景色が…昔、2人でいつも見ていたものになって、やっと車を停めた。


 思わず口をついてでた "会いたかった” の言葉の後、窓の方に顔を向けた彼女は泣いているようだった。時折、鼻をすする音が聞こえる。


「莉緒、こっち向いて」

 届いてるはずの俺の声を、完全に無視する彼女のシートベルトをはずして、こちらをむかせた。それでも下を向いてる彼女の頰に手をやった。



「会いたかった…どうしても会いたくて苦しかった」

 彼の言葉は、私の言葉だった。

 会いたくて会いたくて…どうしようもなくて、毎日一人の部屋で泣いた。バイトを目一杯入れて、必死に毎日働いて、体はくたくたで…それでも忘れることができなくて、やっぱり泣いた。

 必死だった私が、ホテルで働くことを決めて…こんな自分でも認めてもらえたことが嬉しくて…やっぱり彼に…勇太に会いたくて泣いた…あれから、どれくらい経ったんだろう。


 彼も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しいと思う反面、これ以上近くにはいられない…感情が交錯していた。ただ心は素直で、彼の言葉で溢れ出た涙は止まらない。彼に見せてはいけないと思えば思うほど、でてくる涙をごまかすには、窓を見つめるしかなかった。

 ゆっくりと止まった車…見覚えのある駐車場…暗くて見えない向こう側から、大きな波の音が聞こえてくる。

「莉緒、こっち向いて」

 窓側に向いてた体ごと、彼に向けられても顔を上げることができなかった。







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