第11話 私が決めた道
帰り道をどう帰ったか、今でも思い出せないぐらい何もかもがショックで、どうしていいのか、わからないまま茫然とした。マンションに戻って、ソファーに座ったら、悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。
勇太と恋人になって、遠くない先にあった幸せも、これまで築いてきた幸せな時間も、全部一瞬で粉々に砕けてしまった。
次の日、会社に行くといきなり社長室に呼ばれて、会社を辞めてほしいと社長に頭を下げられた。理由を聞くと、大口のクライアントが私を名指しして、私がいる限り契約しないと言ってるらしい。かかわったことのない仕事相手からの理不尽な要求、昨日の今日で思い浮かぶのは1人だけ、別れることを約束しなかった私に
「どんな手でも使おうと思えば使える」
吐き捨てるように言った勇太のお父さんだけだ。
すぐに決めることなんてできなくて、一日待ってほしいと家に戻ると、母親から電話がかかってきた。内容は、勤務してる会社から転勤を打診されたらしく、引っ越ししないといけないと言うことだった。私の周りで急に起こる出来事に、どう対応するのが正解か、いくら考えても思いつかなかった。勇太に相談すれば、今度は勇太を巻き込んで迷惑がかかることは容易に想像できる。
私1人我慢すれば…勇太を諦めれば…何度も考えては打ち消して、眠ることもできないまま朝になり…会社に辞表をだした。社長は何度も申し訳ないを繰り返して、次の仕事先を紹介しようとしたが丁重に断った。その足で勇太のお父さんの会社に行き、一ヶ月待ってくれとお願いして、別れることを約束した。私の周りの人間を巻き込まないことを条件に、今後一切勇太に関わらないことを約束するとお父さんは満足そうに頷いた。
それから、すぐに引っ越し先を見つけて、バイトを探した。幸いにも辞めた会社の社長が、こちらの都合だからと、退職金に引越し手当という名目で上乗せしてくれて、当座の生活費はなんとかなった。母親の転勤はなくなったが、マンションの更新時期もあって、いい機会だからと引っ越すことに決めたらしい。
勇太には、会社でトラブルがあって、しばらく忙しいから会えないと伝えると自分も忙しくなるから、LINEや電話で連絡することを決めて、少しずつフェードアウトしていった。
父が早くに亡くなって、母が女手一つで育ててくれたことを恥ずかしいと思ったことは一度もない。経済的なことを考えて、大学を諦めようとした時も、行きたいなら行ったほうがいいと背中を押してくれて、卒業まで応援してくれた母には感謝しかない。だからこそ、私のせいで迷惑をかけたくなかった。仕事をやめたことも引っ越したことも、しばらくは心配させたくなくて言えなかった。
勇太と共通の大学の友達には言えないから、親友にだけ事情を話して、もし聞かれたら嘘をついてもらうことにした。
別れの言葉も嫌いなふりもできる自信がなかった。勇太の前からいなくなること…それが私ができる精一杯だった。すべてが終わった日、私は何もかも失った。
3ヶ月、死にものぐるいで働いて、家に戻ると死んだように眠った。5ヶ月目、バイト先に来ていたホテルの支配人に声をかけてもらって、ホテルの見習いとして働くことが決まった。時々食べに来てくれる支配人は、私の働く姿を見てホテルの仕事に向いていると思ってくれたらしい。何も無い私を認めてくれたことがただただ嬉しかった。会社が借り上げている社宅に移って、また1から必死で働いた。イベントや大きな結婚式を担当する部署の真木さんが、私が英語が出来ること、辞めた会社がイベント関係だったと知って、サブとして部署にひっぱってくれた。覚えることだらけの毎日で忙しいけれど、何もかも失った私に…少しずつ心が戻る気がした。
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