第8話 2人きり

「白波くん?あれ、試着終わった?」

 飛び出した衣装部の前にマネージャーが立っていた。

「あっ、いえ、あの…」

「うん?衣装部のチーフいる?」

「はい、女性の方の着替え中だと…」

「そう、じゃあ、この書類渡しといて、来週のイベントの衣装の変更だから」

 書類を手に部屋に戻ると、着替えの終わった花嫁が立っていた。淡いピンクのカクテルドレスは色白の彼女によく似合っている。

「勇太さん?準備できた?」

 声と同時に閉められたカーテンが開いて、銀色のタキシードの彼が出てきた。

「素敵!勇太さんシルバー似合う!」

 花嫁のドレスの彼女がタキシードの彼に腕を絡ませ並ぶ2人の姿はまぶしいほどに輝いていた。私は、目の前に突きつけられた幸せの衝撃で扉の前で固まっていた。

「あっ、白波さん、どうですか?似合ってます?」

 屈託のない笑顔の彼女から、不意に向けられた言葉に答えようと出た言葉は

「よくお似合いです」

しかなかった。


 試着が終わって、男性用の試着室の後ろに控えていた。

「大体のイメージができましたら、あとは既製品かオーダーかを決めていただきます。オーダーは採寸からになりますので決まり次第ご連絡いただけると幸いです」

 一通り説明が終わると、チーフは女性の試着室の方に消えていった。彼の着替えを始めようとした矢先、そばにいた担当の女性にお客様から電話がかかってきた。

「ちょっと、失礼します。白波さん、花婿様のお手伝いお願いします!」

 試着室に2人きりになってしまった。

 

 タキシード用のシャツは、おしゃれな作りでボタンが小さくて多い、彼が手間取っているのをみかねて、手を伸ばしていっしょにボタンを外す。はずし終えると、2人でふーとため息をついた。そのタイミングがあまりにも同じで、同時に吹き出してしまった。


 柔らかい空気が流れて、合わせないようにしていた目線があってしまった…。そらさないといけないのにそらせなくて…動けない。笑った顔も、真面目な顔も、照れくさそうに私のことを好きだという顔も好きだった…あの頃も今も変わらない自分の心を見透かされそうで怖くなった。

 

「申し訳ありません」

我に返って、距離をとる。

「謝るようなことしてないでしょ」

 ふいに彼が名刺を差し出した。首を振って、受け取らない私の態度に苛立つように上着のポケットに名刺を入れた。

「連絡とらないといけないことあるかもしれないから、仕事として受け取って」

 そう言うと、そばにかけてあったジャケットを羽織って試着室を出ていった。



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