第2話 知らないふりしかできない

 「それでは、あちらの専用エレベーターから上がっていただきます」

 聞こえてきた声も無視して…視線も合わせずエレベーターまでの先導のために足を早めた。


 天空のチャペルというだけあって、高層階にある大きなガラス窓に囲まれたチャペルは迫力がある。

「うわー、素敵、空の上にいるみたいね、勇太さん」

「…ああ、うん」

「もうー、もうちょっと乗り気になってくれてもいいのに」

 拗ねるような甘える仕草が可愛く見えるのは、容姿も相まってのことだろう。

「麗衣ちゃん、男の人はこれぐらいでいいの。主役は女性なんだから、ねえ奥様」

「ごめんなさいね、うちの娘がわがままなことを言って。せっかく勇太さんがついてきてくれたのに偉そうなんだから」

 微笑ましい会話が続く中、心此処にあらずの男性がこちらに向かって来た。

「…あの、お手洗いは…」

「…あっ、先ほど入ってきた入口をでて、すぐ右手側に」

「案内してもらっていいですか?」

「えっ…あっ、はい」

 断ることのほうが不自然な状況で答えた声は上ずっていた。私たち2人のやりとりを気にもせず、3人はチャペルから見える景色にはしゃいでいた。

 結婚式用のチャペルの外の廊下は、いつもなら参列者がごった返す場所。周りも控え室や着替えに使う部屋ばかりで、式もない平日の朝は静まりかえっている。

「お手洗いはそちらに…」

「莉緒」

「それでは、私はチャペルの方に…」

「莉緒!」

「…失礼致します」

「莉緒!!」

 一礼して身体を翻すと目の前にあるチャペルの扉に手をかけようとした瞬間、その手首を彼に掴まれた。

「話がしたい」

「話すことは何もありません」

 強い口調で話してるつもりなのに声が震える

「俺はある…頼む…莉緒」

「お相手の方とお母様がお待ちです…」

「……」

「このままでは…私が怒られます…手を離してください…」

どれぐらいの時間そうしていたんだろう。持たれた手首が熱を持っている。

ガチャ

扉の音に反応してゆるんだ彼の手を振り払うと同時にチャペルの扉が開いた。



「あっ、ごめんなさい…もう、勇太さん遅い〜」

ぶつかりかけた体をうまく避けて、一礼すると莉緒はチャペルに入っていった。

「遅いから心配したの」

「…今戻るところだった…」

「次は会場を見せてもらいましょう」

 無言の俺を気にすることなく、彼女は俺の腕をとると、引っ張りながら、チャペルに連れていかれた。

 目の前にいたはずの莉緒に聞くことも、こんな俺の状況を伝えることもできないことに苛立ちながら、チャペルの端に立つ莉緒を見ることしかできなかった。


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