哀しい恋を忘れたはずでした
@MOYOHA
第1話 いたずらな再会
ホテルの大きなエントランスに見上げるほどのツリーが登場して、街のイルミネーションが華やかになると年の瀬を感じる。この仕事についてからは、特に年末に向けて、慌ただしく予約やイベントが続くことは、嬉しい悲鳴でもあった。
「今日のお客様は、大口のお得意様なのでみなさん粗相のないように!」
マネージャーの大きな声で終わったミーティングのあと、マネージャーに呼ばれた。
「白波くん、今日来るお客様のご案内任せていいかな?」
「えっ?、真木さんの担当じゃ…」
大口のお客様の担当は、真木さんで、私は常に助手というのが定位置だ。
「ああ、そうなんだけど、真木くん昨日の夜から熱が出て、どうやらお子さんの風邪もらったらしくて、お客様に移すといけないから、白波くんにお願いしたいって」
「私でよければ…でも大丈夫でしょうか、大口のお客様なんですよね?結婚式ですか?」
「ああ、今日は、当人お2人とお母様が式場の見学に来たい言われてな。新郎のお父様の一存で当ホテルに決めてくださってるみたいなんだが、お母様達も一応どんなところか見ておきたいということなんだ。何かを決めたりするわけじゃない、案内だけしてもらえればいいから」
「わかりました」
マネージャーが立ち去ったあと、落ちていた後れ毛をピンで留め直して、上着を整えて、フロアに出た。
前の仕事から転職して2年がたった。専門で入ってくる子には、知識も技術も満たないが、英語の能力と人当たりの良さを買われて、この部署に配属された。大きなイベントや海外の方の会議、結婚式等、様々なイベントがあるホテルでの仕事にも大分慣れてきた。真木さんのアシスタントについて1年、指示されたこと以上をすることを叩き込まれて、一人でも何とかなる様になったところだ。
かと言って、まだまだ真木さんの足元にも及ばないのはわかっているからこそ、ミスが無いようにしないといけない。
いつもの制服の上着を、特別な時に羽織るジャケットに替えて、マネージャーの後から、お客様の通されているVIPルームに入った。
談笑しているお客様の会話が途切れるのを待って、挨拶を始めたマネージャーの後ろについて出番を待つ。
「本日は、担当する真木が不在でして、代わりにサブの白波がご案内させていただきます。わからないことは何でもお聞きください」
マネージャーが私の方に顔を向けたのを合図に、一歩前に踏み出して、お客様の前に出た。
「本日、ご案内をさせていただきます、白波莉緒と申します。よろしくお願いいたします」
深く頭を下げて、顔を上げると、上品そうな女性たちの一番後ろにいた男性と目があった。
お互いに声を出すこともできないぐらい驚いて…それを打ち破ったのは、男性の隣にいた小柄な女性だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ほら勇太さんも」
促されて、男性が頭を下げた。
「まあまあ、もうこの子は」
「良いじゃないですか、女性が強いほうがうまくいくって言うし」
母親たちが楽しそうに2人を揶揄する。
「白波さん、私早速チャペルが見たいです」
「あっ、はい…ではチャペルにご案内いたします。こちらへどうぞ」
重いドアを開け、お客様が出るまでの間、ドアの横で視線を下げて待っていると華やかな女性達の香りが通り過ぎて、キリッとした男性特有の香りが近づいて止まった。
「莉緒…」
聞こえるか聞こえないぐらいの声で私に呼びかけた男性は、私の人生の中で…一番愛した人だった。
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