五月雨


「空が泣いてる」

 明日香が窓の外を眺めながら言った。

 終礼を待つ間の教室は男子のふざけ合う声と女子達のなにやら盛り上がる会話でがやがやと騒がしい。

 明日香に言われて瑞樹は初めて気づいた。

 どんよりと重たそうな空から大粒の雨がたたきつけるように降っている。

「うわっ、最悪。傘持ってきてないよ。朝、家出た時あんなに晴れてたのに」

 瑞樹がそう言うと、

「天気予報で今日雨降るって言ってたよ」

 明日香が冷静に答えた。

「家出るぎりぎりまで寝てたからなぁ。天気予報なんて見なかったなぁ」

「ぎりぎりっていうか完全に遅刻してたじゃん。チャイム鳴り終わってから教室入ってきたじゃん」

「セーフでしょ。先生まだ来てなかったし」

「自分に甘すぎ」

「明日香が真面目過ぎるんでしょ」

 近くで話していた何人かの女子がこちらをみて笑ったような気がした。

 以前、見かけた雨の中を濡れながら帰る明日香の姿がよぎる。


 明日香はどこかみんなと違っていた。

 同じ制服を着ているのに、同じじゃない。

 集団の中にいても彼女のことはすぐに見つけることができる。

 それは言ってしまえば“浮いている”ということなのかもしれない。

 それでも、瑞樹は明日香の美しさを信じたかった。

 黒く一つに結んだ髪は光を受けいつもきらきら輝いていて、眼鏡の奥の切れ長な目は冷静さと同時に凛とした強さもあり、ふいに目が合うとドキリとした。その目が、ふにゃりと柔らかく笑ってくれた時、瑞樹は嬉しくなる。

 だから、瑞樹は明日香の前ではついふざけてばかりいる。


「傘持ってきてるんでしょ?帰り入れてよ」

「持ってきてないよ」

「え?雨降るってわかってるのに?」

「うん、なんか別にいいかなって」


 いつも冷静な明日香の目が眼鏡の奥から瑞樹をみた。そして、

「今日は濡れて帰るよ」

といたずらっぽく笑った。

「まじか」

「青春っぽくていいでしょ」

 先ほどより雨脚は強くなっている気がするが、濡れて帰ると覚悟を決めるとそこに悲壮感はない。

 きっと、大丈夫。

 明日香も自分も。

 自分たちの大事にしたいものをこれからも守っていくんだ。

 終礼の時間を告げるチャイムが鳴り担任が教室へ入ってきた。

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