第20話 家庭科室での決闘。

 俺たちが勢いよく家庭科室の扉を開くと、油婆はビクっと肩を震わせて、こちらを振り向いた。


「なっ、なにっ、なんで! なんで居るんだよこんな時間にガキが! はっ、早く帰りなさい……!」


 動揺からか、油婆は完全に挙動が不審になっている。


「申請書出してるんで。部活動中です」


 信条先輩が、平沢先生の用意してくれた申請書を掲げる。これにより、油婆はまたしても黙らざるを得なくなる。


「おい……クソ野郎。てめぇ美島先生に何してんだよ」


 池神が油婆に近づき、これ以上ないというほどの怒りを煮詰めた表情で油婆を睨みつける。


「わっ、私は……この美島先生がですねっ……指導してほしいと言うので……」


「黙れよ、外道が」


 さらに、エリナさんがドスの効いた声で油婆を睨みつける。


 俺も彼らに続き、油婆の近くまで歩いていく。


「証拠はあるんですよ、もうどれだけ言い訳したって通用しませんよ。警察ももうじき到着するでしょう」


 信条先輩が証拠の動画をビデオカメラで再生した。


「あ……あ……」


 油婆が、壊れたように体を震わせる。勝ち目がないと悟ったのだろうか……そう思ったとき。


「あ……アヒャッ、アヒャッ、アヒャッ……アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒ!!!」


 狂ったように油婆は笑い出すと、突如テーブルの引き出しから包丁を取り出した。そして、俺の方に突撃してくる。


「おわっ!」


 俺は近くにあったプライパンを手に取り、包丁を弾き返す。


「そうかよそうかよぉ……アヒャッ……アヒャヒャヒャヒャヒャ! だったらもう! お前ら全員ぶっ殺してやるわ!」


 油婆は近くにあった椅子を持ち上げると、それを思いきり放り投げた。


「きゃあぁ!」


 勢いよく飛んでくる椅子を、間一髪静原さんはしゃがんで回避する。椅子はそのまま窓まで飛んでいき。――ガシャアァッっとカラスを割って外に吹っ飛んでいった。


「静原さん、大丈夫!?」


 俺はしゃがみ込んだ静原さんに駆け寄る。


「大丈夫だよ……新木くん、今日の朝、一緒に戦おうって、約束したよね……こんなとこでダメになったりしないよ」


 静原さんは普段見せたことのないような、覚悟を決めたような笑みを俺に向ける。


 さらに油婆は家庭科室に設置されているコンロを手当たり次第にオンにしていく。そして、調理実習用の油を手に取ると、そこら中にばらまき始めた。


「死ね! 死ね! 死ねえぇぇぇぇぇ!!!!! アヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 そこら中に炎が燃え上がる。


『火事です、火事です――』


 火災報知器も作動し始めた。室内には煙が広がり、ほとんど周囲が見えなくなる。


「まずい……新木くん、消防にも連絡できる? ゴホッ、ゴホッ」


「平沢先生……大丈夫ですか!」


「私のことはいいから! 早く!」


「……!!」


 いつにもなく、真剣な平沢先生の声を聞いた。俺は消防署に緊急通報をする。


「この部屋はもうダメだ! みんな撤退するにゃ!」


 部長の言葉に従い、みな家庭科室を撤退する。


 煙だらけの視界の中、俺は美島先生が床に倒れ込んでいるのを見つけた。


「先生……大丈夫ですか?」


「きみ……中庭で会った……」


 美島先生は、虚ろな目で俺を見つめて来た。


「私のことはいいから……逃げて? このままじゃ……ゴホッゴホッ!」


「そんなこと、できるわけないじゃないですか……。みんなが……ずっとあなたの帰りを待ったんですよ!」


「……!」


 俺は美島先生の体を背負うと、そのまま歩き出す。油婆にやられたのだろう、破れたスカートから露出する太ももやお尻を完全に触ってしまってしまっているが、もはや気にしている場合じゃない。


「美島先生! どこだっ! どこにいるんだぁ!」


 池神の声が聞こえる。俺は苦しくなる息を吸って叫ぶ。


「美島先生はここにいる、無事だ! だから早くお前も逃げろ――陽平!」


 俺は無意識に、彼を名前で呼んでいた。


「……守! お前だったら安心だな。頼んだぞ……美島先生を、必ず無事に連れて帰ってくれ!」


 俺は美島先生を背負いながら、なんとか家庭科室の入り口にたどり着く。


「あああああ!!!! 死ね! 死ねぇええっ!!!」


 背後から包丁を持った油婆が接近してくる。まずい、そう思った瞬間――


「ゔあっ!」


 油婆の包丁がはじき返される。


「こっから先は、一歩も通させないから!」


 両手に調理器具を持った水無月さん立ち塞がる。


「守! 頼む、お前が……無事に美島先生を連れてここを出てくれ……!」


 さらに陽平、静原さんとエリナさんも俺をかばうように立ち塞がる。


「私が先導する……新木くん、ついて来て!」


 そして、さらに平沢先生が懐中電灯を手に俺の前に立つ。


 俺は彼女が示す光だけを頼りに、三島先生を背負って走り続けた。


 しかし――


「死ね! 死ね! 死ねえぇぇぇぇぇ!!!」


 一階までたどり着いたとき、ふいに油婆が包丁を振り回して目の前に現れた。


「うわあああぁぁ!」


 平沢先生は間一髪で回避する。


 まさか、もうみんなを突破して来たのか……そのまま油婆がこちらに近づいて来る、今度こそダメだ……そう思ったとき――


「うらぁぁぁぁぁあ!」


「……!!」


 油婆の包丁が粉々に砕け散る。俺の前には、両手で巨大なチェーンソーを持った鎌背が居た。


「鎌背……? なんで……」


「うっせぇよ。お前らがどうしようが俺は知ったこっちゃねぇ。ただ、美島先生だけは絶対連れて外に出やがれ!」


 そのとき俺は思い出した。探索中に水無月さんが言っていた言葉を。――鎌背のヤツ、絶対美島先生のこと好きだったと思う。


 鎌背……嫌なヤツだけど、今だけは互いの目的が一致してるってことだよな。美島先生を助ける……!


 俺は鎌背に背を向けると、再び歩き出した。


「平沢先生、大丈夫ですか!?」


「大丈夫……ちょっと腰抜けたけど。決めたんだから……今度は私が、あんたの荷物を半分背負うって!」


 そう言うと平沢先生は再び立ち上がり、懐中電灯で俺たちの道筋を示しながら走り始める。


 俺はその光を道しるべに、美島先生を連れてひたすらに走った――

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