第19話 クズ教師を追い詰めるための証拠を確実に作る。

 スパンッ――という激しい音が家庭科室内に響いた。


 油婆 実和子が目の前にいる女性……美島 心春の頬を思い切り引っぱたいたのだ。


「痛っ……!」


 頬をビンタされた心春は、泣きそうになるのをグッとこらえて叩かれた側の頬を手の平で押さえる。


 しかし、さらに油婆は追い打ちをかけるかのように心春の腹部を思い切り蹴りつける。


「うッ……!」


 椅子に座らせられていた心春は、そのまま床に倒れ込んでしまう。


「へばってんじゃねぇよ! 今日はまだ始まったばっかだろうが!」


 油婆は床に倒れ込んだ心春の顔を踏みつけ、ぐりぐりと爪先で刺激を与える。心底楽しそうに。


「なぁ、どんな気持ちだよ美島ぁ。担任の座を奪われて、お前が大好きな生徒も奪われて、私のおもちゃにされてさぁ。こうやって毎日毎日なすすべもなくいたぶられてさぁ……!」


「……っう、うぅ……!」


 心春が悔しそうな表情を浮かべれば浮かべるほど、油婆は愉快そうに口角を上げる。


「お前は何されたって逆らえないもんなぁ……教え子たちが大事だもんなぁ……。アヒャッ、アヒャッ……アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒ!!!」


 心の底から愉快そうに高笑いをしたあと、油婆は家庭科室のテーブルの引き出しからハサミを取り出すと、それを心春がはいているスカートの裾に近づけた。


「やっ、やめてっ……ください……これ以上破かれたらわたし、明日から着て来れるものないんです……」


「知らねぇぇよぉ! 黙ってろっつってんだろ!」


 スパン――と、またしても油婆が心春の頬を叩く。


「……っ……!」


「そうだよぉ、その目だよぉ。いいか、次この私を睨みつけて見ろぉ? こんどは誰を潰しちゃおっかなぁ~水無月 千尋かなぁ? それとも静原 凛香かなぁ? アヒャッ、あいつらさぁ、お前が学校に復帰した日、真っ先に会いに来てたもんなぁ」


「……やめて、ください」


「だったら大人しくこの私にいたぶられろ!! じゃなきゃ、今度こそ本当に潰しちゃうかもだからさぁ、お前の大事な教え子ってヤツ? アヒャッ、アヒャッ……」


 油婆は狂ったような笑みを浮かべ、無抵抗になってしまった心春のスカートにハサミを入れ始めた。


 #


「――っざっけんじゃねえぇよ!!!!!」


 家庭科室前に到着した途端、池上は今にも殴りかかりそうな勢いで怒りをあらわにした。


 しかし、そんな彼の口を信条先輩が塞ぐ。


「やめろ、今行ったら油婆は暴行を辞めるだろう。そうしたら何も証拠を残せず、今まで通りアイツの権力に潰される。そして、これからも美島先生は油婆から虐待を受け続けることになるんだぞ!」


「……くそっ、くそおおぉぉぉ!!」


 池神は今まで見たことのないほどに表情を歪め、涙を流していた。池神だけじゃない、ここにいる全員が表情を歪める。


 俺は拳を握りしめる。本当なら、今すぐにこの拳で油婆の顔面をぶん殴ってやりたい。


 信条先輩はカバンからビデオカメラを取り出すと、静かに家庭科室の扉を開けて中の様子を撮影し始めた。そして、こちらを振り返って室内には聞こえないように小さな声で言う。


「もし見たくなければ、ここから先は目も耳も塞いでろ。証拠の動画は、必ずボクがとらえる」


 もう、そこにはいつものお気楽な部長の姿はなかった。初めて見た、目を見開いた部長の瞳は、普段の糸目からは想像できないほど鋭くて……力強さに満ち溢れていた。


 結局、俺たちは誰一人としてその光景から目をそらさなかった。


 怒りを、憎しみを、嘆きを――すべて信条先輩のビデオカメラに託した。


 途中で信条先輩が振り向き、俺にアイコンタクトをする。


 俺はすぐにわかった。実は休日、新聞部に出向いて作戦会議をしたときに話していたのだ。警察を呼んでくれという合図だ。


 俺は警察に電話を掛ける。そして――


「よし、これだけ撮れれば充分だろう。新木くんが呼んでくれた警察も近々駆けつける。作戦は、最終フェイズに突入するにゃあ!」


 部長の言葉を合図に、俺たちは勢いよく家庭科室の扉を開いた。

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