第17話 嵐の前の静けさ。作戦前最後のみんなとの会話。

 土日をまたぎ、とうとう月曜日がやって来た。


 今日の夜、新聞部協力のもと油婆を倒すための作戦が行われる。決戦の日だ――


「麻里さん、行ってきます!」


 今日も俺が叔母の部屋に寄ると、彼女はいつもの肩も胸もお尻も太ももも丸出しのエッチな格好で見送ってくれた。


「あ、そうだ守。今日は帰り遅くなるんだろ? 飯作っといたからみんなで食べな」


 麻里さんから手渡された袋にはご飯だけでなく、揚げ物やサラダといったおかずもタッパにたくさん詰められていた。新聞部の部室にある冷蔵庫にでも入れさせてもらおうか……。


「麻里さん……いつも本当にありがとう」


「いいんだよ、好きでやってんだから。じゃあ気をつけてな」


 そう言うと麻里さんは背中を向けて、紫のポニーテールとホットパンツからはみ出るプリップリなお尻やムッチムチな太ももを揺らして玄関へと戻って行った。


 #

 

 最寄駅から電車に乗り込み、高校へ向かう。


 車両の中で水無月さん、静原さん、池神の3人と会い、合流した。


「今日の夜……なんだよね」


 水無月さんが、今日決戦が行われることを改めて噛み締めたように呟く。


「そうだな……今日で全部終わらせるんだ」


 池神の声には力が込められている。彼が油婆におとしめられてから、これまで抱え続けて来たしがらみとの決着の日でもあることだろう。


 そんな会話をしながら校舎にたどり着き、昇降口でそれぞれに靴をはき替えていたとき。ふいに服の裾をクイクイと引っ張られた。


「ん……静原さんどうしたの?」


「作戦の準備、新木くんに任せてばっかりでごめんね。今日は、わたしも頑張る……!」


 静原さんはぐっ、っと力を込めるように両手の拳を小さく握りしめる。


「うん、一緒に戦おう」


 #


「にゃ? 冷蔵庫? もちろん好きに使ってくれていいよー」


 休み時間、俺は麻里さんからもらった食べものを保存させてもらうため、新聞部の部室に向かった。


 グレーアッシュショートヘア語尾にゃ糸目ボクっ娘の信条 真琴部長は大抵部室に住み着いているらしい。


 休み時間でも普通に部室にいた。


 俺がお願いをすると、快く冷蔵庫を使っていいと言ってくれた。


「ありがとうございます! 部長もよかったら後で食べてください……それにしてもこの部室ってすごいですよね、冷蔵庫以外にも色々ありますし」


 部室には電子レンジや洗濯機なんてものまで置いてある。


「ふふっ、これでも昔はかなり人気のあった部活らしいからにゃ。今じゃボク1人だけど、先輩たちの頃はそうとう部員も居て、部費も集まってたらしいよ~」


 部長はいつもの糸目のはずなのに、どこかいつもと違う真剣な表情を浮かべて言葉を続ける。


「だからこそ終わらせるわけにはいかないんだ。最後に残されたボクが、新聞部を……」


「部長……」


 俺は彼女が仮面の奥に隠した、心の奥底の感情に初めて少しだけ触れた気がした。


 #


 昼休み。今日は水無月さん、静原さん、エリナさん、池神の4人と外にレジャーシートを敷いて昼食を食べている。


「おぉ~! これ、本当にアタシも食べていいのか……?」


 麻里さんが作ってくれた、みんなの分の揚げ物が入ったタッパをシートの上に置くと、エリナさんは瞳をキラキラと輝かせる。


「もちろん。叔母さんが、みんなで食べてくれって」


 エリナさんは家庭の事情があり、バイトをたくさん入れて一人暮らしをしているのだと聞いた。少しでも美味しいものを食べて幸せな気持ちになってくれたら嬉しい。


「マジか。新木、叔母さんお礼伝えといてくれ! んん~~! 美味! 美味すぎる……! ゴホッゴホッ!」


「ちょっ、エリナちゃん大丈夫!? そんな一気に食べなくても、誰も取ったりしないから」


 水無月さんがエリナさんの背中を優しくなでる。


 水無月さんを始めとしたメンバーみんなも、彼女のことは名前で呼ぶようになっていた。この前のグループ通話での作戦会議の前に、俺がエリナさんに提案したのだ。


 きっともうこの場所は、彼女にとっての居場所のひとつとなっていることだろう。


 #


 昼食後、飲み物が終わってしまったので午後の授業が始まる前にと自動販売機で飲み物を買っていたときのことだ。


「あれ、新木先輩じゃないっすか!」


 声をかけられて振り向くと、以前出前を届けてくれた池神の後輩の小宮 明里さんがいた。


「小宮さん、あのときぶりだね」


「っです!」


 初めて見た制服小宮さん……! というか、あのときは従業員用のものと思われる帽子をかぶってたから気付かなかったけど、髪赤かったのか。


 小宮さんはサラサラなショートカットの髪を赤く染めている。ボーイッシュな雰囲気で明るい彼女に似合っていた。


 それぞれに飲み物を買って別れると、俺はまた別の場所へと向かった。


「失礼しまーす」


「おっ、待ってたぞ新木 守」


 保健室に入ると、犬養 静流先生は黒のショートパンツから伸びる色白な長い脚を組み、デスクの前の椅子に腰かけていた。今日もいつもの丈の長い白衣を羽織っている。


「あれから、背中の調子はどうだ?」


 犬養先生は今日、この前体育の授業で俺が怪我したことを気にかけ、呼んでくれたのだった。


「かなりよくなりました。この前はありがとうございました」


「ふむ、それはよかった。だが、自分では大丈夫だと思っていても体はそうじゃないってこともある。体は……素直だからな」


 丸眼鏡をスチャっと指先で整えて、なんか熱いまなざしをこちらに向けてくる。


「と、いうことで、キミの体もそろそろ私に触られたがってるかもしれないな。さぁ、再診をはじめよう」


「えっ……?」


 その後、俺は犬養先生の白く細い指でありとあらゆる筋肉をことごとく触られた。


 #


 保健室を出て、教室に向かおうとしたとき。


 多量の荷物を両手で抱えて階段を登る、見覚えのある女性教師の後ろ姿を見つける。今日もパーカーにショートパンツというラフな格好で、ウェーブのかかったこげ茶色のミディアムヘアが歩くたびにひらひらと揺れている。


「先生、半分持ちますよ」


「えっ、……って新木君か。正直かなり助かるかも」


 平沢先生は俺が荷物を半分持つと、肩の力が抜けたように息を吐いた。


「はぁー、なんかホントにめんどくさい。教師の仕事も、周りの教師の顔色とかうかがうのも。めんどくせー」


「ちょっ、いきなりどうしたんですか?」


 いきなり肩の力抜け過ぎでは……!?


「私さー、めんどくさいことが一番嫌いなの。めんどーなことにならないなら、あとはどうでもいいっていうかさ」


 俺と同じテンポで階段を登りながら、平沢先生は話し始める。


「けど、ホントはそうじゃないかもって。ずっとそう自分を思い込ませて、自分を納得させてただけなのかもって思ったんだよね。どっかのまっすぐな転校生のせいでさ」


「えっ……」


 俺が聴き返そうとすると、平沢先生はすっと俺の手からプリントをすくいあげた。


「あとは私ひとりで持っていけるから、ありがとね……キミもさ、1人で荷物持ちきれないときは頼んなよ。今度は、私が半分背負ってやるんだから……!」


「平沢先生……」


 俺は教師じゃないからみんなの分のプリントを運ぶ機会なんてありませんよ……とか言おうとして辞めた。きっと彼女は言いたいのは、そんな事じゃないのだろう。


 今まで見たことのないような満足そうな表情を浮かべると、平沢先生はどこか肩の力が抜けたように荷物を抱えて教室に入って行った。


 #


 そして放課後――


「よし……全員そろったかにゃ。それじゃ、作戦を開始するよ」


 夜の部室に2人の男子生徒と4人の女子生徒、そして1人の女性教師が集まって――クズ教師への反撃が開始した。

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