第16話 クズ教師の前任、美島 心春先生と遭遇する。

 エリナさんと新聞部に話を聞きに行って、その夜メンバーのみんなにグループ通話を伝って情報を共有した。


 作戦決行は土日を挟んでの月曜日となった――


 土曜日の朝、俺はパソコンでテキストファイルを使い、油婆を倒す作戦の情報をひとまずまとめることにした。


・油婆は放課後、ほぼすべての生徒や生徒が学校を去ってからもなぜか学校に残っているらしい。


・放課後、忘れ物や夜間の活動で校舎に入った際に油婆が後輩の教師に対するいじめをしている光景を見たという噂が多数存在する。


・もしその噂が事実であれば、証拠を押さえれば警察に通報することができるかもしれない。


・新聞部は来週の月曜日から、夜間学校に残って校内新聞を制作するための申請をしており、新聞部に協力してもらって夜の学校に乗り込む。


「こんなものか……」


 新聞部の語尾にゃ糸目ボクっ娘部長から聞いた話と、昨日の夜にみんなで通話して立てた作戦を完結にまとめるとこんな感じだ。


 ちなみに新聞部は現在、あの部長しか部員がいないらしい。このままだと来年には廃部になるから部活存続のために精力的に活動しているのだとか。


 俺はまとめた文章をグループチャットに貼りつけて送信すると、椅子から立ち上がった。


「そろそろ行くか……」


 土曜日だが、今日も俺は学校に行くことになっている。新聞部の部長がじっくり作戦を練りたいとかで、新聞部で最後の作戦会議を行う。


 とはいっても、俺以外のメンバーはバイトなどの予定があってこれないため、俺がリーダーとしてひとりで参加することになってしまったのだ。


 高校にたどり着くと、まずは新聞部の部室に向かう。しかし扉を開こうとしても鍵がかかっているようだった。


 チャットアプリを見ると部長は少し遅れるとのことで、廊下に居ても暑いだけなので俺はとりあえず中庭に出て涼むことにした。


 中庭にはベンチが一つある。平日は倍率が高くて全然座れないスポットだが、今日は休日だし座れるだろうと考えて俺はそこに向かったのだが……。


 ひとりだけ、先客が居た――


 中庭の噴水があふれ出し、古そうな時計台がゴーン、ゴーン――と正午を告げる。


「あれ……」


 メジャブっていうんだっけ。デジャブの逆で、日常的に見ているはずの光景がまるで初めて見るかのように思える感覚。


 時間が止まり、この中庭だけ世界から切り取られたような。まるで一枚の絵画のような光景に、彼女はおさまっていた。


 色白な肌、腰のあたりまでゆるやかに伸びる黒髪のロングヘア。凛とした瞳の美人なのに、どこかほんわかと優しそうで。


 まるですべてを慈しむような眼差しでありながら、心の奥底で鬱々とした感情を燃え上がらせてる様な……。


 そんな彼女が瞳を瞬かせて、止まっていた時間が動き出す。


「あ……ごめんね。ここ、座りたかった?」


「え……?」


 俺は気が付くと、ベンチのすぐ近くまで歩いて来てしまっていたようだった。


「あっ、いや……すいません、ぼうっとしてて……!」


「うふふっ……」


 なんか笑われちゃった! 恥ずかしい……。。


「いいんだよ、わたしはもう、仕事に戻らなきゃだから……」


 そう言って彼女は立ち上がる。ワンピースの裾が彼女の動きに呼応するように揺れた。


 俺の知らない人だった。多分この高校の先生なのだろう……けど、一週間授業を受けてきて、一度も目にしたことがない。


「あの、先生? ……はいつも土曜日もここに来てるんですか?」


「そうだね……けど、わたしは今は先生じゃないから……。担任も降ろされちゃったし、授業も受け持ってない」


 どこか悲しそうにそう呟いてから、彼女は再び取り繕うように笑みを浮かべる。


 俺はその瞬間……なぜか急に水無月さんや静原さん、そして池神と話していたときのことを思い出した。彼らは言っていた、油婆は池神が1年の頃、油婆の前任の教師がいたのだと。


 その女性は、油婆とは真逆の優しく慈愛に満ち溢れた先生で……入院して担任を降ろされた。確かその先生の名前は――


「あっ、もう……雨降ってきちゃった」


 と、急に中庭が影に染まり、ぽつぽつと冷たい感覚が体に振りつける。真っ黒な雨雲が空を高速で移動していた。


「ほら、きみも早く校舎に入らないと、濡れちゃうよ?」


 そう言って彼女は俺の手を握ると、持っていたカバンで2人の頭を防ぐように持ち上げると歩き出す。


 俺たちは校舎に避難して、窓から外を眺めていた。


「雨、早くやむといいね……」


 中庭で出会ったその女性は、窓に手を伸ばしてそう呟く。まるで雨雲はこれからもずっと去ることなく、永遠に自分を覆い隠すのだろうと確信して憂いでいるかのように。


 ふとポケットのスマートフォンが鳴る。通知を開くと、新聞部の部長から学校に到着したとのメッセージが入っていた。


「すいません、呼ばれちゃったのでそろそろ行かないとで……。雨、やむと思いますよ」


 月曜の夜が明ければ必ず――


 そう心の中で付け加えて、俺はその女性――美島 心春先生の元を離れた。

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