第27話 花咲く笑顔のエピローグ

「――すまないが、それは無理だ」



 翌朝、俺はリンハルトが一人になるのを見計らって例の件――剣術や武術の師匠になってもらうことを提案した。

 が、断られてしまった。

 想定通りと言えばそうなのだが、やはり実際に断られるとなると堪えるものがある。



「私にはシュヴァリエ家の当主としてやらなければならないことが多い。 それを放棄して君の師になるのは無理なのだ」



 当然だ。

 ディアンの街とシュヴァリエ領は割と距離がある。

 そのため、俺がこちらに来ることも、リンハルトが俺を訪ねて来ることも難しい。あまり現実的でないことはわかっていた。だから、リンハルトの言うことはすんなりと受け入れられた。

 無理を言っている自覚はあるため、申し出を断られた以上大人しく引き下がるつもりだ。

 俺はリンハルトの部屋から出ようとして、扉に手をかける。



「だが、私の知人で良ければ紹介しよう。 ディアンの街にいる信頼……出来るヤツを」


「本当……ですか?!」



 多少の間が気にはなったが、それでも充分だ。

 俺の使うぎこちない敬語に笑みを零し、リンハルトは頷いて見せた。



「連絡を取ってみるが、返事がどうなるのかは保証出来ない。 あまり期待しないで待っていてくれ」



 その言葉を聞き届け、俺はリンハルトの部屋を後にした。何だか少しだけ軽い足取りで廊下を歩いていると、見慣れない栗色の髪の少女が目の前からやってきた。


 レティシアだ。


 レオンと二つ違いの兄妹であるため歳は十くらい。孤児院で俺に懐いていたメロウとちょうど同じくらいだろう。

 短く切られた髪は左右に少し跳ねており、羽のように見えなくもない。顔にはこれ以上ないほどの笑みを浮かべ、俺を見つけるなり駆け寄ってきた。



「お兄ちゃんからお話は伺っています。 テオドール様ですね?」


「そうだけど、様なんて付けなくていいよ」


「セシルさんと同じことを言うのですね。 それでは、テオドールさん」



 そう呼ばれ、なんとなく背筋を正した。

「ふふっ」と笑うレティシアの表情はレオンに全く似ていない。リンハルトとも違う。母親似なのだろうか。

 咳払いをひとつした後、レティシアは深々と頭を下げた。



「この度は私を救ってくださり本当にありがとうございます。 つきましては――」


「気にしないでいいよ。 俺はレオンのためにした事だし」


「それでも、テオドールさんとセシルさんが私を助けてくれたことには変わりません」



 十歳にしてはしっかりしている。

 つい先日まで茨に取りつかれ眠っていた少女とは似ても似つかない。不思議な感覚だった。

 レオンの話からは年相応の幼さを感じていたのだが、その印象は簡単に覆される。

 首を傾げたレティシアはどうやらこちらの様子を伺っているようだった。



「ま、まぁ、感謝されるのが嫌なわけじゃ――」


「おい、テオドール。 俺の妹に何デレデレしてやがる」



 背後から声をかけられ、振り向く間もなく俺の肩にレオンの腕がかけられる。

 表情はにこやかではあったが、取り繕ったような笑みは逆に不気味だった。



「違うっての。 レティシアちゃ――さんにお礼を言われたからさ」



 ちゃん付けなどしようものならどうなることやら。

 レオンのやつ、どれだけ妹を大切に思ってるんだ。



「まあテオドールさん、貴方のようなお方に敬称を付けられるだなんて気恥しいです。 どうぞ、気軽にお呼びになって」



 と、まるで俺とレオンをからかうように言い放ったレティシアを少し憎々しく思う。俺は今、レオンに命を握られているような状態だと言うのに、そこに追い打ちをかけるのか。

 この子は話で聞いていたよりもずっと賢い。なんというか、メロウを思い出させる。


 顔色が少しずつ悪くなっていく俺を面白く思ったのか、レティシアは笑い声を上げる。冗談だということが伝わらないのか、それとも単なる悪ノリなのか、レオンは俺の肩に回した腕を外そうとはしなかった。



「バカ二人、何してるのよ。 廊下で立ってたら邪魔でしょ」



 というセシルの救いの手がなければ俺はどうなっていたのか、それを思って少し震える。

 そんな思考を振り払うように頭を振る。視界の端で、レオンにくっついたレティシアが花のような笑みを、咲かせていた。

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