第25話 紅蓮
ジュリアの頭に乗り、花の魔人――夢喰の攻撃を避けつつ観察した結果、いくつかの情報が得られた。
――夢喰が主に扱う魔術についてだ。
〈花車〉
これは防御用の魔術。
夢喰の頭部と同じ色をした五枚の花弁を壁として攻撃を防ぐ魔術で、受け切れなくなると一枚ずつ花弁が散っていく。
一枚一枚はそこまで防御力が高いとは言えないが、防御の際に魔力を吸っているのか、一枚破壊する度にこちらの魔術の威力が弱くなる。
そして厄介なのが、本体の防御力も高いため、五枚全てを破壊したところで確実に倒せるという見込みは無い。
考えられる対策としては、威力が減衰することも見越して超高威力の魔術を打ち込むというゴリ押しが最もいいように思える。
俺が放つ火球一つで一枚壊せればよかったのだが、現実はそこまで甘くない。せいぜい火球二つから三つで一枚壊せる威力だ。
当然、もっと練り上げれば威力も上がるが、それには時間が必要になる。
練りながら回避すればいい。
と、当初は思っていたが、ここで問題となるのがもう一つの魔術。
〈花炎〉
これもまた厄介。
炎への耐性がある俺やジュリアでさえ油断ができない魔術だ。
肌に纏わりつくような粘液性の紫色の炎。ジュリアの硬い甲殻にさえ傷をつける代物で、回避が必須となる技だ。
花車を破るために魔術を練り、花炎の放射を避ける必要がある。
無論、回避には限度があるため時折花炎を受けなければならない時があるのだが、この炎は俺の魔術で相殺可能だ。
決して避けられないと判断した時にだけ相殺するために魔術を使うのだが、それをすると今度は花車を突破するだけの魔術がなくなってしまう。
非常にむず痒い。
どちらかに気を取られるとどちらかが疎かになる。
そこに、蔦での攻撃も加わる。花炎での攻撃は割と大雑把で、ジュリアに回避を任せることである程度避けることが可能なのだが、蔦は別だ。
これだけは数が多いため、ジュリアでは避け切れない。
「主様!」
「っ!」
――ゆっくり思考している暇はない。
花炎も蔦も全て油断できる攻撃など一つもない。今は回避と相殺に専念する。
打開策も練らなければならないが、今――そんな余裕は、ない。
「ジュリア! 俺のことは気にしなくていい、全力で避けろ!」
ジュリアは俺が振り落とされるのを気にしてか、あまり派手な動きは見せていない。
が、そんなことを気にしながら戦える相手ではないのだ。ここは例え俺が振り落とされたとしても、全力で動いてもらう。
迫る黒い蔦を寸でのところでジュリアは俺の言葉通り、体をうねらせて器用に避けていく。
蔦は俺にも伸びてくるためそれを回避するのは俺の役目だ。
動き回る足場の上にいながら、高速で迫る蔦を避けるのは至難の業ではあるが、ここは魔術と身体能力とを組み合わせて避けるしかない。
「――能力には自信があるんだよ……!」
体を逸らして一つ蔦を躱し、崩れた姿勢を狙って伸びてきたもう一つの蔦を視界に捉える。焦る必要はない、想定通りだ。
回避で崩れた姿勢を狙うのは定石とも言えるほど当然の策。
だからこそ、こちらにも考えがある。この土壇場でやることではないことは確かだ。だが、やるしかない。やらなければ、ならない。
未だ伸び続けていた最初の蔦に向け、炎を伸ばす。
――俺には技と呼べるものがない。
セシルやレオンに比べれば魔術を扱う技術が低い。そのため、単純に魔力を寄せ集めただけの火球を飛ばしたり、魔力を流して一帯を火の海に変えるという強引なことしか出来ない。
セシルのように自分だけの空間を作り上げ、敵の動きを感知して瞬時に凍らせたりすることも、レオンのように風を束にして回転を加えて槍を生み出すことも出来ない。
俺は、何も出来ないのだ。
だが、何も出来ないままなのは絶対に嫌だ。あの二人と並んで歩くためには、俺も技術を身に付けるしかない。
「掴め」
幸運なことに、夢喰の使った花炎が俺に気づきを与えた。
伸ばした炎は普段のものとは違い、粘り気のあるものだ。何かを燃やすための炎ではない。飲み込むための、炎。
「――〈紅蓮〉」
その炎はやがて大きな手の形を象り、黒々とした蔦を掴む。蔦を支えに、跳躍し迫っていたもう一つを軽々と飛び越える。
飛び越えるのと同時、炎の右腕は霧散する。
未だ、不完全。
けれど、一歩前進した。
「ありがとな、夢喰。 お前のお陰で俺はまだ強くなれる」
◆
夢喰は月を背にしたその姿を瞳に映す。
歪に揺れ動く炎の右腕。異質なほど巨大な腕と人間の体という不自然極まりないその人影を目にし、自身がここに来るきっかけとなった男へ感謝を募らせていた。
『覚醒者を集める、ですか』
『そうとも! 今後の戦いではオレ以外の覚醒者たちが絶対に必要になる!』
『それは、確かにそうかもしれません』
その男の姿は限りなく人に近い。
頭の形以外で見れば、夢喰も人間に近い姿をしているが、その男はある一点以外は人間と同じだった。
天に向かって伸びた大きな一つの角が額から生えてさえ、いなければその男を人間と言っても誰もわからないはずだった。
『火力で言えばやっぱり炎は最優先で確保したいよな。 あとはやっぱり風と水も――』
『土はいいのですか』
『いいよいいよ。 土は別に。 オレと相性悪いしさ』
男は舌を出し、嫌そうに瞳を細める。その時の夢喰は知る由もないが、後にその男が最初に見つけた覚醒者として夢喰に紹介したのは土の少女だった。
――頭を振り、夢喰は今しがた成長を見せたばかりの赤髪の少年に視線を向けた。
魔術の余韻があるのか、右腕に灯った炎が橙色に輝いていた。
降り注ぐ火の粉が夜桜のように美麗で、夢喰は感動のあまり感嘆の声を漏らした。
「おぉ……素晴らしい」
火、風、水、雷、土。
それぞれの系統において最強と呼べる力を持つ者が周期的に出現する。
力に目醒めた者たちとして、彼らを覚醒者と呼んでいるのだ。
覚醒者たちの特徴としては、常識離れした高い実力と魔力量。それに加え、それぞれの系統を象徴するような髪の色と瞳の色を持つ。
魔術において類稀なる才能を発揮し、無詠唱魔術や自身の力を増幅させるための結界術なども容易く扱える。
目の前にいる赤髪の彼――テオドールは十中八九、炎の覚醒者だ。
扱う魔術は火系統であり、髪色と瞳の色も真紅。それだけ見れば確実にそうだと断定してもいい。
が、夢喰には引っかかるものもあった。
夢喰の知っている限り、覚醒者とはその系統において一人のみ現れる。
水ならばセシル。
風ならばレオンハルト。
と言うように、一つの系統につき一人が原則だ。
――物事には例外もある。
そう思い直し、眼前で進化を遂げたテオドールを見やる。
まさに、怪物。
その言葉が相応しい。
魔人である夢喰から見ても、彼の魔力量はめをみはるものがある。
それが今、開花しようとしているのだ。
「素晴らしい。 素晴らしい!」
若き芽が開花する瞬間というのは、いつ見ても華やかで美しく、華麗で美麗。
数多の才能在りし者たちが夢喰の前に現れ、その才能の片鱗を開花させ、養分となった。
今しがた見せたテオドールの才能の片鱗に触れ、夢喰は当初の目的である覚醒者たちの確保から、蒐集へと切り替える。
彼を自身の物にしたい。
愛、復讐、殺戮。
彼らのように彼を自分の物に。
「テオドール! 君を、私のモノに――」
両手を高く上げ、高らかにそう叫んだ夢喰の右腕が――吹き飛んだ。
◆
「〈神風・龍穿〉」
二つの風の槍が顎の如く、夢喰の右腕を食いちぎった。
興奮気味に何かを叫んでいた夢喰だったが、自身の体の異変に気づくと、すぐに戦闘態勢へと戻った。
ヤツの視線はジュリアと俺の後方、青ざめた顔をしたレオンへと向いていた。
戸惑ったようにも見えるが、花弁でしかないその表情を読み取ることは叶わない。が、一泡吹かせたという気はしていた。
「俺を忘れて盛り上がんな……!」
肩で息をしながらも、レオンの顔には笑みが浮かんでいた。
「一気にケリ着けるぞ」
そう言って、レオンは再び風の槍を二つ作り出す。
俺もそれに合わせるべく、右腕に先程と同じ要領で炎を纏う。
想像しろ。
さっきのあの感覚だ。掴め、モノにしろ。今、この瞬間、俺は技術を身に付けるんだ。
「――〈紅蓮〉」
右腕に巨大な炎の塊が生まれる。
揺らいでいた炎は次第に手の形へと移ろいで行く。粘り気のある炎へと変化し、指先と同期して動かせるように魔力と自分の体とを繋いでいく。
手を握り、開く。
それと同じように、炎の右腕も動いた。
これでいい――
「わけ、ねえだろ……!」
風の槍は二つ。
ならば、俺もこの腕をもう一つ生やす。
この土壇場において新たに身に付けた魔術を、さらに磨き上げろ。
「ああぁぁああ――ッ!」
左腕を巨大な炎が包んでいく。
周囲に満ちた夜の暗闇を切り裂くような熱。
凝縮しろ、固めろ、想像しろ。
要領は同じだ。右腕を保ったままという点だけ違うが、出来るはずだ。
「行くぞ、テオドール、ジュリア」
「――ッ、ああ! 任せろ!」
不安定になる右腕と、未だ制御ができない左腕。
だが、レオンも夢喰も待ってなどくれない。俺の成長なんてものを待つなんて、そんな悠長なことが許される場面ではないのだ。
出来るか出来ないかじゃない。
やるんだ。
やれなきゃ、そこまで。
「さあ、全てを見せてくれ!」
「――〈神風・龍穿〉」
植物で出来た右腕を修復し終え、夢喰は放たれた二つの槍を防ぐために花車を二枚、展開した。
二つの風の槍は龍の顎のように形を作り、花車を噛み砕かんと暴風を纏って迫っていく。
が、それだけではあの防御は突破出来ない。
「〈紅蓮・纏〉」
全てを出し切れ。
瞬間的に爆発したように膨れ上がった左腕の炎が凝縮され、左腕に纏われていく。
怪物のように巨大な両腕を持ち上げ、合図を送るとジュリアが動き出す。
俺よりも少し先に出ていた風の槍に追いつくと、二つの炎の腕を持ち上げ、拳を握る。
「こじ開けてやるよ」
眼前に迫った花車に、風の槍が衝突する。それと同時、いくつかの花弁が散る。
薄緑色の閃光が迸り、火花を散らすが次第にその勢いは弱まっていく。
そこを、俺が殴る。
「燃えて、灰になれ――ッ!」
右腕だけでは砕けずとも、左腕がある。
それでもダメならまた右腕で。さらに左腕で――と、乱打を繰り返す。
「砕け散れッ!」
大きく振りかぶった右腕が、風の槍と共に花車を穿ち――その奥の夢喰を貫き、夜空に真紅の花を咲かせた。
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