蝕む茨と嗤う花
第13話 手紙
机の上に並べられた手紙に目を通す。もう何度目かはわからねェが、読み返さずにはいられない。
どうしようも無い焦燥感に駆られて学院の授業もロクに手につかねェ。
それも最近クソババアから届いた手紙が原因だった。
『レティシアの容態が悪化しています。 会ってあげてください』
どこまでも他人行儀なその文章に辟易としたが、書かれている内容は無視できないものだ。
「レティ……」
俺は小さく呟く。
こんな俺の事を兄と慕ってくれた妹の顔を思い浮かべる。そして、次の瞬間には得体の知れない病魔に侵された妹の姿へと――
「クソがッ」
強く叩き過ぎた机は砕け、レティからの手紙が舞い落ちた。
◆
レオンハルトの様子がおかしい。
セシルからそう言われなければ俺は気づくことさえなかった。
たしかに言われてみれば最近は俺とセシルと飯を食べることも少なくなっていた。何かと一緒にいたためなんだか少し寂しい気もして何度か声をかけたが無視されてしまった。
「なあレオン――」
薄汚れたような白っぽい石造りの廊下の奥、目立つ緑色の髪を普段のようにセットもせず無造作に目元まで垂らしたレオンの姿が見えた。
明らかに様子がおかしかった。
「レオン様、何かあったのでしょうか」
「そうっぽいな」
「主様の声も聞こえていないような感じでした」
ジュリアは通り過ぎて行ったレオンの背中を見つめていた。
やがて俺の耳元へと口を近づけ「後を追いますか」と尋ねてきたが、俺は首を横に振る。レオンのあの顔には見覚えがある。
あれはどこで見た顔だろう。歩きながら考え、俺は記憶の中から薄灰色の髪をした少女の姿を思い浮かべた。
――ノマ。
レオンのあの暗く淀んだ瞳はまだ孤児院に来たばかりのノマを想起させた。
つい数ヶ月前まで俺と一緒に遊び回っていたやつと同じ人間とは思えないほど暗い表情に瞳。何かがあったのには違いないが、それを聞くのはなんだか難しいように思えた。
そう思わせたのも、やはりノマの姿が過ぎったせきだろう。
◆
青と水色を基調とした可愛らしい色彩の部屋。部屋の中央に置かれた丸テーブルの上には色とりどりのお菓子が置かれている。
開け放たれた窓からは心地のいいそよ風が入っており、夏のはじまりを感じさせる匂いを部屋に満たしていた。
セシルの部屋までやってきた俺はいつも使わせてもらっている机の椅子に腰掛ける。
対するセシルは俺を部屋に招き入れるとすぐにお茶の用意を始めた。
「――そのノマっていう子を思い出させる目をしてた、と」
「ああ。 もしノマと同じ理由なら……」
「なら、何よ」
「俺たちが踏み込むべき問題なのかって思ってさ」
「踏み込むべきでしょ」
セシルは作り終えたお茶を丸テーブルの上に置くと、躊躇いもなく言い切って見せた。
近頃流行中という色とりどりの甘いお菓子フォークに刺し、ピシッとこちらに向ける。
「友達がそんな顔してるの、嫌じゃないの?」
「嫌だけどさ……」
ノマは孤児院の家族だったから、ミオン姉さんからその経緯を聞いた。同い年っていうのもあったし、何よりミオンさんが俺にノマを救って欲しいと願っていた。
レオンはたしかに友達だ。
友達だけど、いや、友達だからこそ、聞いていいのか悩んでしまう。向こうから相談してくれれば――
「なんて受け身な考えじゃ手遅れになるわよ」
「なんで……」
「なんでって、顔に書いてあるもの」
セシルの目から逃げるように俯く。
最近のセシルは心の内まで見透かしているかのように勘が鋭い。
「そ、そうか」
「テオもレオンが心配なんでしょ? 最近ずっと元気ないじゃない」
「そうかな」
「そうよ。 口数も少ないし、問題も起こさない」
問題を起こさなくなったのは単に俺とレオンが成長した証――いや、そもそも俺たちの方から進んで問題を起こしたことはない……少ないはずだ。
「テオとレオンはバカじゃないと何だか調子が狂うのよ」
呆れたように肩を竦めるセシル。その手は先程からずっと止まっておらず、皿の上に盛られていたお菓子も随分と数が減っていた。
人のことをバカと言うのもやめてくれよ、という意味を込めて俺は丸テーブルまで近づき、その上に置かれたお菓子に手を伸ばす。
一つ手に取ろうと思って伸ばしてみただけなのだが、叩かれてしまった。俺には食べさせられないようだ。
「――最近食べすぎで太ってきたんだってな?」
俺は手をさすりながら反撃の狼煙を上げる。
セシルはずっと動いていた手を止め、わなわなと肩が震えていく。
「は? 誰からそれを……!」
図星のようだ。
こいつ最近見かける度に何かを口にしている。いくら成長期だからと言っても食べ過ぎなのだ。
その証拠に――
「お前、最近肉ついてきたもんな」
「……赤バカ、よくも言ってくれたじゃないの」
セシルは近頃、胸元が少しずつ太ってきてるのだ。クラスメイトたちは何も言わないが視線が物語っている。
そう、『セシル最近太ってきたな』と。
俺は指さし笑いながら、セシルに向けて事実という名の武器を投げつける。
セシルの青い髪が溢れ出る魔力によって逆だっていく。冷気が満ちていく感覚に、俺はすぐさま席を立とうとしたのだが、時すでに遅し。
俺の足は椅子と一緒に氷漬けにされていた。
最近のセシルは水魔術よりもそれを応用させた氷魔術を好んで使う。攻撃面で言えば水魔術でも充分らしいが、防御となると氷魔術の方が勝手がいいという話だ。
だが、今セシルの周囲に浮かんでいるのはどう見ても防御に使うものじゃない。
絶対に生かして返さないという意志を反映させた鋭く尖った氷の刃。
ジュリアに救いを求めるが、そうだった連れてきていない。
「なァお前ら――」
「赤バカ死ねェェェェ!!!!」
間が悪く部屋に入ってきたレオンとともに、俺はセシルによって殺されかけたのだった。
◆
「――赤バカ、何やらかしたらあんなに怒らせるんだよ」
「最近太ってきたよなって」
「そりゃキレるわけだ」
目を瞑り、額に手を当てて息を吐くレオン。
「死ぬかと思った……ってかお前最近どうしたんだよ」
「あァ? 悩んで悩んで悩んだ末にお前らに言っておこうと思って、セシルの部屋まで行ったらコレだよ」
「そりゃ悪かった」
セシルから受けた傷は大きいものではなかったが、凍傷になる前にとジュリアによる治療を受けていた。
治療中、普段なら俺の事を守ってくれるジュリアだが、「もう少し乙女心というかなんと言うか」と諭されてしまった。
夏場にも関わらず寒さに歯根を震わせる男二人と、給仕服に身を包んだ背の高い仮面の女という組み合わせはどこにいてもきっとここが食堂でなくても悪目立ちしてしまうだろう。
俺たちは今食堂の噂の中心にいた。
「またアイツらよ」
「原色組の赤と緑だ」
「青に怒られたんだろ」
「メイドさんも大変よね」
周囲に視線を向けると、頼んでもないのに静まり返り、足早に食堂から出て行ってしまった。別に睨んだわけじゃない。寒さのせいで上手く表情が動かせないだけだ。
ただ逆にこれでレオンと話しやすくなった。
「……俺らに言おうとしたことって?」
セシルに
「あァ、妹のことだ」
「妹?」
「レティシアって妹がいるんだよ」
そのレティシアという妹はどうやら病気らしく、もう数年は眠ったままなのだと言う。悪化することは無かったのだが、良くなることも無かった。
だが、最近になってレティシアの容態が悪化したため実家に帰らなければならないのだという。
「帰ればいいじゃねえか」
「そう簡単に行かねェから悩んでんだろ」
そして、レオンは周囲を気にするように視線を動かし、誰も周りにいないことを確認する。それでも声を潜めて話し始めた。
「アイツの病気は俺のせいなんだよ」
垂れ落ちた長い前髪に隠れた緑色の瞳には罪の意識が込められているように感じられた。
「だから帰りにくいと」
「あァ。 ま、それだけじゃねェけどな。 いい機会だ、聞かせてやるよ」
そう言ってぽつりぽつりと、レオンはいつもの粗暴な雰囲気を潜めて語り出した。
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