第10話 迷宮へ

 魔術学院に入学し、はやくも3ヶ月が経過した。

 今現在テオドール、レオンハルト、セシルの名前は魔術学院の一年生の間では知らない者はいないほどになっていた。

 ある意味での成長と言っていいかもしれない。


 まあ、全部俺とレオンが問題を起こしているだけなのだが。

 いや違う。問題が勝手にやってくるだけだ。

 目立ちすぎだの、調子に乗ってるだの、セシルを解放してやれだのとそんな理由で訓練場に呼び出され、相手をしているうちに名前が知れ渡ったのだ。


 赤青緑の髪色を持つ俺たちは原色組――緑は違うだろうに――と呼ばれ、一部の生徒からは尊敬を、一部の生徒からは畏怖を集める存在となっていた。



「またテオドールの勝ちか」


「あの破壊力をどうにかしろって言う方が無理よ」



 退屈そうに頭の後ろで手を組み、髪の色と同じ緑色をした瞳を片方だけ開いたレオンと、呆れたように息を吐き、両肘を抱くようにして椅子にもたれかかるセシル。


 訓練場の外、廊下の壁に背を預けていた2人のもとへ駆け寄る。


 俺たちは入学式以来3人組として行動することが多い。実力的に俺たち3人が一番近く、互いに何度も模擬戦をしてきた。

 俺たちは3ヶ月前とは比べ成長した……はずだ。



「テオ、レオン、お腹空いたのだけど、はやく食べに行かない?」



 入学当初、凄まじく尖っていたセシルも今では少し丸くなり、控えめなお嬢様になっていた。それでも俺たち以外には以前とあまり変わらない態度だ。

 そのため、俺とレオンはセシルの付き人のような感じで見られることが多い。

 空よりも濃い青髪を背中に広げ、片手でそれをなびかせるようにして俺とレオンの間の少し先を歩く。

 遅れて俺とレオンが後を着いていく。



「そういやテオドール、お前また髪赤くなってきたな」


「そうなんだよな、どうよこれ。 最先端のオシャレにならね?」


「なんかまとまりなくて嫌い」



 赤茶と真紅が散り散りに生えてきていた。

 魔術を使う度に真紅の割合が増えているような気がするが、体に影響は無いため特になんの意味もないのだろう。成長期なのだ。



「セシル様よ……」


「今日も従者と一緒か……」


「あの従者さえいなければな」


「おいやめとけアイツらに勝てたやつなんていないんだからよ」



 食堂で噂しているのは主にセシルのことだ。

 若干11歳にしてセシルは一年生内においてお嬢様として君臨していた。セシルだけは俺たちと比べ、上級生にも多く名前が知れている。ロンド家のお嬢様として元々名前が知れていたこともあったのだろうが、誰も寄せ付けない強さと、その綺麗な顔立ちにも理由はあるのだろう。


 セシルは俺やレオンから見ても綺麗な顔立ちをしていると思える。だからこそ、セシルの両隣に俺とレオンがいるということを許せない連中が生まれてしまう。

 お近付きになりたいと思えるほど、セシルはお嬢様然としていた。家名があることから察するに、本当のお嬢様なのかもしれないが、セシルはその辺を語らない。そのため俺たちも深くは聞いていない。


 まあ、たしかに、セシルの性格を知らなければ見蕩れてしまう可能性もある……と認めざるを得ない。


 ノマやメロウが可愛いという言葉が似合うのであれば、セシルは綺麗という言葉が似合う。

 レオンは将来が楽しみだな、なんてことを言っていた。



「なあテオドールよォ」


「んだよ、レオン」


「研修先決めたか?」


「いや、決めてねえけど」



 昼食を適当に頼み、席に着くとレオンは待ってたかのように口を開いた。

 研修とは一年生たちに訪れるという最初の関門だ。

 魔術師として将来皆がどんな道を歩むことになるのかはわからない。ルクリールのように教師になる者や、研究者になる者もいれば戦争に出る者や冒険者として世界を旅する者もいる。

 魔術師と言えど、その未来は何も一つじゃない。

 今回の研修はその未来を掴むための第一歩とも言える。自分のやりたい道が自分に向いているのかを確かめるための研修だ。

 いざなりたいものになった時に何かが違うな、なんてことを防ぐ意味を持っている。



「セシルは?」



 レオンは隣に座っていたセシルにも尋ねる。



「研究ね」



 素っ気なくセシルが答えるとレオンは驚いた様子もなく「あァ」と口にした。



「俺もそれにしようかと悩んだぜ、けどよォ?」


「何が言いたいのよ、レオン」


「いやさ、俺たちは上級生を含めてもこの学院内でかなり高い実力がある」


「自分で言うかよ普通」


「事実だろうがよ」



 聞く人が聞けば舐めた言葉かもしれないが、事実としてレオンは上級生を何人も倒している。正直に言えば俺たちに勝てるのは俺たちくらいだという自覚もある。



「で、話の続きは?」


「俺たちの実力を国のために、世界のために使わねェのは勿体ないって考えたんだよ」


「研究だって国のため人のためになるじゃない」


「そうだけど、そうじゃねェ」


「めんどくさい、さっさと答えを言いなさいよ」


「この世界で起きてる戦争の原因――魔人族を殲滅する」


「は? 魔人族を?」



 魔人族。

 その言葉で薄灰色の髪をした家族――ノマの顔が一瞬過ぎる。

 すぐに頭を振り、レオンの言葉に耳を貸す。


 魔術学院に入ってから魔人族という単語は何度も耳にしてきた。

 魔術の祖にして人類の天敵。元は一人の人間から始まったとされる魔人族たちはこの世界の大陸を元々は自分たちのものだったと言い張り、領土を取り戻すための戦争を幾度となく仕掛けている。

 無論、そんな根拠もない言いがかりに、ただやられているだけではなく、やり返すこともできているが、近頃は魔人族側の勢いが増し、海を隔てた大陸の三割近くは魔人族の手に落ちたという。

 それに加え、こちらの大陸の西側の国々では今もまだ魔人族との戦争中だ。


 ――……ノマ、アイツも魔人族との戦争の被害者だ。もしも、俺が魔人族を滅ぼせたのなら、アイツの両親も少しは浮かばれるのだろうか。



「戦地に行きたいって言ってるのかしら?」



 一応、研修先として学院直下の傭兵団がある。

 剣士や魔術師、武闘家や研究者など様々な人達で構成された傭兵団で、必要とあらば戦争にも出る。



「違ェよ。 いきなり戦地に出て何か出来ると思えるほど舞い上がってねェ。 ――迷宮だ」


「迷宮?」


「あ? 習ってんだろ、授業で」


「そういう事じゃねえよ! なんで迷宮に行く必要があるんだよ。 お前の目的は魔人族の殲滅なんだろ?」



 レオンの言葉につい大声で反応してしまう。周囲に視線を向けると色んな人たちと目が合う。



「そうだ。 けどな、アイツらは今の俺たちが挑んで勝てるような連中じゃねェ。 だから少しでも戦闘経験を積んでおきたい」



 そう言ったレオンの表情はやけに真に迫っているように見えた。



「なら傭兵が一番いいじゃねえか」


「バカかよ。 俺らみたいなガキ連れて戦争行くバカが研修先に選ばれるわけねェだろ」


「それは――たしかに……」



 レオンはこれで意外と頭がいい。

 見た目は厳つく、鋭い目をしており怖がられることが多いがそんな印象とは反対に、普通の中身をしているのだ。意外なことに子どもに優しい。逆に子どもに冷たいのがセシルだ。



「迷宮ね。 ちょっと私も興味ある」


「ルクリールが担当教師だしよ、俺らに適任だろ」


「適任かどうかは知らないけど、体動かせる方がいいよな」


「だろ? ま、テオドールはそう言うと思ってたからよ、セシルが着いてくるかどうかが問題だったんだよな」


「そこよ。 別に私いなくてもいいじゃないの」


「あ? ダチと一緒の方が楽しいだろ」



 こういうところだ。俺がレオンのことを好きなのは。

 言葉遣いは荒いし、見た目も厳ついが仲間思いで優しいのがレオンハルトという人間なのだ。この3ヶ月間、こいつは俺やセシルを下に見てくる連中と言い争いになるということは多々あるが、それも俺たちを思ってのこと。多少やりすぎることはあるが……。



「友達……」



 ほんのりと頬を赤らめ、セシルはなんだか嬉しそうにそう零す。こいつもこいつで俺ら以外に友達と呼べる存在がいない。

 女友達を増やせとは思うのだが、こいつと気が合うやつはなかなかいないのだ。

 どこまでもお嬢様であるため俺やレオンのように多少乱暴な扱いができる方が案外いいのかもしれない。



「まあ、研修は2年生になってからもあるわけだし、今回は迷宮でもいいかもしれないわね」



 そんなこんなで、俺たちの研修先はルクリールが担当する迷宮攻略に決まった。



 ◆



 俺たちはくすんだ色のローブに身を包み、ぽっかりと口を開いた迷宮の入口に立っていた。

 研修対象生徒は一年生全員だ。そのうちの体感3割は迷宮に参加しているような気がする。

 今回、俺たちが攻略する迷宮はかなり浅いものだそうで、なんなら既に攻略済みのものだと言う。

 それでも魔獣は湧いて出てくるし、危険は常に付きまとう。俺たちのような迷宮初心者には持ってこいのものらしい。



「テオドール、レオンハルト、セシル。 君たち3名は大規模魔術の使用を禁じます」


「は?」


「なんでよ」


「あァ?」


「君たちの実力が高いのはこの場にいる皆が知っています」


「そうね」


「今回の迷宮は正直言って君たちには簡単に思えてしまうでしょう」


「そうなのか」


「それに加え、この迷宮は君たちの力に耐えられるような強い迷宮ではありません」


「迷宮が強いだァ?」



 そうしてルクリールは説明を始めた。

 迷宮とは生き物である。

 人間や魔人族などと同じ種族の名前と思って欲しいと。そして、迷宮は魔獣をその身に宿し、人間を捕食する生き物なのだと続けた。


 富や名声を餌に人間を釣り、食すことでより強く大きな迷宮に育つのだと。迷宮の中には何百年も人間や魔人族を喰らい、事実上攻略が不可能とされたものもあると言う。

 そんな迷宮を踏破し、中にある宝を持ち帰った者たちは攻略者と呼ばれ人々から尊敬と羨望を集めるのだとか。



「――要はこの迷宮は俺らより弱ェってことだな」


「そういう認識で問題ありません」


「なら私たちは3人1組じゃない方がいいんじゃないの」


「いえ、それでは管理がしにくいんです」


「管理?」


「この迷宮は僕の魔力で管理されています。 中に何人いるのか、どこにいるのか、何をしているのかまで全てわかります。 けれど、君たち3人がバラバラで動かれると他の皆さんの管理が疎かになる可能性があります」


「なるほどね――って、迷宮って管理できるものなの?」


「いえ、普通の人には無理でしょう」



 まあ……ルクリールは普通の人では無いな。

 確実に今の俺たち3人よりも遥かに強い。たぶん、束になっても勝てないのだろう。



「そういう訳なのでよろしくお願い致します」


「了解」


「わかったわ」


「あいよ」



 三者三葉の返事をして俺たちは迷宮へと足を踏み入れる。

 人生初の迷宮に俺は挑戦する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る