第8話 緑と青
星暦436年。春。
魔術学院に併設された寮に入寮した。
部屋の中は暖色の木材で作られたよくある造りのものだ。扉の正面にはガラス窓があり、その側には備え付けの机が置かれている。
衣装棚も充分な収納が可能であり、俺の持ってきた少ない服では埋め切ることは無理だった。
ぐるりと部屋を一望し、カバンを置く。
何も置かれていない部屋は孤独をより強く感じさせた。
首を横に振り、荷解きに移る。
カバンの中にいつの間にか入れられていたメロウが書いたと思われる俺とノマの絵を机の上に広げ、置いておく。あとで額縁でも買って飾ってやろう。
少なすぎる荷解きを終え、特に疲れるようなことはしていないのに俺はベッドに倒れ込んだ。
一人なのだ。
いつもなら視線を少し動かすだけでノマと嫌でも目が合っていたというのに、だ。
俺に割り当てられたのは一人部屋だ。
基本寮生は二人一組での部屋割りが普通だったが、俺や一部の生徒は優良生と呼ばれ、一人部屋が割り当てられる。シスターの推薦ということらしいのだが、あの人は本当に何者なのだろうか。
首だけを動かし横を向くと衣装棚の側に置かれていた姿見に映った自分と目が合う。
――なんか、髪赤くなってきたな。
光の加減だろうか。赤茶色の俺の髪が一部分だけ真紅に染まっていた。
もしかして、孤児院にいた時からだったのだろうか。全く気づかなかった。
「ま、いいか」
そう呟き、俺は部屋の外へ出た。
ディアン国立魔術学院。それが俺がこの春から通うことになる学院の名前だった。
周囲には学院の寮が並んでおり、ここらを歩いているのは全て学生、あるいは教師たちだった。
つまり、この中にはもしかすると俺のクラスメイトになるヤツらや担任となるヤツがいる可能性があるというわけだ。
そう思うと行き交う人を見る目も変わるというものだ。
「うわ、すげえ髪色のヤツ……」
俺の視線の先にいたのは黄緑一色の派手頭。
俺よりも少し背が高く、目付きの鋭い男だった。狼のような印象を与える野性的な顔立ちは同級生のようには見えないがどうなのだろう。
周囲の者を寄せ付けないこちらを見下す鋭い瞳。
魔術学院の制服に袖を通しているため関係者であることに違いない。
凶悪な目元をさらに鋭くさせ、自分を見てくる連中へ睨み返しているようだった。
あまり見すぎると目が合――
「あ?」
「あ?」
しまった。見すぎてしまったようだ。
あちらもあちらで俺のことを黙って見ている。
驚くことにツンと吊り上がった瞳の色も黄緑だ。
「んだ、テメェ」
「や、ごめん。 派手な髪だと思って」
「あ? これか? そんな珍しいかよッ、あァ? ていうか、お前に言われたかねェな……」
「充分珍しいだろそれ」
「そうか? まァ、言われて見りゃそうかもしれねェな」
背の高い強面の男は再度周囲に視線を向ける。今度は周りの人たちの髪に注目しているように見えた。すると、かきあげた前髪を気にするように指先で弄ぶ。
見た目と違い、案外話の出来るやつのように思えた。人を見た目で判断するのは最低な行いだ。
「テメェ、名前は?」
「テオドール。 お前は?」
「レオンハルトだ。 レオンでいいぜ」
「レオンか。 よろしくな」
「おうよ!」
こうして俺は黄緑色の派手頭――レオンハルトと友達になったのだ。
◆
星暦436年。春。
時間通りに起き、支給された制服に袖を通す。孤児院で向かえる朝とは違い賑やかさがない。物足りなさからか脳が完全に覚醒している感じがしない。
モヤがかかったような重たい頭で学院までの直線を歩いた。
俺と同じ新入生であろう生徒たちは既に仲のいい友達を見つけたようで、何人かずつで登校している人が大半だった。
「はあ……」
ため息を漏らさずにはいられなかった。
教室にたどり着いた俺はその机の少なさに驚き、思わずクラスを示す数字が書かれたプレートを二度見した。
魔術学院の入口前には見たこともないほどの数の人が詰め込まれていたというのに、この教室に並べられた机の数は10個程度だった。
広さの割に机が少ない。だからと言って教室内に物が多いなどということもない。殺風景な教室の風景に初日から嫌気がさしてしまう。
今までいた場所が人だらけの孤児院だったせいもあってか、やけに寂れた光景だと思ってしまった。
既に席に着いている者もいたが、当然俺の知っている顔はない。
「――……」
「あ?」
「いえ、なんでもないわ」
濃い青色の髪と青い瞳。無表情な冷たい顔のまま、その女は視線を教壇の方へ向ける。
席は自由に座っていいようだった。俺は窓際の誰も座っていない机の椅子を引き、腰掛ける。その瞬間。
「お、テオドールじゃねェか!」
緊張感の漂った重苦しい空気を切り裂いていくようによく通る大きな声が走る。
驚いて振り向くと、そこには先日知り合ったばかりの男――レオンハルトが立っていた。ハタハタと手を振り、大股で俺の机の側までやってくるとすぐ後ろに座った。
「レオン! お前もこのクラスなのか!」
「はー、奇遇だな! こんなこともあんだなおい!」
幸先がいい。
たった10人くらいのクラスメイトとどうなるのか、という不安は一瞬にして吹き飛んだ。
たったすこし話をしただけだったとしても名前と顔のわかるやつがいるというのは安心する。
「お前も優良生だったとはな!」
「そういうレオンこそ、まさか一緒になるとは思ってもなかったな」
「いや〜安心したぜ。 知らんやつばかりだとつまんねェからな」
レオンと雑談していると、次第に席が埋まっていく。やがて、黒縁のメガネをかけた男が教壇に立つと自分が担任だと名乗った。
特段特徴のない男だった。唯一特徴と言えそうなのは何の感情もなさそうな顔立ちくらいだろうか。
名前はたしかルクリールと言ったはずだ。
今日からよろしくと言った彼はそれぞれに自己紹介を促し、廊下側の生徒から教壇に立たせ、話させた。
「セシル・ロンド。 得意魔術は水。 嫌いなのはうるさい人たち」
青い髪と青い瞳の女。俺が教室に入ってきた時に俺を見てきたやつだ。
セシルと名乗ったそいつはキツく細めた瞳で俺とレオンを見やると小さく舌を打ち、席に戻った。
穏やかじゃない。俺の後ろに座ったレオンもアイツが気に食わないのだろう、「なんなんだよアイツ」と悪態をついている。
俺とレオンを含め、クラスメイトたちの紹介が終わると、ルクリールという担任の男は足早に教室を出て、着いてきてくださいとだけ告げた。
まだ慣れていないというのに、ルクリールはそんなこと関係がないように一人で先を行ってしまう。
そんな不親切に、また俺とレオンが悪態をついていると、背後から冷たい声が投げかけられた。
「ここは子供が遊びに来る場所じゃないの」
やけに大人ぶった少女だと思った。
感覚的にはメロウに近いものを感じるが、少し違う。メロウは時折大人っぽい一面を見せるだけで、普通の子供だが、こいつは普通の子供が大人っぽく振舞おうとしているように見えるのだ。
青髪の女――たしか名前はセシル。
「んだよ、テメェ」
「邪魔よ、赤バカと緑バカ」
「赤バカと」
「緑バカだぁ?」
「そうよ」
初対面でいきなりバカ呼ばわりとはやってくれる。
いくら孤児院でノマやミオン姉さんにバカと呼ばれ慣れているからと言って、許せるものではない。
こいつ、どうしてくれようか。
「ふ」と俺は鼻を鳴らし、足元を2回叩く。
「あれ?」
「どうしたんだよ」
「い、いや……」
おかしい。ジュリアからの反応がない。
――しまった。この校舎、下が土じゃない。そうか、建物の中だとジュリアは呼び出せない。
くそ、そんな基本的なことを忘れていたなんて。
見てろよ、青髪――いや、青バカ。お前が外に出た時、その時がお前の最後だ。
「君たち、はやく来てください。 主役なのだから」
「っ、すみません。 今行きます」
「はっ、怒られてやんの」
「アナタもでしょう緑バカ」
「初日から喧嘩腰なのはよくないと思うよ、青バカ」
「アナタ、今なんて?」
「さあな、青バカ。 行こうぜレオン」
「いいなそれ。 じゃあな青バカ」
そうしてセシル――もとい青バカの怒りの声も無視して俺とレオンはルクリールが立つ扉の前へとやってきた。
「訓練場」
レオンが壁に貼り付けられた教室の名を読み上げる。
中はとても広い空間になっていた。天井は高く、奥行もある。クラスメイトたちが点々としているが、それでもまだまだ余裕はある。
ルクリールが戻ってきたことを確認すると、散らばっていたクラスメイトたちは皆整列し、ルクリールの前に並んだ。いつの間にかそこには青バカの姿もあった。
これ以上小言を言われる前にと俺とレオンもアイツとは離れた位置に並ぶ。
「ここにいる皆さんの中から一番を決めてもらいます」
「一番を」
「決めるだァ?」
「君たち息ピッタリですね。 先生は嬉しいです」
いくらも感情が込められていない表情でそんなことを言えるやつがいるだなんて思いもしなかった。
ルクリールは無表情のまま先頭にいた2人を指摘し、前へと立たせる。少し距離を置かせ、互いに向き合うように指示をすると一言「始め」とだけ言った。
何を始めるのかと困惑している2人に対してルクリールは見限るように首を振った。
その言葉の意味を理解していたのはきっと俺とレオン、そして青バカだけだったように思える。
「では、テオドール君とセシル君前へ」
その反応の差は前で見ているルクリールが一番わかっていたのだろう、俺と青バカが次に名を呼ばれた。
「俺じゃねェのかよッ!」と叫び散らかすレオンに「君は特別枠です」と言い聞かせ落ち着かせるルクリール。俺はレオンに対して不敵に笑いかけるとレオンもやってやれと言わんばかりに笑い返してきた。
「早速、こんな機会が得られるなんてね」
「ああ、俺も思ってなかった」
「私をバカ呼ばわりしたこと後悔させてあげるわ」
「知らねえのか? バカって言う方がバカなんだぜ」
「何をガキみたいなことを」
「ガキはどっちか教えてやるよ」
「私をバカにするのもいい加減にしなさいよ。 死なないとわかんないのかしら」
「子どもの扱いは慣れてるんでな」
挑発するように俺は言い放ち、青バカの怒りを突く。
青バカのはち切れんばかりに膨れ上がった怒りの塊は、ルクリールの小さな「始め」という声を皮切りに弾け飛んだ。
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