第6話 流れる日々

 片付けは思いのほかすぐに終わった。

 というのもメロウが全てを終わらせてくれた。

 俺がやらかした失敗を妹に押し付けるというのは心苦しいものがあったが、メロウのおかげで森は元通りに戻った。

 そう、元通りになったのだ。



「これでいい?」


「いいも何も――」



 ミオン姉さんは開いた口が塞がらない様子で、驚いたまま固まって動かなくなった。えっへんと腰に手を当て、満足そうに鼻を鳴らすメロウとえらく対照的で、なんだかとても面白い光景だった。


 メロウの魔術は俺とは正反対のものだった。

 俺が破壊させる力なら、メロウは修復させる力。それも、規格外の力だ。

 あの焼け爛れ、荒廃した大地を元通り――いや、それ以上に戻して見せたのだ。


 草木は生い茂り、可憐な花々や蝶が舞う肥沃な大地へと。



「――――」


「ノマちゃんも固まっちゃった」


「そりゃそうなる」


「テオ兄さまは驚かないの?」


「驚いてるさ。 まさかここまで才能があるとは思ってもなかったよ」


「才能だなんて。 テオ兄さまの方がずっと上ですわ」



 たまに、メロウはやけに大人びた表情を見せることがある。目を細め、にっと口元を緩めたメロウはなんだか少し、歳上に見えた。



 ◆



 星歴435年。夏。

 見える景色が大きく変わった。精神的にも、肉体的にも。

 リオン兄ほど身長が高い訳じゃないけど、それでもあと少しで届く……はずだ。

 この頃、リオン兄やドロア姉のことが頭をよぎる。あの2人もこんな気持ちだったのだろうかと。



「テオ、何カッコつけてんの」


「カッコつけてるわけじゃねえよ!」



 窓辺に座り、日に当たりながら考え事をしていただけじゃないか。それなのに、ノマのやつ。なんだその目は。やめろやめろ。

 ふ、と言って鼻で笑うとノマは洗濯物を抱えて水場へと消えた。


 くそ、なんか腹立つな。


 俺は足元に視線を落とし、口元に悪い笑みを浮かべると、ノマの後をつけることにした。

 ふふふ、ノマよ。俺をバカにしたお前が悪いのだ。


 訂正しておこう。

 俺は精神的に成長はしてなかったし、見えている景色もあの時のままだった。



「行くぞ、ジュリア」



 そう呟くとどこかからかシュルルと声がした。


 ノマの背後はあまりにも無防備なものだった。

 灰色の長い髪を高く結び、洗い物の邪魔にならないよう服の袖を捲りあげる。

 長く伸びた首筋が目に入る。汗ばんだ肌に張り付いた服に視線を奪われる。

 無理やり視線を剥がし、行き場なく動かしていると、白く、細い水に濡れた腕に吸い込まれた。なんだか少し、そう少しだけ……なんかこう――



「ジュ、ジュリア……なんだよ……」



 足元を見るとジュリアが噛み付いていた。小さな痛みが右足に広がる。いつもの甘噛みじゃない、割と本気噛みだ。

 俺はジュリアを地面に潜らせると、再び息を潜めた。ノマはまだ気づく気配がない。当然だ、俺はこの数年間で特訓を詰んだのだ。

 イタズラの、ではない。魔術及び戦闘のだ。


 2年前、あの侵入者事件及び孤児院周辺焼け野原事件の日。帰ってきたシスターに信じられないほど叱られはしたが、その日から俺はシスターを師匠として特訓をし始めたのだ。

 シスターは俺が小さい時からババアだったのだが、その動きは決してババアとは思えなかった。

 なぜシスターなのか不思議でならない。



「さあ、ジュリア。 準備はいいか」



 おかしい、返事がない。

 足元を何度叩いても応答がない。こんなことは初めてだ。何かあったのだろうか。

 なんて、ジュリアのことを心配したことが災いした。そう、ノマが俺に気づいてしまったのだ。


 突然、全身に痛みが走る。

 いや、違う。冷たいのだ。これは、水だ。洗い物で溜められていた水を思い切りかけられた。くそ、ノマめ。

 それにしてもよく気がついたなと濡れた前髪をかき上げてようやく気づく。



「――っ、ジュリア! 裏切ったのか!」


「何、裏切ったって。 大袈裟すぎ」


「バ、バカな……! ジュリアが、俺を……? そんなはず……」


「何よこれ。 バカの演劇に付き合ってる暇ないんだけど。 暇なら手伝えバカドール」



 シュルルとこちらを嘲笑うかのように鳴いてみせるジュリア。普段は無機質で感情のない瞳のはずだというのに、この時ばかりは静かな怒りの炎が見えた。

 いつの間に、ノマに懐いてしまったというのだ。あんなに嫌ってたやつに懐くなんて、どうかしてるぞ、ジュリア。


 いや待て、ノマは今もジュリアに対して苦手意識を持っているように見える。

 現に、ノマはジュリアと距離をとるようにゆっくりと離れている。つまりこれは、ジュリアの独断による裏切り。



「そうだったな、ジュリア。 俺とお前、長い付き合いだが、喧嘩はしたこと無かったよな」



 冷や汗の浮かんだ額を拭い、俺は口元に笑みを浮かべる。



「ねえ、バカ。 はやく手伝えバカ」



 俺は握りしめた拳に力を込める。

 火力の調整はシスターとの特訓で身についた。今なら周辺を焼け野原にすることもないし、ジュリアを殺してしまうこともない。思う存分、やり合える。

 対するジュリアは体の8割近くを地中に埋めている。全くもって本気では無いことが伺えるが、油断はできない。

 あいつの強さ、速度は俺が1番知っている。だから先手必勝。先に動いた方が勝つ。



「悪いな、ジュリア――ッ!」



 握った拳に魔力を流し、炎を纏わせる。そしてこれを、一気に放出。一点に集めた俺の魔力を放出させるこの技は殺傷能力の高い攻撃のひとつ。

 つまり、最高の硬度を持つジュリアの甲殻と言えど、一溜りも――



「無傷かよ!」


「ねえ、危ないからやめてバカ。 はやく手伝えバカ」



 傷一つ付いていないジュリアの甲殻には驚かされたが、俺はすぐに続く一手のために動いていた。

 ジュリアの懐に潜り込み、直接その体に触れる。先程炎に包まれていたはずだというのに、その甲殻は冷たく、まるで何も効いていないかのように硬い。

 我ながら誇らしいよ。だけどな、主人には勝てないということをその身に刻――


 魔力を集める刹那、俺は何故か宙を舞っていた。

 どこかから聞こえてくる「テオ兄さま!」という悲鳴と、ノマの呆れたようなため息。そして、ジュリアの勝ち誇ったような鳴き声を最後に俺は気を失った。



 ◆



「強すぎるだろ、お前!」



 俺は激怒した。

 確実に悪いのは俺だと言うのに逆ギレも甚だしい。

 ジュリアの一撃によって宙を舞った俺は飛び出してきたメロウの手によって治癒された。

 心配そうに覗き込むメロウとは対照的に冷ややかな視線を浴びせるノマと、未だ勝ち誇り続けているジュリアがそこにはいた。



「テオ兄さま大丈夫?」


「痛いけど大丈夫だ。 で、ジュリア。 どういう了見だ」



 ふいっとそっぽを向くジュリア。こんなことは今まで一度もなかった。ジュリアが俺に逆らうなど。



「バカ、はやく手伝えバカ。 手伝わないなら帰れバカ」


「バカバカうるせえ!」


「メロウ、このバカ連れて戻ってて。 私まだ洗濯物終わってないから」


「私も手伝う」


「え、あ……ありがとう」



 俺を無視して2人は会話を続ける。

 なるほど、俺のことは眼中にもないのか。珍しくメロウも俺を無視している。

 相変わらず兄さま兄さまと言って慕ってくれるメロウだが、心変わりがあったのだろうか、めずらしくノマと2人で洗濯を始めてしまった。

 残された俺はジュリア睨みつけ、ため息をつく。



「強すぎるだろ、お前……」



 体の2割だけであの強さなら全部出ていたら絶対勝てない。俺が吹き飛ばされた攻撃は捉えることもできなかった。例えまぐれで避けれたとしても、あの硬い甲殻を突破できる攻撃は全力を出さない限り無理だろう。

 全力勝負だったとしても、果たして勝てるかどうか。

 随分と末恐ろしい存在に育ってくれたものだ。育て主である俺も鼻が高いよ。裏切らなければもっと高かったのにな。



 ◆



「で、何か用があるの? メロウ」


「用なんて……用がなければ一緒にいちゃダメ?」


「そういうことじゃないけど」



 私はこの子――メロウのことが少し苦手だ。

 白綿のように真っ白な髪に全てを見通しているかのような真紅の瞳。幼くありながら、時折見せる大人びた表情は妖しく、艶やかでなんだか不気味に思えた。

 それに加え、この子はテオに懐いている――いや、執着している。その執着ぶりは狂気じみたものへと最近では変わってきている。



「私、テオ兄さまのことを愛しているの」


「愛し――って、メロウ。 大袈裟に言いすぎ」



 唐突に、メロウはそう言い切った。

 燃え滾る炎のような瞳孔が揺れ、反射した私が引きつった笑みを貼り付けていた。

 思えば昔からテオにべったりだった。確かに、なんとなくメロウはテオのことが好きなんだなというのはわかっていたけれど、愛と言われるとなんだかそれは少し違うように感じられた。

 愛の形を否定するつもりはどこにもないけれど、この子の持っている感情はどうも愛とはかけ離れた何かのように思える。

 狂気じみた愛情。偏愛とでも言うのだろうか。メロウはこの孤児院でテオ以外の人に興味が無い。

 シスターもミオンさんも、そして私も。メロウにとっては等しく無価値で、テオだけが唯一の存在。

 一応、次点でジュリアがいるようだった。

 私はこの子が――



「怖い?」


「っ――、何のこと?」


「ジュリアちゃんのことだよ?」


「あ、ああ……ジュリアね。 うん、怖い、かな」


「ジュリアちゃん可愛いよ?」


「可愛い……ね、そうだね」



 私の頭に思い浮かぶのは数多くの足を動かしたジュリアの姿だった。やっぱり想像だけでも鳥肌が立つ。

 たしかに、最初の頃よりは拒絶感は薄れてきているけれど、それでも根源的な恐怖心と言うか、そういうものは拭い切れない。

 それでも最近は少しだけ慣れてきた。彼女――と言うべきなのだろうか――が言葉を発することが出来るようになってからは無機質な虫ではなく、言葉の通じる虫になった。

 けど、あの見た目だけはどうにかして欲しい。


 洗濯を一通り終えた私たちは孤児院へと戻る。食堂で一人、背を丸めて小さくなっているテオを見つけると、メロウは弾かれたように走り出し、テオに抱きついた。

 私たちももう10歳。もうすぐ、こことはお別れになってしまう。

 そうなったとき、彼女は大丈夫だろうか。泣き喚く彼女の姿が瞼の裏に思い浮かぶ。


 そう言えば、テオは自分の道を決めたのだろうか。



 ◆



 星歴435年。夏。



「な、なあ、ノマ……」


「何?」



 ノマと俺は相変わらず同室だ。

 ノマがまだ来たばかりの頃、塞ぎ込んでいたこいつが少しでもここに馴染めるようにとシスターとミオン姉さんが手配したものだが、今もなおそれは続いていた。

 机に向かって本を読んでいたノマに声をかけたのはなんとなくなんかじゃない。大事な話をしようと思ったからだ。

 だけど、上手く言葉が出てこない。

 視線を下に落とし、床の模様に従うように視線を動かしながら俺は続く言葉を探していた。どうして緊張しているのだろう。ただノマに報告するだけじゃないか。


 ――俺はディアンの街にある魔術学院に入学することが決まったのだと。



「え、何? ずっと黙って。 壊れた?」


「壊れてねえよ!」


「じゃあ何?」


「い、いや……えっと……なんでもない」



 あれ、どうして上手く伝えられないんだろう。

 ベッドに座り込んだ俺は膝の上で拳を握り、不気味な焦燥を感じ取り、布団へと潜り込んだ。こんなに詰まるようなことなんかじゃないはずなのに。

 そういや、まだミオン姉さんにも伝えられてないや。

 このことを知っているのはシスターだけ。そのシスターからは自分で伝えろと言われている。その時は軽く考えていたが、実際そんなに簡単な問題じゃなかった。


 次の春、俺はここを去る。それを口にすることがこんなにも恐ろしいことだなんて、思いもしなかった。



「ねえ、テオ」


「……なんだよ」


「私さ、学校に行こうと思うんだ」


「――ディアンの街のか!?」



 まさか、ノマも同じところに行くのだろうか。なんだ、それなら緊張することないじゃないか。また春からもノマとは一緒にいられる。そうだ、俺たちは家族なんだから、離れることは――



「違うよ。 ここからちょっと離れた街にね、シスターの知り合いがやってる学校があるんだって」


「……そっか、そうだよな」



 頭を何かで揺さぶられたように視界が揺れる。本人の口から直接言われると、直面し難い現実が逃げ道を塞ぐように立ち塞がる。水の中にでもいるのかと思えてしまうほどに息が苦しい。

 今、俺はどんな顔をしているのだろう。



「ねえ、テオ」


「な、なんだよ」


「よかったら、テオも一緒に行く?」


「――ぁ、や、ごめん……俺は……」


「っ、そうだよね」


「お、俺さ、ディアンの街にある魔術学院に行くんだ」



 ようやく、その言葉が口から出てきた。

 口にした途端、それは俺の両肩に重くのしかかる。身動きを封じるように布団に押し込まれていくような感覚。

 シーツを掴み、思い切り息を吸う。吸えども吸えども息は苦しい。



「そっ……か。 そうだよね。 わかってた、いつか、こんな日が来ることくらい」



 リオン兄もドロア姉もこんな気持ちだったのだろうか。

 こんな気持ちを持ちながらも、2人は最後に笑っていたのだろうか。

 俺はどうやら2人のように強くはないみたいだ。別れというものを強く意識すると指先が震える。

 俺はこんなに弱かったのか。



 ◆



 その日の夜はあまり眠れなかった。

 なんとなく、私とテオはこのまま一緒なのかなと漠然と考えていただけに、テオから伝えられた言葉は私を動揺させるのに充分だった。

 一緒の学校に行こうと言えば、きっと着いてきてくれると思っていた。


 甘かった。


 現実は思い通りにならないことを私は一番よく知っていたはずなのに、甘えてしまった。

 ねぇ、テオ。テオも寂しいんだよね。そうだよね。

 肩越しに見る彼の背は丸まっていて、なんだかいつもより小さく見える。テオも眠れないのだろうか、時折ため息のようなものが聞こえてくる。


 そっか、春からは一人なのか。


 そう思うと急に、胸が締め付けられるように痛み出した。



 ◆



 星暦435年。秋。

 季節というのは容赦なく牙を剥く。どれだけ拒んでも嘲笑うように時間は過ぎていく。

 それに伴い、シスターによる特訓は激しさを増していく。



「魔術に頼りっぱなしかい!」


「っ、うるせえ!」



 シスターの歳がいくつなのかは知らないけど、ババアであることに違いは無い。だというのに、シスターは俺よりも機敏に動く。

 魔術だけで言えば俺の方が圧倒的に強い。が、それ以外は俺の方が圧倒的に弱い。


 シスターの動きは目で追い切れない。攻撃を受ける直前になってようやく気づく程度だ。

 今もどうして俺が地面を転がっているのかよくわからない。遅れてやってきた左脇腹の痛みによって、蹴られたことを自覚する。



「――んの、クソババア!」



 俺は地面に手のひらを付け、魔力を流し込む。あの時の応用だ。この場を荒野にしない程度に魔術を抑え込み、炎の大地を作り出す。

 俺を中心に、触れれば一瞬にして炭になる大地を生み出した俺は傷を癒すために集中する。

 痛みには到底慣れる気配がない。脇腹を蹴られれば吐き気がするし、顔を蹴られれば意識が飛ぶ。そうしてやってくる痛みを考えると、俺の動きを鈍らせる。


 そんな鈍った思考で考える。

 シスターの動きを捉えることが難しい以上、攻撃を避けることはほぼ不可能に近い。

 が、それは捉えられない攻撃であるからだ。

 ならば捉えられる攻撃であればいい。


 わざと隙を作り、そこへの攻撃を誘う。


 それが出来ればどれだけいいことか。

 思いつけたとしても誘い方がわからない。仮にわかっていたとしてもシスターに見抜かれるような動きをすれば意味をなさない。

 考えろ。考えろ。考えろ。



「長い間考え込んでんじゃないよ!」



 背中、少し上の角度から蹴りが飛んでくる。

 なるほど、炎の大地に触れないように飛び上がって攻撃したのか。

 なら、誘い方はこれでいい。

 攻撃も空中からに絞れる。

 あとは、対応できるかどうかだ。


 自問する。

 あの攻撃を避けられるか。


 無理だ。捉えることもできない。


 なら、どうする。

 避けるのが不可能だとすると、受けるのか。それも難しい話だろう。


 続く攻撃があることへの焦りから思考が狭まっていく。次の衝撃はどこから、どこにやってくるというのだ。

 周囲に視線を巡らせる。予測しろ、考えろ、頭を働かせろ。お前は魔術しか使えないのか。



「クソババア!」



 反転、シスターババアはやはり俺の後ろにいた。

 思い返せばシスターの攻撃は常に俺の背面方向からだ。隙だらけだと教えたいのか、実力差を認識させたいのかはわからないが、常に俺の背中側からの攻撃。それに気づけたのなら、対処は容易い――



「燃え尽きろ――ッ!」



 炎を纏わせた拳でシスターの顔面を――



「容赦ないったらありゃしないよ全く」



 砕くはずだった俺の拳は空を切り、勢いよく地面へと突き刺さった。

 火山のように大地から炎が吹き出す光景を見ることもせず、俺は振り向いた。避けられたのだ。あのババア、どれだけ速く動けるのだろうか。今まで全力で戦ってなかったのか。



「だあああ! 勝てる気がしねえ!」


「当たり前だよ。 バカに負けてたまるかいってんだよ」


「何食ったらそんなに強くなれんだ?」


「はっ、カミサマへの感謝の気持ちよ」



 シスターは微塵もそんなこと思っていないふうに、吐き捨てるようにそう言った。



「ほら、戻りな。 ノマが心配してるよ」



 ふと視線を孤児院の方に向けるとノマがタオルを用意して待っていた。



「おつかれさま」


「いつもありがとな」


「惜しかったじゃん」


「なんも。 クソババアにいいようにされてただけだろ」


「私には2人の動きが全くわかんなかったよ。 最後のテオの魔術が綺麗だったことくらいしかわかんない」


「綺麗か?」


「綺麗だったよ。 火山みたいで」


「火山は別に綺麗と言われるものじゃないだろ」



 美的感覚どうなってんだよこいつ。



「テオ兄さまあ」


「うおっ、いたのかメロウ」


「酷い。 ずっと見てたのに、気づいていなかった?」



 気づいているとも。

 文字通りずっと見られているのだから。


 近頃、メロウは大人しくなった。いや、大人になったのだ。俺とノマがいなくなれば自然とメロウが年長者になる。その自覚が生まれだしたのだろう。

 話し方も少しばかり大人のようになり、振る舞いもお姉さんぶるようになった。



「ノマちゃん、タオル貸して」


「いいけど、なんで」


「えいっ。 わっ、テオ兄さまがワンちゃんみたい!」


「おい、やめろ! メロウ! やめろって!」



 タオルを受け取ったメロウにより、俺はぐしゃぐしゃと頭をタオルで拭かれる。

 汗ばんだ肌に濡れたタオルが染み渡る。悔しいが気持ちいいじゃないか。くそ。



「テオ兄さま、テオ兄さま」


「なんだよ」


「私、別に寂しくないよ」


「……なんだよ、急に」


「なんでもなーい」



 と、笑いながらメロウは走り去っていった。なんだか本当によくわからないやつだ。


 呆気に取られていたノマに視線を戻し、感謝を伝えるとノマは何かを言いたげに視線を動かしていた。

 ようやく口を動かしたかと思えば、その声は酷く小さく、風に吹かれてどこかへと消えてしまった。

 こちらに伝わっていないことがわかったのだろう、どこか悔しそうに唇を噛むとノマは持っていたもう一枚のタオルを俺に投げつけると走り去ってしまった。



「アンタが悪い」


「は? 俺じゃねえだろ」


「アンタしかいないだろう」



 他にいるだろ。ほら、風とか。

 なあ、ジュリア。


 地面に向けて視線を落としてみるがいつものような返事はなかった。


 そうして時は残酷にも過ぎていく。

 星暦436年の春。俺とノマの巣立ちの時がやってきた。

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