第5話 初めての戦闘

 待って。待って。待って待って待って待って待って待って――――



 聞いてた話と違う!

 まだ覚醒もしてない子供なんじゃないの?!

 アイツ、ボクに嘘をつきやがった!この化け物のことも何も言ってないし、こんなに強いなんて知らなかった!

 ボクはただ炎の覚醒者候補に少し話をして着いてきてもらおうとしただけなのに!

 アイツの言うことなんて聞くんじゃなかった!帰ったら絶対にぶっ飛ばす!


 だから、やるしかない!



「っ、なかなかやるじゃねえか」


「今の避ける、ふつう!?」



 気持ちの悪い虫に乗っかったまま駆け回る炎の覚醒者候補――長いからホノオと呼ぼう。

 ホノオは縦横無尽に木々の間を駆け回り、時折ボクへと炎の球を飛ばしてくる。その際、口元に注目する。


 ――やっぱり無詠唱だ。

 つまり、ホノオは覚醒者である可能性が高い。そして問題は本当にアイツの言う通り覚醒していないのかというところだ。

 ボクの見立てでは既に覚醒していると思われる強さをしている。現に、ボクが押されている。

 たしかに地の利は向こうにあるし、あの虫に好き放題やられている現状、ボクが向こうよりも有利に立ち回れることは無いだろう。

 けど、ホノオは恐らく戦闘は初。そこに付け入る隙がある。


 ボクはなるべく足を動かさないように根を貼り、土の棘を伸ばす。

 絶対に近寄らせてはいけない。ホノオの実力を充分に推し量れていない今、簡単に距離を詰められるのは愚策。

 それに、あの虫を至近距離で見たくない!



「いつまでも避けられると思うなよ……」



 虫の方には何回か攻撃が当たっているけれど、まるで効いている気がしない。硬すぎる甲殻に守られているせいで、ボクの土の棘じゃあ貫通させることは出来ない。

 けど、ホノオはそうじゃないだろう。

 だから、狙うべきはホノオただ一人。ただ、間違えても殺しちゃダメだ。それだとボクがここまでやってきた意味がなくなってしまう。


 ホノオを無力化した後、この虫を……この虫を……虫を……どうしたらいいんだ!?


 くそ、だけどやるしかない。

 隙を見せてみろ。絶対にボクがお前を倒してやる!



 ◆



 なかなか動かないヤツだ。

 自分の足元に土の壁を作っている。時間が経つに連れて大きくなっている気がするが、何を考えているのだろうか。

 ジュリアの体の約半分近くを露出させたおかげで俺の今の速度はヤツには追えていない。

 木々の影を飛び回るようにヤツの周囲を動き回る。背後に回る度に火球を撃ち込んでみるが、器用に土壁を作り防いでみせる。


 卓越した技術だ。

 同じように魔術を使える者として、ヤツの実力が決して低くは無いことを感じ取る。

 ジュリアが仕掛けた魔獣用の罠にかかるような間抜けなやつだと思っていたが、ただの間抜けではないらしい。



「でも、そろそろ決着つけないとな」



 ちらと横目で孤児院を見る。

 いい加減終わらせなければ。

 俺は白い髪の少女の顔を思い浮かべた。


 メロウ。


 一年前にシスターが連れてきた真っ白な少女。

 曰く、天才だという。

 確かにその通りだ。孤児院にある書物を余すことなく読み尽くし、俺と同じように魔術も使える。

 そのせいか、酷く懐かれてしまった。夜、俺がこうしてジュリアと孤児院周辺を見て回っているのも、メロウは知っている。

 そして、今この瞬間も観ているのだろう。


 妹に観られているのだ、兄がカッコつけずにどうする。



「っ! 軌道が!」



 ヤツの周りで円を描くように飛び回っていた俺とジュリアが急に点となって迫ってくるのだ、ヤツは一瞬判断を鈍らせ、行動が遅れた。

 遅れた動きで俺とジュリアを捉えられる訳もないだろう。



「なっ――」



 ヤツの反応は完全に間に合っていなかった。

 が、攻撃は防がれた。

 ヤツの体に触れる刹那、足元に作られていた土壁が恐ろしい速さで身を守ったのだ。

 そこだけが少し小高い丘のようになっていた。全身を囲むように作られた土の要塞。

 ジュリアの牙も、俺の火球も通さない。少しだけ火力を上げてみるが外壁が少し崩れるだけで特に壊れるような様子はなかった。


 近くに行くか?

 いや危険だ。先程の土壁、そして最初の土の棘もヤツが意識的に魔術を使ったとは思えない。

 何かを起点にして自動的に魔術が使われるように細工をしているのだ。でなければ説明が付かない。

 同じように何かが仕掛けられていても不思議では無いのだ。



「どうした? 閉じ篭もっても何にもならねえぞ」



 揺さぶりをかける。

 でも、どうする。揺さぶろうにも俺はコイツのことを知らない。情報が何一つないのだ。



「攻め込んできておいて自分の殻に閉じ篭もるとはおめでたいヤツだな。 負けを認めるのも賢い手段だと思うんだけどな」



 反応はない。

 聞こえていないのか?

 ……少し強引だが、火力を上げるしかないのか。万が一、引火した場合は範囲水魔術で鎮火させる。


 よし、想定はバッチリだ。

 いける。



「熱さで死にそうになったら叫べよ」



 熱を上げろ。

 両手で地面に触れ、自身の魔力を流していく。俺自身も初めてやることだから、加減が出来ないかもしれない。

 もしかすると、侵入者を殺してしまうことだって考えられる。殺したくはない。だから、限界が来て叫び声が聞こえたら救出する。


 さらに熱を上げていけ。

 まだだ、もっと、もっと、もっと――!


 俺を中心として地面が少しずつ赤く染まっていく。

 土の色と炎の色とが混ざり合い、赤黒い大地は次第に赤さを増し、橙色から白色へと変わっていく。

 グツグツとまるで沸騰した水のような音も聞こえてくる。いつの間にかジュリアの姿は無くなっていた。

 助かるよ。これで心置き無く火力を上げられる。


 周囲の木々が一瞬にして燃え盛る。その隣、さらに隣へと炎が燃え移っていく。

 さあ、もっと、上げていくぞ。



 ◆



 聞いてない。

 あんなの規格外じゃないか。

 もう知らない。ボクは任務よりもボクの命の方が大事だ。

 あんなの耐えられるわけが無いじゃないか。


 森を抜け、ボクは件の孤児院を背に敗走していた。

 無理だ。あんな化け物たちを相手に勝てるわけが無い。思えばそう、一対二だ。それに加え、地の利は向こうにある。勝てる道理がどこにある。



「ちゃんと作動してくれて助かった……」



 ボクの作り出した魔術弾に目を落とす。こいつは様々な状況に応じて使い分けることが出来る。

 時には敵に投げつけ爆弾代わりに。時には壁に投げつけ爆弾代わりに。時には――そう、嫌な相手目掛けて爆弾代わりに……ってあれ?


 違う違う。

 用途は何も爆弾だけじゃない。

 最初の土の棘も、間一髪だった攻撃から守ってくれた土壁を作り出したのもこいつ。ボクが開発した魔術弾のおかげなのだ。

 天才!ボク、天才!


 そうでも言って自分を慰めておかないと、気を保てなかった。

 だけど――



「だああああ! もう! 絶対、ぜーったい! ぶっ飛ばしてやる!」



 ボクにデタラメを教えてきたあの憎い野郎のことが頭に思い浮かび、叫ばなきゃやってられなかった。



 ◆



「テオ兄さま、もう大丈夫?」


「メロウ、ちゃんと寝ないと大きくなれないって言ってるだろ」


「テオ兄さまは寝なくても大きくなれるの?」


「俺も寝るよ。 さ、ほら戻ろ」



 周囲の鎮火を済ませ、ヤツの逃走を確認した俺はいつの間にかやって来ていたメロウを少しだけ叱りつけ、その手を引いて孤児院へと戻った。

 俺の火魔術は周囲一帯を焼け野原へと変えた。ヤツを囲んでいた土壁も土塊へと変貌を遂げ、少し触るだけで容易に崩れた。

 そうして顕になったその中にあったのは、地中奥深くへと伸びた穴だった。

 なるほどな。初めから逃げの一手だった訳だ。ヤツの術中に嵌められ、俺はまんまと逃げる時間を与えただけに過ぎない。

 結局、俺はヤツの顔も目的も何もわからずだ。ただ周囲を焼け野原に変えただけ。


 事実上の敗北だろう。

 侵入を許し、捕まえることも出来ず、逃がす。



「テオ兄さまは悪くないの」


「……ありがとな、メロウ」



 そう言って俺はメロウの柔らかな真白の髪を撫でた。



 ◆



 星暦四百三十三年。春。



「テオドール!」



 近年稀に見る怒声が響いた。

 あまりの怒りっぷりに関係ないのに涙している子たちを集め、孤児院の中に戻った。

 朝、私の目に飛び込んできたのはいつもと全く違う景色だった。あの時の――お父さんとお母さんがいなくなってしまった時に見た景色に酷似していて、胸が締め付けられた。

 ぎゅっと胸元を掴み、大きく息を吸う。

 孤児院にやってきてもう結構時間が経った。だけど、あの日の光景が褪せることは一度もなかった。

 目を閉じると否が応でも見えてくるのは、あの日クローゼットの隙間から見ていたお父さんとお母さんの最期。そして、二人を殺した魔人族。


 暗い室内の中で光る四つの瞳が私の方を見た。

 口元に薄い笑みを浮かべると、お母さんをその場に投げ捨て、アイツは見せつけるようにお父さんも投げ捨てた。

 アイツは私に気がついていた。それでいて私に二人を見せつけ、私を逃がした。

 その意図は何?


 ――考えるまでもない。私を絶望に叩き落としたかったのだ。

 あの目はそういう目だ。



「ノマ姉ちゃん……?」


「――ぁ、ごめん。 ちょっと考え事してた」



 今回、孤児院近くを焼け野原にした犯人はテオだった。今回ばかりはイタズラの範囲を超えている。最近、少し大人になったなと思っていたらこれだ。

 ディアンの街まで出ていたシスターに手紙を出し、至急こちらに戻ってくるようにまで伝えることになった。


 外の光景と、ミオンさんの怒声に肩を震わせている子たちの頭を撫でる。しがみついてきたその軽い体を抱き上げ、ゆっくりと背中を撫でていくと、次第に震えは収まった。

 視界の隅に見えたのはメロウだ。

 置物のように静かにしていた彼女だったけれど、まるで何かに弾かれたかのように走り出した。



「メロウ!」


「テオ兄さま……!」


「こんな時にまで……」



 メロウはテオに懐いている。少し度を超えた懐き具合と言っても過言ではないだろう。

 夜中、眠れないからとテオのベッドに入ってみたり。体が洗えないという理由で水浴びを手伝わせたり。ご飯が食べられないと言って食べさせてもらったりとやりたい放題、甘えたい放題だ。

 テオもテオで強く言わないからメロウがわがままになっていくのだ。ちゃんと言わないと、と一度言ったことがあるけれど、誰かに迷惑かけてるわけじゃないからと一蹴された。

 こういう時は空気を読める子だと思っていたけれど、メロウは私の静止の声も聞かずにテオとミオンさんのいる部屋へと飛び込んだ。

 後を追っていた私も止まりきれず部屋に入ってしまう。



「テオ兄さまは悪くないの! 悪いのは全部あの土の人なの!」


「メロウ? どうしたの、急に叫んだりして」



 普段、テオ以外の前ではあまり感情を表に出さないメロウの悲鳴のような叫びを聞き、私もミオンさんも何かを察した。


 ミオンさんは奥のソファに腰掛け、テオとメロウを横並びに、そして私はその場にいたからという理由でミオンさんの隣に座らせてもらった。

 重苦しい空気が私の肩にのしかかる。それはどうもテオも同じなようで、普段の元気はどこかへと消え、反省一色のように思えた。

 初めて見るテオの姿に戸惑いながらも、私はその隣にいるメロウへと視線を移した。



「それで、メロウ。 テオドールが悪くないって言うのと、その土の人って?」


「昨日ここにね――」


「いいよ、メロウ。 俺が話す」



 そうしてテオは昨夜の出来事を語ってくれた。

 普段から孤児院の周辺を警備していること。昨夜は初めて侵入者を捕らえたこと。そこで侵入者と戦闘になったこと。

 そして、



「あの惨状は俺がやった。 結局侵入者には逃げられたし、顔も見ていない。 どうしてここに来たのかも、何もわからない」


「テオ兄さまが戦ってなければ、どうなってたかわからないから……だから、だから……」



 いつになく必死なメロウを見て、私もミオンさんもそれが真実なのだということを理解する。

 そうしてテオへと視線を向けると居心地が悪そうに目を伏せていた。



「皆を不安にさせたくなかった」


「だからって、あれをちょっと間違えたでは済まされないでしょうに……」



 最初、テオはあの焼け野原の真実を隠そうとしていたみたいだった。正体不明、目的不明。そんな侵入者を取り逃したと言えば不安を植え付けることになる。

 それは避けたかったということを言っていた。



「まったく。 そういうのは大人に任せなさい。 責任感が生まれてるのはいいことだけど、一人で何でも背負い込むことは責任感とは言えないわよ」


「ごめんなさい」


「テオ兄さまを叱らないで。 わ、私も知ってたけど黙ってたし、テオ兄さまを怒るなら、私も――」


「そうね。 テオドールをこれ以上責めても仕方ないわ。 だからこの話はここでおしまい。 さ、ほら後片付けをするわよ」


「え、片付け?」



 思わず私は聞いてしまった。

 どの片付けをするのだろう。

 まさか、あれを?


 窓の外に目を向ける。朽ちた木々や、焼けて穴だらけになった大地。今やかつてあった自然の見る影もなく、荒野が広がっているのみ。

 それを、片付け?

 首を傾げていた私を見てミオンさんが笑う。



「そうよ。 あのままじゃ生活なんてできないでしょ」



 途方もない作業が待ち受けているのだとわかると、なんだか先に疲れがやってきた。

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