第22話:魔法少女
*
如月は今SCP-X1751-JP-A収容室の扉の前に立っている。
普段であればSCP-X1751-JP-Aに用事がある時は併設された対話用スペースを使用するのだが、今回は収容室に直で入室しようとしている。
如月はこれまで幾度となくSCP-X1751-JP-Aとの交渉を行ってきた、だがそれは全て財団による指示で行ったもので、如月自身の意志ではない。
今回は財団の指示によるものではなく、如月が初めて自分の意思でSCP-X1751-JP-Aと交渉をしようとしている、対面による交渉はSCP-X1751-JP-Aの能力に直に晒される、つまり自身が消失させられるリスクを孕んだ危険な行為ではあるが、これは如月の覚悟と誠意の表れのようだ。SCP-X1751-JP-Aにとってはその交渉内容が財団の指示であろうと如月の意思によるものであろうと特に区別はしないであろうが、少なくとも如月自身はそうするべきだと考えていた。
SCP-X1751-JP-A収容室の扉は二重の隔壁になっている。如月は自身のIDカードを扉横にあるスロットに差し込み、まず一つ目の扉を開錠する、如月が隔壁間のスペースに足を踏み入れると即座に隔壁が閉じられる。そして如月は大きく深呼吸し精神を落ち着かせ二つ目の扉を開錠し収容室に足を踏み入れた。
そこには魔法少女のような恰好をしたSCP-X1751-JP-Aがまるで如月が訪れるのを予見していたかのように何かの格闘技のような構えをとり満面の笑みを見せ待機していた。
仮にもオブジェクトクラス:Euclidのアノマリーが格闘技のような構え、つまり臨戦態勢で財団職員を待ち構えていることは非常事態であり、即座に収容違反の警報を鳴らし警戒にあたる必要があるが、如月は眉一つ動かさず冷静にこう問いかけた。
「何ですか? その恰好は」
背後で二つ目の隔壁が閉じられる音がプシューっと収容室内に響く。
「初代プニキュア・ホワイトの衣装じゃな」
違う、そうじゃない。
「その衣装はどこから調達したのですか? 魔法ですか?」
魔法少女だけに、と付け加えようとしたが我慢した。
「いや、差し入れじゃ。似合うとるか?」
如月はその言葉を聞くや否や、人型実体収容室標準設備であるクローゼットに駆け寄りその戸を勢い良く開く、そこには、はち切れんばかりのコスプレ衣装が収納されていた。中には女児……いや女児型人型実体に着せるには大分きわどい衣装も含まれていた。
如月は今のSCP-X1751-JP-Aの姿を確認した瞬間、真っ先に"ミーム汚染"を疑った、だがこれは……財団職員の中にSCP-X1751-JP-Aにコスプレをさせて喜んでいる者がいる。如月は激怒した。必ず、この淫虐暴戻たる変態を除かねばならぬと決意した。
「して如月 華よ、一体何用じゃ?」
そうだった、SCP-X1751-JP-Aのコスプレ姿に気を取られ肝心な要件を忘れてしまう所だったと如月は我に返った。
ひとまず如月は目の前のプニキュアをテーブルに着席させ、自身もその対面に着席した。
「如月 華、何故向こうの対話スペースを使わん? わらわは今この瞬間にでもお主を消滅させることが出来るぞ?」
如月はやはり表情をピクリとも変えることなく毅然としてこう答える。
「そんなことをしてあなたに何かメリットはありますか?」
「……ないな」
如月は自身の発言が挑発的内容であることを踏まえいささか緊張したが、見た目だけは少女の、コスプレ姿にだいぶペースを乱された。
「今日はあなたに折り入って頼み事があります」
SCP-X1751-JP-Aは少し合点がいったという表情を見せ――
「ふむ、それは如月 華、お主自身の頼みじゃな? 対話スペースを使わないのは……お主なりの誠意の表れか、相変わらず律儀なやつじゃ……」
如月はSCP-X1751-JP内世界調査作戦の資料をSCP-X1751-JP-Aに手渡し、こう切り出した。
「先日、財団はSCP-X1751-JP内世界へ調査団を派遣しましたが、ダンジョン第四層突入後に消息を絶ちました」
SCP-X1751-JP-Aは渡された資料をぺらぺらとめくり視線を資料に落としたまま如月に返答する。その右手は完全に元通りの状態に再生されていた。
「ほう、第五層を抜けたか……ふむふむ、調査団に魔法使いが二名混じっておるな」
おそらく矢部と楠を指していると思われる。
「こちらの世界の希薄な魔力でそれなりの魔法を発現できる者は相当魔力の扱いに長けた者であろう、あちらの世界ではそれこそ異世界チート無双が出来るぞ」
SCP-X1751-JP-Aはケラケラと笑いながら、テーブルの引き出しから一冊の本を取り出しテーブルの上に置く、テーブルに置かれた本のタイトルは『俺の些細な超能力が異世界では最強の魔法スキルだったんだが。』今流行りのライトノベルだ。
「笑い事ではありません、現に第五層では死傷者が出ています」
「それはすまんの……、だが生き残った十三……いや十二名か、この中にこの魔法使いらは含まれているんじゃろ? 第四層の魔物ごときで……」
SCP-X1751-JP-Aの言葉が一瞬止まりかけたがすぐにこう続ける。
「……巨竜を怒らせたか?」
「……巨竜とは?」
「第四層の主じゃな、あれは四層……いやあのダンジョンの中でも格段に強い魔物じゃが……滅多に人を襲ったりはしない奴じゃ、それこそ攻撃を仕掛けられでもしない限り暴れるようなことはないんじゃが……」
「調査団には極力戦闘は回避するように指示してあります、未知のアニマリーに攻撃を仕掛けることはない筈です」
「で、あれば通信機器を何らかの要因で失っただけであろう、この調査団の編成であればそのまま地上へ到達したものと考えられるが、わらわに何をさせたいんじゃ?」
「……通信用アンテナは予備も含めてコンテナに搭載していました、コンテナには武器弾薬も搭載されています。もしコンテナを喪失していたと仮定すると……帰還が困難になります」
SCP-X1751-JP-Aは目を丸くしながら大げさな様子で――
「わらわに迎えに行けと? 既に地上に到達したとみられる調査団をか! 無理じゃ、わらわは第六層から出られぬと申したであろう」
如月は持参した資料の中から一枚をテーブルに置き、指でなぞりながらSCP-X1751-JP-Aに問いかける。
「クラウスの証言によれば封印はあなたにのみ効力を発揮するとあります」
SCP-X1751-JP-Aはテーブルに置かれたクラウスとD-1564の対話資料に目を落とす。
「クラウスを使うつもりか? ……アレ、わりと危険な悪魔じゃぞ?」
わかっている、クラウスはSCP-X1751-JP-Bを二十数体もこちらの世界に送り込んできたやつだ、第五層で見たSCP-X1751-JP-Bはまさに脅威だった、幸いこちらの世界では魔法を使うことが出来ず機動部隊に殲滅されたが、本来のSCP-X1751-JP-Bの力を想定して送り込んでいたのであれば相当危険な悪魔だ。だが、クラウス自体はこちらの世界に来ていない、証言が確かであればそれはSCP-X1751-JP-Aの命令を受けているからだ。
「クラウスはあなたの命令には忠実である印象を受けました」
「確かにクラウスにはこちらの人間が来たら協力してやるよう言いつけてはおったが……お主が思ってる程あやつは従順な男ではないぞ。正直、調査団に案内役まで付けてやったことに驚いておるくらいじゃ」
「……」
如月は無言でSCP-X1751-JP-Aを見つめる。
「お主、正気か? いくらクラウスでも地上に出てしまったと思われる人間の捜索など至難の業じゃぞ? 仮に見つかったとしてあの男が帰還の手助けまでしてやるとは到底思えん……」
「クラウスはD-1564との対話時にもあなたの席を用意し、あくまであなたの従者である姿勢を崩しませんでした。あなたがSCP-X1751-JP内に戻り――」
「嫌じゃ」
SCP-X1751-JP-Aが食い気味に拒否の態度を示す。
「……あなたがこの世界に来た目的、それはもう既に達成していますね? この世界にもう用はない筈です」
「目的? 単純に興味があったと申したであろう」
「あなたとの交渉、対話を繰り返している間に違和感を感じました。まずあなたは最初から財団の存在を知っていたような節があります」
「ほうほう、それで?」
「SCP-X1751-JP内は危険だと忠告しつつも何故か財団が調査を行うことに協力的でした、今思えばあの忠告も財団が裏付け調査を行うことを前提とした発言のように感じます」
「それは大分こじ付けが過ぎるような気もするぞ」
「そして生体サンプルの提供と魔石の情報提供、あれらの調査結果によって調査団の派遣が――いや調査を行うこと自体は決定していましたが、桐生博士ら研究班まで加えた大規模なものになりました」
「いや、協力しろというから協力したまでじゃ……腕一本は少々過分過ぎたか?」
「あの腕だって――」
如月はSCP-X1751-JP-Aから分離された右腕の奇妙な挙動について言及しようとするが、さすがに業を煮やしたのかSCP-X1751-JP-Aがその発言を遮る。
「如月 華や、簡潔に話せ、お主はわらわの目的が何だったと思っておるのじゃ」
如月はもう少し理詰めで追い込むつもりだったが、最終的には頼みごとをするつもりなのでSCP-X1751-JP-Aの望み通り簡潔に結論から述べることにした。
「分離された右腕をSCP-X1751-JP内世界に持ち込ませること、それがあなたがこの世界に来た目的ではないですか?」
SCP-X1751-JP-Aが口角を――人間では到底そこまで広がらないであろう位置まで引き上げ、まさに人外じみた笑みを見せた。
「クハハ! 如月 華よ、それなら腕をちぎって"門”に投げ込めば済む話ではないか?」
如月は歯を食いしばりながらも目を伏せてしまう、論破されたと感じたからだがすぐに違うと気付いて目を見開きなおした。
桐生博士だ、そういえばこいつは右腕の持ち主が誰になるのか確認をしていた。そして実際に右腕を持ち出したのも桐生博士だ。桐生博士に右腕を持たせてSCP-X1751-JP内世界に行かせること、それが目的だ。たが、何故桐生博士なのか? そこは依然謎のままだった。
「気付いたかや? だがそれは目的を果たす為の過程にすぎない、この世界に来た目的はこの世界の文化に直に触れること。見よ、この衣装を! この世界の創作物は素晴らしい! わらわはその全てを! そしてこれから生まれてくるそれらを! 手中に収め鑑賞する。それが今のわらわの望みじゃ」
SCP-X1751-JP-Aはそう言うと、おもむろに立ち上がり衣装をひらひらさせるようにくるっとターンし、先ほどとは違った無邪気な笑顔をみせる。
発言内容がそのかわいらしい見た目と全く釣り合っていない。
「目的を果たす為の過程? そんな過程を経ずともあなたはこちらの文化に既に触れていたでしょう? 意味が分かりません」
「分からなくて結構じゃ。くどいが目的は最初から申した通り。わらわはあちらの世界には戻らんし、クラウスへ調査団救出の命令も下せん」
如月は唖然としながらも頭をフル回転させる。
過程の意味も気になったが、この様子を見る限りSCP-X1751-JP-Aは元の世界に帰らないつもりなのは間違いなさそうだ。コンテンツの供給を止めれば言うことを聞くだろうか? いや自分が知らぬ間にコスプレ衣装が大量に差し入れられていたことを考えると無駄だろう、むしろ逆上して収容違反を起こす可能性が高い。遺憾ながらも現状の特別収容プロトコルは完璧に機能していたと認めざるを得ない。
少しの間でいい、少しの間だけ元の世界に戻ってクラウスに一言命令してくれれば済むのだ、まさかここまで強情に元の世界に帰ることを拒むとは思わなかったが、如月はそんな事態に備えて一つの切り札を用意していた、出来れば提示したくない諸刃の策だがこうなってはやむを得ない。
「SCP-X1751-JP-A、取引をしませんか? 私はこの世界の創作物を全て網羅しているわけはありませんので、今のままではあなたの望みは成就されません。ですがあなたの望みをほぼ叶えられるであろう手段が存在します」
SCP-X1751-JP-Aも心当たりはあったようで、大人しくまたテーブルに着席する。
「……話せ」
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