第三章:調査団救出計画

第21話:作戦本部

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 SCP-X1751-JP内世界調査作戦本部


 機動部隊い-2隊長谷口がSCP-X0196-JP"無銘の妖刀"を抜刀した。

 如月はメインモニターの映像を谷口の胸部カメラに切り替え、状況を分析する。天井付近に羽ばたきもせず浮いている有翼人型実体は天使で間違いないだろう、基底世界でも稀に目撃情報がありその特徴と一致する。谷口に両断されている白いアノマリーは……見た目は完全に人ではないが人型の実体――いや人型ロボットのようにも見えるが……背中には無機質な材質で作られたかのような翼が生えている、シルエットだけ見れば天使の一種のようにも見える。両断された個体はやはりSCP-X1751-JP-B同様に蒸発するのだが、次々とまた新たな同種の個体が湧いてくる。如月はその特徴からそれらを量産型天使と仮称することにした。

 天使たちは長尺の刃物一本で量産型天使を次々と両断していく存在に、しきりに魔法を放つがその全てがことごとく無効化され、慌てふためき天井付近を右往左往している。次第に量産型天使はその数を減らし、新たに湧いてこなくなった。

 天使たちは相変わらず右往左往しているが、その中の一体――リーダー格と思われる天使が腕を組み遠巻きに谷口を観察している。その天使が何かつぶやくと新たな量産型天使が一体現れ、そして瞬く間に斬り伏せられる。それを数回繰り返したのち、リーダー格と思われる天使は空中にSCP-X1751-JPとよく似た時空間異常を作り出し、全ての天使を引き連れその中に消え、そして時空間異常も消失した。おそらく谷口に自我がないことを確認した上でこれ以上の戦闘は無意味だと判断し撤退したと推測される。

 天使たちが姿を消したと同時に原田から第四層に突入する旨の通信を受信し、それ以降、調査団との通信は途絶した。


 谷口の胸部カメラの映像を見て如月は違和感を感じていた、大量に迫りくる量産型天使の槍が、如月が確認しただけでも数回、谷口の心臓付近を貫いていたのを確認していたからだ。通常であれば確実に絶命し活動停止するはずなのだが谷口は量産型天使を斬り続けていた。同様の映像は如月の他、作戦本部の数名の研究員、そして田所管理官も確認している、それを承知の上で如月は田所管理官にこう具申する。


「第四層へ退避した調査団と通信が行えません、何か非常事態が起きたと推測されます、救援部隊の編成そして現地派遣を急ぐべきです」


 田所管理官は両手で顔を覆い天を仰ぎながらこう返答する。


「谷口君はまだ生きて……いや、生死不明だがまだ活動を停止していない、この状況で救援部隊など送れるわけがなかろう……」


 楠の護符を大量に所持し、SCP-X0196-JPに曝露した谷口は天使相手にまさに無敵だった。

 だがその無敵さが現状、仇となっている、おそらく救援部隊を送っても可視化された文字通りの斬撃に瞬く間に切り伏せられるのが目に見えている、あの斬撃はどうやって防げばいい? 魔法なのか物理攻撃なのかどうかも不明だ。

 天使たちが撤退し対峙者がいなくなった途端、谷口の胸部カメラの映像が神殿奥に見える回廊を映したまま静止し、画面端には抜刀された状態のSCP-X0196-JPの切先が映り込んでいる。通常であればSCP-X0196-JP曝露者が絶命した直後にSCP-X0196-JPは鞘に納刀された状態へと変化するのだが、抜刀状態のまま谷口が立ち尽くしている。

 この場にいる全員が、おそらく谷口は未だSCP-X0196-JPの影響下にあることを確信している、そして谷口本人は絶命しているであろうことも。

 SCP-X1751-JP内世界において矢部の式神が強化されたこと、SCP-X1429-JP"修復タイマー"の効果が変化していたことを考えるとSCP-X0196-JPの効果も変化し、使用者が絶命してもなおその死体を操り続けていると考えられるからだ。


「今の谷口君を無力化する手段がない……仮に無力化できたとしてもSCP-X1751-JP-Bが倒されたときと同じく天使の群れがまた現れることが予想される。残念だがSCP-X1751-JP内世界調査作戦は一時中断、救援部隊の編成は……他サイトに打診はしてみるが現地派遣は今後の様子を見てからでないとなんとも……」


 今後の様子……つまり谷口に変化が起こるかどうかだ、SCP-X0196-JP曝露者の本来の末路は討ち死にか餓死のいずれかだが、既に討ち死にしている状態だと思われるので餓死するとも思えない。だがSCP-X0196-JPの効果が変化している以上、何が起こるか予測がつかない、時間が経てば活動停止する可能性も捨てきれない、そういった意味での様子見だ。如月は頭では理解しているが何もすることが出来ない自分の無力さに、田所同様、天を仰がざるを得なかった。


 *


 谷口がSCP-X0196-JPを抜刀し、調査団と通信が途絶えてから九日が経過した。

 作戦本部は縮小され、今では如月、他数名の研究者がそれぞれ自身が受け持つ研究の傍らに一日数回、調査団との通信を試み、谷口の胸部カメラ映像から何か異変がないか確認する程度の活動に留まっている。

 そんな折、如月が常駐する研究室に田所管理官が訪ねてきた。


「谷口君の様子はどうだね」

 如月は谷口の胸部カメラの映像をモニターに映しながら返答する。

「何も……変化していません」

 映像は相変わらず、神殿奥の回廊を映し、やはり画面端にはSCP-X0196-JPの切先が映り込んでいる。つまり谷口は直立状態で、未だ活動を維持していると推測される。

 田所が九日目に谷口の様子を確認しに来たのには理由がある。過去の実験においてSCP-X0196-JP曝露者が餓死したのが抜刀してから九日目だったからだ。


「ふむ……変わらずか。第四層に退避した調査団からの応答は?」

「……」

 如月は回答を躊躇した。田所は見た目は温和そうなどこにでもいる初老のおじさんといった雰囲気だがこの財団においてサイト管理官に上り詰めるだけあって、やはり経験に基づく合理的な判断を下す男だ。実際のところ調査団からの応答はないがこれを伝えてしまうと、おそらく作戦本部は解散だ、救援部隊の派遣も白紙になる。

「如月君、気持ちは分かるが職務には忠実であって欲しい、調査団からの応答は?」

「……ありませんでした」

「仕方ないね、SCP-X1751-JP内世界調査作戦は現時刻をもって終了とする」

 うなだれる如月に田所はこう続ける。

「一応、調査団からの通信はいつでも受信できる状態を維持するように」

「……了解しました」


「如月君……君はこの作戦は失敗だったと思うかね?」

 どう考えても失敗だ。やはり異世界のことなど放っておけば良かったのだと如月は持論を思い出しながらも口にすることは控え黙り込む。


「私はね、成功とまではいかないが及第点は付けられる成果だと考えているよ」


 如月は、Bクラスを含む十五人もの職員を喪失して何が及第点だ、と沸々と怒りが込み上げてきたが、何とか態度に出さないよう努力し、あえて事務的にふるまう。

「そうでしょうか」

 如月の態度など全く気にせず、田所は普段通りの後ろ手を組んだ姿勢をとりながら諭すようにこう語りかける。

「この調査の主目的を思い出してくれたまえ、桐生博士と比良山君の提唱した『魔法原理の解明』は確かに未解決だが、本来の目的である『異世界勢力による基底世界への干渉可能性の調査』は一定の成果を得られたものだと評価している」

 如月はうつむきながら田所の言葉を噛み締める。

「結論だけ言えば君の忠告通りだ、魔法が一般化しているとはいえあのダンジョンの第五層を超えてこちらの世界へたどり着くことは現地勢力でも難しいだろう、それに加えて本来のSCP-X1751-JP-Bは魔法を使う存在だったがこちらの世界では魔法を使えなかった。つまり現地勢力がこちらの世界で魔法を行使できる可能性は低い。その事実を確認できただけでも大きな成果だよ」


「……SCP-X1751-JP-Aはこちらでも普通に魔法を使いますが?」


 田所は一瞬、虚を突かれたような表情をしたがすぐに平静を取り戻しこう切り返した。

「あー、アレね……アレはあちらの世界でも封印されるレベルのイレギュラーな存在だ、裏を返せば現地勢力との結託はないと判断している。事実としてアレがこちらの世界で及ぼした被害は”インシデント:X1751-JP-A-1”くらいで君が気を付けて管理する分には、ほぼ無害じゃないかね」


 ”インシデント:X1751-JP-A-1”は如月が実験でSCP-X1751-JP-Aに魔法の行使を促した結果起きた通信障害だ。財団の――田所の判断での過失割合は10:0で如月の過失ということになっている、つまり如月が促さない限りSCP-X1751-JP-Aは魔法を行使しないという判断に落ち着いてしまっている。

 如月は皆SCP-X1751-JP-Aを侮り過ぎていると常日頃から感じており、事あるごとに注意喚起を呼びかける提言をしているが事実として被害をほとんど出していないのであまり相手にされることはなかった。

 だが如月はこの状況を逆手に取った妙案を思いついた。


「如月君、調査団の喪失は財団にとって大きな損失ではあるが、優先すべきはこの世界の秩序と安寧を維持することだよ、今回の調査で現状の特別収容プロトコルの有効性の裏付けが取れた、彼らの犠牲は無駄では――」

 田所が財団の上級職員らしい無慈悲な所感で締めくくろうとした矢先に如月が吠えた。


「まだ全員死んだと断定できません!」


 田所は困ったような顔で如月を一瞥し溜息をつくと、ゆっくりと踵を返しそのまま退室しようとした、そこにすかさず如月が回り込み研究室のドアの前に立ち塞がった。


「まだ調査団員は生存している筈です!」

「それは否定しないが現状救出する手段がない、散々説明したじゃないか」


「私が今、救出する手段を思いつきました。救援部隊の編成も必要ありません、ただ実行するには田所管理官の承認が必要になります、協力していただけませんか?」



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[あとがき]

天使達もね……恐かったと思いますよ。


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何卒よろしくお願いします。

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